航海日誌と批判 BBS 1238880

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TPPについて

1:Kunatan@admin :

2011/03/01 (Tue) 06:49:19

host:65.49.14.47
旅行中のため日本での報道はもちろんネットをゆっくり見る余裕もないのですが、最近話題のTPPについて。
私がグーグルリーダーに登録して日ごろ見ているブログなどでは、かなり強硬な反対論がほとんどです。唯一の例外が池田信夫氏くらいでしょうか。

どこがそんなに悪いのか。推進しようとしている連中(アメリカや日本の官僚)の「動機」がけしからんというのはわかりますが、それ以上に本当に悪いものなのか。

実際どういう中身なのかもよく知らないのですが、

たとえば、外国人労働者受け入れ拡大、移民受け入れ拡大、ということについては、私は賛成です。
介護や医療についても、外国人だからダメという理由はないと思う。

言葉がよく通じないかもしれないというが、私なら下(シモ)の世話をしてもらう女の子が、ちょっとした表情や言葉の端々で意思疎通ができてしまう方が、かえって嫌だと思う。日本のDQN介護者なんか老人に幼児語を使ったりしているのではないか。

医者は英語ができて当然で、英語が話せない医者は免許を取り上げて海外から日本語も英語も話せる医者を呼んで来たら良いでしょう。「日本人だから医は仁術を心得ている」なんてことは絶対にありえませんね。

弁護士はなおさらで、英語を必須にすべきだと思います。

農業についてですが、池田信夫氏は、NHKでの地方取材経験から、TPPに一番反対しているのは農協だが、実際の農村で農民を一番搾取しているのも農協だということを述べています。

食料自給率についても、仮に食料だけの自給率を上げたとしても肥料や飼料はどうせ輸入するのだし、灌漑やハウスや耕運機には石油も必要で、食料だけの自給率を取り上げるのは意味がないのではないか、ということもいわれていると思います。

「輸入が止まったら」ということを言い出したら、何をとめられても、日本は大混乱で、今の生活水準も経済力も維持できないので、食糧安保ということはあまり意味がないのではないか。

ネパールの冬はさほど寒くはないが(緯度は沖縄と同じくらいで、カトマンドゥの標高が1400メートルくらい)、暖房がほとんどないので、かなりきついです。日本の老人や体の弱い人はそれだけで参ってしまうと思われます。つまり、日本では冷暖房が止められただけでも、体の弱い人から夏は熱射病、冬は風邪で、続々と死者がでて社会は大混乱すると思われます。今のような日本は成り立ちません。

食料の安全性についても、選択の余地を残しておけば良いのではないか。貧しい人が「うまくないが、安全で、安い」ものを確保できるような多様性があれば良いと思う。(「貧乏人は麦を食え」という言葉は政治家の言葉としてそれほど悪いと思わない。健康の秘訣は何より粗食だという説も)。

私の知らない悪いところもあるのでしょうが、「外国人労働者受け入れ賛成」「移民増賛成」「英語第二公用語化賛成」「日本社会の日本的な嫌らしさを支えている寄生農民打倒」という立場からは、それほど反対する理由が見つかりません。


2:暴論有理 :

2011/03/02 (Wed) 00:47:41

host:*.asianet.co.th
TPPは問題になってるが、基本的に賛成。

農業保護は結局、文化保護でしょ。でも、自民の農村保護策がここまで農村を弱体化して平均農民年齢が65歳といわれるようになってはもう
今までのやり方は通じない。ようするに退くも進むも困難な状況に追い込んだんです。どうせ、八方ふさがりなら進むしかないじゃありませんか。

NHKのドキュメンタリーでEUの農業保護が南米やアフリカの農業に大きな圧力をかけているというのがあったが、仮に日本農業が補助金で強くなって輸出に転じても後進国の農業を破壊することになる。

あと、最近、若い世代で親がサラリーマンでも農業に就業希望の者が増えてるそうだ。だが、彼らの多くが既存の農業のきつさ、労働環境のひどさを訴えて辞めて行くという。ようするに農家には近代的経営に移行するあらゆる基盤が欠けている。家族以外を雇用しても小作か農奴のようにしか扱えない精神構造がある。親族、血族でもないんだから、不法滞在ガイジンと同じ扱いで当たり前という悲しいまでの閉鎖性が骨にまで染み込んでいる。小生はこの記事を読んでやはり、日本の農業再生はじっちゃんばっっちゃん農業が早く滅んでくれたほうが逆に再生も速いと思うようになった。仮に既存の農家でそのときまでも生き残っていたら多分はそれは農業経営者として適正がある正しい農業者だと思う。

ただし、TPPに手放しで賛成って訳じゃないのは、アメリカやオーストラリア主導ってところだ。こいつらはアジアの後進国の農業がついに中西部やオーストリア南東部の穀倉地帯の生産性経済性を凌駕して輸出に転じたときはなんだかんだ理由をつけて市場を閉鎖するに決まってる。自分が不利になるとゲームのルールを代えるのが、海賊紳士のアングロサクソン系国家の本質だ。

あと国際経済学の基本である比較優位説ってのもいんちきくさい。国際経済教科書の1p目に出てくるけど、どうも合点がいかない。

貿易弱国でも、ワイン生産に特化すれば、相手国より、価格が高くても他の比較劣位商品を生産するよりはいいというのがだ。

実際には、イギリスとかの貿易強国が開国を迫る詭弁だ。結果は日を見るより明らか。相手国より価格が高ければ、同品質なら誰も買わないってことだ。

かといって保護主義がその答えとは思わないが、たとえば19世紀にナミブ砂漠の氏族が、いかにして英国に対し比較優位の商品を持って対等な貿易が行えたというのだ。

もっと極端な例をあげれば仮に宇宙人が圧倒的品質と廉価で地球の市場に参入したらどうなるか。

考えられるのは、需要はあっても購買力のない市場の消失だ。



行き着く先は、生業の喪失と今の日本の農業みたいに自家消費をまかなうぐらいに生産が縮小するということだ。

簡単に言えば比較優位の詭弁は穏当な例で誤魔化していることだ。正直に弱肉強食はいいことだといえばいい。アイルランドでもベンガルの大飢饉でも宗主国や他州には豊富な食料があったにもかかわらず、購買力がないために何百万も餓死した。

まあ、極端な例を挙げたが、現在の日本農業は上の例には該当しない完全な保護政策の挙句の失敗だから潔く廃業すべきだね。あとは若者たちが中国の富裕層向けの米とかシイタケとかの高級農産品に特化するとか生き残りをかけて大規模農業に質で勝負することを願うばかりだ。
3:777 :

2011/10/15 (Sat) 00:45:09

host:*.bbtec.net
TPPは農業だけの問題じゃないんだよ。

無知無能無責任で悪名高い池田信夫を引用しているだけで完全アウトだね。

4:777 :

2011/10/15 (Sat) 15:54:47

host:*.bbtec.net

TPP賛成派(分かっている範囲内で、賛成派の主な人たち)

主な政治家・・・野田佳彦首相、菅直人前首相、前原誠司政調会長、玄葉光一郎外相、安住淳財務相、仙谷由人元官房長官、みんなの党一派、河野太郎、石破茂その他
主な言論人・・・竹中平蔵、星 浩、櫻井よしこ 、辛坊治郎、高橋洋一、阿比留瑠比、松本健一 、財部誠一、屋山太郎、勝間和代、猪瀬直樹、古賀茂明、三宅久之、古森義久、田勢康弘、岸博幸、堀江貴文、田中直毅、田村秀男、伊藤洋一 、池田信夫、谷内正太郎 、花岡信昭、大前研一、伊藤元重、田嶋陽子、高野孟、福田和也、田久保忠衛 、田原総一郎その他


 ざっと主なところではこんなところが、親米保守(ポチ)の人々は基本的に賛成。概ね郵政民営化賛成とかぶっている。



池田信夫みたいな詐欺師は必ずこういう売国プロジェクトの推進側に回るね。
そんなにおこぼれが欲しいのかな。


まあ、これだけ貰えば僕もTPP賛成になるけどね:


アメリカに利益を得させ、そのリベートを貰うのは、その一例である。
竹中はクレディスイス銀行ジュネーブ支店に100億の預金が在り
検察に取り調べられたが、小泉が10億検察につかませ、難を逃れた。
その代償として議員辞職したのが真相である。

純一郎の選挙対策本部長は稲川会の竹内清である。
純一郎は己の出自に鑑み若くしてCIAの工作員になり、それが暴力団
と、より深く結びついていく。

その系譜を息子進次郎に受け継がせ、コロンビア大学、CSISと
CIAのジェラルド・カーチスの斡旋で工作員の王道を歩ませている。
進次郎は選挙中稲川会の竹内清に挨拶に赴き、撮影されている。

小泉純一郎が自分のした事、する事に対し、何の後悔も無い事が
窺い知れる。
日本国、日本国民を裏切り、利益を貪るのは、小泉の目指す所である。

我々国民はこの様な売国奴を支持し、賞賛していたのである。
今さらながら、我々日本国民はバカである。
5:777 :

2011/10/15 (Sat) 19:37:21

host:*.bbtec.net

池田信夫の逝かれっぷり




中野剛志への批判の批判・・・

今回は「池田信夫の中野剛志批判がいかに的外れであるか」について書いていきたいと思う。

問題の中野剛志さん批判の文章はこちら↓
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TPPの目的は輸出拡大ではない

中野剛志氏(経産省から京大に出向中)の「よくわかるTPP解説―日本はTPPで輸出を拡大できっこない!」というビデオが話題を呼んでいるが、これはTPPに対する批判になっていない。TPPの目的は輸出を拡大することではないからだ。
中野氏の主張については書評でも批判したので繰り返さないが、「自由貿易で輸入品の値段が下がったらデフレになる」という彼の議論に至っては、浜矩子氏と同様、デフレと相対価格の変化を混同するものだ。輸入品の価格が下がることは消費者の利益であり、これは貨幣的なデフレとは無関係である。

彼が経産省の官僚であることは重大だ。かつて通産省は貿易自由化の推進者だったが、それは自由貿易の意味を理解していたからではなく、日本が輸出する側だったからだ。そして日本が輸入する側になると、大畠前経産相のように保護主義を言い始める。今後TPPをめぐって、このような保護主義が本格的に台頭するおそれが強い。

同様の発想は、総務省の推進する「日の丸技術」の輸出にも見られる。このような新しい重商主義は、経済危機に陥った欧米各国が進めようとしているものだが、1930年代に保護主義が世界経済を縮小させて第二次大戦をもたらした歴史を忘れたのだろうか。

アダム・スミスやリカードが述べたように、自由貿易の目的は輸出を増やすことではなく、各国の得意分野に国際分業することによって資源配分の効率を高めることである。中野氏のような保護主義のレトリックは、バグワティなどが論破したものだ。こんな陳腐な話を(昔は経済学者だったはずの)西部邁氏が感心して聞いているのも哀れを誘う。彼らには、まず『国富論』を読むことをおすすめしたい。

(アゴラ http://agora-web.jp/archives/1198580.html
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長いが重要なので、全文転載させてもらった。
まず、第一に、池田信夫も最初のタイトル「TPPの目的は輸出拡大ではない」から、TPPで輸出の拡大は不可能だという事は、認めているらしい。

そこで、何を批判しているのかというと

「自由貿易で輸入品の値段が下がったらデフレになる」という彼の議論に至っては、浜矩子氏と同様、デフレと相対価格の変化を混同するものだ。輸入品の価格が下がることは消費者の利益であり、これは貨幣的なデフレとは無関係である。

という、もちろん中野さんは一義的には、輸入で海外から安い製品が国内に入ってくることによる直接的な価格下落を問題にしているワケだが、それと同時に、海外からの安い製品との競合に負けた国内企業で失業者数が増加し、その影響で市場が縮小し、デフレが悪化するということも問題にしている。そんな単純な論点すらも理解せずに

「消費者の利益だm9(`・ω・´)」

とか言われてもなぁ・・・「職を失ってでも、安くモノを買える方が国民にとって幸せなんだ!!」とでも言うつもりなんだろうか?

1930年代に保護主義が世界経済を縮小させて第二次大戦をもたらした歴史を忘れたのだろうか。

などとも言っているが、これも論外。実際には保護主義が世界経済を縮小させたのではなく、世界経済が縮小した時期に、各国が自国民の失業率の悪化を恐れて保護主義的な政策(しかも、実際には関税の引き上げでは無く、通貨安政策をその主な手段として用いたと言われている)に走ったわけで、保護主義が世界経済を縮小させたなどというのは、結果と原因を完全に取り違えている。

そして、最後、これが結構決定的なのだが、

アダム・スミスやリカードが述べたように、自由貿易の目的は輸出を増やすことではなく、各国の得意分野に国際分業することによって資源配分の効率を高めることである。

国際分業は、配分の効率を高めるのではなく、生産性の向上にしか寄与しない。これは普通に考えれば分かる事だが、すでにデータでもはっきりと出ている



↑こちらの動画の最初に出てくるグラフがまさにそれだが、日本の輸出が増えると同時に労働者の平均賃金が低下している。今、手元にデータが無いのが残念だが、実はこれは世界的に見られる傾向で、輸出を増加させている国ほど、労働分配率は低下しているのだ。

アダムスミスや、リカードの名前を出して観念論を振りかざすのは結構だが、少しは現実のデータも見て欲しいものだ。
「アダムスミスやリカードが国際化が配分を効率化させると言った」
しかし、
「現実には国際化されている国家ほど、労働分配率が低下している」
ここで、なお現実を説明してないアダムスミスやリカードを弁護しようとするから、理屈が苦しくなる。ただ単に、
「アダムスミスやリカードが間違っていた」
と言えばそれでおしまいなのである。

ちなみに、リカードを弁護しておくと、リカードは実は無条件に国際化が、その国を豊かにするとは言っていない。例えば自由貿易が、自由貿易を結んだ2国を豊かにする条件として、
「二つの国が完全雇用状態であること」
「為替が実体経済を正確に反映していること」
「輸送コストがゼロであること」
などを挙げているため、現在のような
「世界的に失業率が悪化し、しかも、不当な為替操作を行っている国家が多数存在する」
状況での自由貿易は、リカードは大反対するだろう。

このような状況で、TPP推進のために自分の理論を出されるリカードも、さぞあの世で迷惑がっているはずだ・・・

結論を言うと、池田信夫の中野剛志さん批判は1から10まで全て間違っているということ。

http://achichiachi.seesaa.net/article/197270713.html
6:777 :

2011/10/15 (Sat) 23:04:35

host:*.bbtec.net

池田信夫の逝かれっぷり2



[反TPP陣営に強力な援軍:宇沢弘文東京大学名誉教授]

当初は日本の権力中枢を牛耳る政府・財界・マスコミ・一部政治家の対米従属グループが強力に推進キャンペーンを張り、中野氏や一部論者・ブロガーなどのみが反対の論陣を張っており、多勢に無勢の状況であったが、西部邁氏・内橋克人氏らかつて保守派や左派と目された学者も反対の論陣を張るようになった。TPPに反対する国会議員が超党派議員連盟を形成し、降って沸いたTPP推進の流れに一石を投じた。そして彼らが反TPP国民会議を結成するにあたり、その会長に宇沢弘文・東京大学名誉教授が就いた。宇沢氏はスタンフォード大学助教授、カリフォルニア大学助教授、シカゴ大学教授、東京大学教授等を歴任した世界的にも名の知れた日本を代表する近代経済学者である。大手マスコミがTPP推進キャンペーンを張る中、宇沢氏は、保守色の強いと思われる『農業協同組合新聞』(2月14日及び24日付)や共産党の機関紙『しんぶん赤旗』(2月23日付)にも論説を寄稿し(同記事はこちらで読むことができる)、TPPの危険性を指摘し、警鐘を鳴らしている。

[TPP推進派論説の空疎さ 例(1):時事通信のイメージキャンペーン]

TPPに関する記事を検索していると、推進派の記事やキャンペーンばかりが目に付く。反対論は内容豊富できっちりと論理的・実証的に検証し、説得力があるのに対し、推進派の主張やキャンペーンは内容が空疎であり、反対論への反論も荒唐無稽なものである場合が多い。これまでにそうしたものを見つける度にツイッターでは紹介してきたが、ブログでわざわざそうした荒唐無稽の論説をあげつらって批判するのも馬鹿馬鹿しいものに思われ、控えていた。ただこうした俗論が社会的に影響力を有するとすれば危険であるとも考え、ツイッター・フォロワーの方の説得に応じて、乗り気はしないのだが反論を加えておくことにした。

まずはマスコミによるTPP推進キャンペーンの一環と思われる時事通信の記事「【図解・行政】TPP参加で暮らしはどうなる?父と娘の会話」(2011年11月9日付)を取り上げてみる。家電メーカーに勤める父と看護師志望の娘がTPPについて話すという設定である。

まず記事に掲げられた絵をご覧いただきたい。日本と参加予定国であろう国々との間に大きく双方向の矢印(←→)が付けられており、あたかもTPP参加によって双方で貿易が拡大するかのように描かれているのであるが、そこに書いてある絵を見れば、コメ・麦・牛肉・チーズなど食料品が入ってくるものとして描かれ、日本から出て行くものはテレビのみとなっている。

そしてこの図の下の書かれている会話を読むと、牛丼を引き合いに出し、TPPによって輸入品が安くなるということが強調されていることがわかる。そして「コメは例外になるかも」「話し合い次第では10年後」などという恐らくありえないことが書かれている。人・モノ・サービスに関して例外なき関税撤廃を目指すTPPにおいて、日本1国の都合だけでコメが例外品に指定される可能性は著しく低い。ブルネイの酒類に関しては宗教上の理由であるからこそ例外になるのである。

また「TPPに入れば父さんの会社のテレビが外国でたくさん売れて、給料が上がるかも」と、これもまた全く現実にそぐわない幻想が書かれている。中野氏の話では製造業は輸出を伸ばせず、現地生産をすることになる。あるいは移民労働者が流入し、この話に出てくる「お父さん」もその職種によっては、給料が上がるどころか、逆に仕事を失うことになりかねない。百歩譲って仮にテレビの売上げが増加したとしても、給料が上がることはないということは、近年の企業の業績回復時に株主への配当や内部留保が増える一方、人件費が伸びなかったことが既に証明している(拙ブログTPP関連の記事で日銀のワーキングペーパーを基に指摘した)。

「娘」が看護師志望という設定で「お父さん」が注意を促すという設定であるが、これも注意を要する。看護師に関してはフィリピン・インドネシアと日本との二国間協定で受け入れが開始されたものの、言語の壁などでうまく機能していないのが実態である。よって「まだ大丈夫」との安心感が国民にはあると思う。それにかこつけてわざわざ「看護師志望」という設定にしたのではなかろうかと勘ぐりたくなる。TPPにおいては人・サービスもモノと同様例外なく障壁を撤廃することを目指すのであるから、看護師以外の職種においても、安い労働力として流入する移民労働者と同じレベルでの競争が強いられることを意味している。一部企業の間で英語を社内公用語にするという動きがあるのは、TPP参加を睨んでの戦略ではなかろうか。

また安い輸入品が流入することで更なる悪化が予想されるデフレに関しては、ここでは全く言及されていない。





[TPP推進派論説の空疎さ 例(2):池田信夫氏の奇怪な宇沢弘文氏批判]

池田信夫氏による「宇沢弘文氏の奇怪な農本主義」(2月26日)という記事を見つけた。宇沢弘文氏が『農業協同組合新聞』(2月14日及び24日付)に寄稿した論説を批判しているのであるが、その批判は全く的外れなもので驚かされた。読みようによっては悪質な誘導か中傷、レッテル貼りの類ともとれないこともない。池田氏がどのような人物であるのかよく知らないし、関心もないのであるが、こうした俗論が一定の影響力を有するのだとすれば看過できない問題であるとも思い、とりあえずこの論説の問題点を指摘しておくことにした。まずは両氏の論説をお読みいただければ幸いである。

池田氏は記事の冒頭で、宇沢氏が反TPP国民会議会長に就任したことに驚きを表明し、宇沢氏が「90年代以降は極端な農業保護主義を主張するようになった」としてTPPに反対する宇沢氏を批判している。そして宇沢氏論説の「安政の開国」の下りを引用した上で、以下のように主張している。

<引用開始>—————-

驚いたことに、彼は明治維新による開国を否定するのだ。普通の人はこのへんでついていけないと思うが、彼はさらに戦後の「パックス・アメリカーナ」も全面的に否定し、実態の不明な「新自由主義」や「市場原理主義」を繰り返し攻撃する。他方、「農の営みは人類の歴史とともに古い」として、その保護を主張する。彼は資本主義を全面的に否定し、鎖国と農耕社会に戻れと主張しているのだ。

<引用終わり>————–

「安政の開国」について拙ブログのTPP問題追及記事で私が述べた箇所を少し長くなるが引用する。これは中野剛志氏が指摘しておられる「幕末の開国」の中身についてさらに私が解説を加えたもので、宇沢氏もこの文脈に沿って新聞に寄稿した論説において「開国」について述べていることは明白である。

<引用開始>—————-

中野氏も指摘しておられることであるが、幕末の「開国」とは一体何だったのか。菅氏は歴史や先人の苦労を全く理解していないか、あるいはかなりの皮肉屋のどちらかだと思う。「開国」とは米国がペリー艦隊を送り込み、江戸幕府を脅迫して実現したものである。当事は世界の殆どの地域が欧米列強の植民地であるか植民地化が進められていた。アジアの大国であった清もアヘン戦争で敗れた。江戸幕府はその世界情勢を理解しており、欧米列強の脅しに泣く泣く「開国」を受け入れ、治外法権の受け入れと関税自主権の放棄という内容の不平等条約である安政五カ国条約を1859年に締結させられたのである。治外法権は1894年に日英通商航海条約調印でようやく撤廃されたが、関税自主権回復への道のりは困難を極めた。日清・日露戦争に勝利した後、1911年の日米通商航海条約によってやっと日本は米国との関税自主権を手にいれ、他国との条約改正に至ったのである。不平等条約を締結させられてから実に半世紀もの間、先人は苦労をしてきたのである。菅氏の言う「平成の開国」とは米国による脅迫で関税自主権を放棄した安政の不平等条約締結の現代版のことを意味しているのであれば、的を射た表現であると言える。

<引用終わり>————–

宇沢氏がわざわざ「安政の開国」と表記しているものを、池田氏は「明治維新による開国」と言い換えて、宇沢氏はそれを否定していると主張しているのである。続けて池田氏は「普通の人はこのへんでついていけないと思うが」と書いている。池田氏の主張する「普通の人」とはどのような人のことを指すのかわからないが、私はここを読んだ瞬間、池田氏に「ついていけない」と感じた。中野氏も宇沢氏も「幕末の開国」を意味しているのであり、「明治維新による文明開化・富国強兵」といったものについて否定しているのではないことは明らかである。

池田氏の書き換えが意図的でない場合は、池田氏の歴史の知識や理解の浅さを露呈していることになる。しかし、もしこの書き換えが意図的である場合は、「明治維新による開国」とわざと表記することで「開国」という言葉に肯定的なイメージを持たせた上で、「それを否定するとは何事だ」というように読者を誘導するためであると考えられる。この場合は悪質であると思う。

そして池田氏の主張にある「(宇沢氏は)資本主義を全面的に否定し、鎖国と農耕社会に戻れと主張しているのだ」に至っては、決め付けも甚だしく極めて極端な解釈である。中野氏も指摘している通り、完全なる「開国」と完全なる「鎖国」の間には多様なバリエーションがあるのであり、「開国」に反対であるのなら即「鎖国」論者というのは、非現実的で、単なるレッテル貼りに等しいと思う。

その後池田氏は宇沢氏の論説を「農本主義」であると断定し、宇沢論説の内容とは関係のない執拗な農協批判を展開している。宇沢氏は「農業」の大切さを強調しているが、「農協」の大切さを強調しているわけでないことは氏の論説を読めば明らかである。ところが、なぜか池田氏の論説には唐突に「農協」が出現し、さらには「今回の「国民会議」に集まっているのも、農業利権を食い物にする民主党の農水族議員である」と決め付けている。TPP反対の思想的背景には反グローバリズム市場原理主義があるということは宇沢論説にも他のTPP反対論者の主張にもはっきりと現れているにもかかわらず、その最も肝要な部分に関して池田氏は論じることなく、TPP反対派を単に「農業利権」に固執する「抵抗勢力」であるかのように意図的に描いて、この問題をそこに矮小化しようとしているように私には感じられた。

そして挙句の果てに論説の最後において、宇沢氏は幼児退行しているなどと決め付けている。全体として池田氏の論説は主観的・感情的な断定に満ちており、宇沢氏への論理的・具体的な反論とはなっておらず、単なるレッテル貼りや中傷のような印象を私は受けた。

TPP推進派は姑息なイメージ・キャンペーンを推進するのではなく、反対論者の指摘した問題点に論理的・実証的に反論すべきである。我が国のあり方を大きく左右するこのような問題に関して、大手新聞・テレビなどはどうして賛成・反対双方から有力論者による討論会を開くといったことをしないのか。TPPによる危機そのものに加え、日本の言説も同時に重大な危機にあると思う。

http://nicoasia.wordpress.com/2011/03/01/%E6%B1%A0%E7%94%B0%E4%BF%A1%E5%A4%AB%E6%B0%8F%E3%81%AE%E5%A5%87%E6%80%AA%E3%81%AA%E5%AE%87%E6%B2%A2%E5%BC%98%E6%96%87%E6%B0%8F%E6%89%B9%E5%88%A4%EF%BC%9Atpp%E6%8E%A8%E9%80%B2%E6%B4%BE%E8%AB%96/
7:777 :

2011/10/15 (Sat) 23:48:03

host:*.bbtec.net

池田信夫の逝かれっぷり3


池田信夫氏の民主党内需拡大策批判は経済学的にも誤り

池田信夫 blog:「内需拡大」についての誤解


民主党のマニフェストは「成長戦略」についての修正で、

子ども手当、高校無償化、高速道路無料化、暫定税率廃止などの政策により、家計の可処分所得を増やし、消費を拡大します。それによって日本の経済を内需主導型へ転換し、安定した経済成長を実現します。

と書いているが、これは誤りである。このような「内需」の財源はすべて税か国債であり、所得再分配にすぎない。たとえば子供手当をもらう家庭の可処分所得の増加は、配偶者控除や扶養控除を減らされる子供のない家庭の可処分所得の減少で相殺されるので、ネットの消費は増えない。

誤りなのは池田さんの方ね。

特に

たとえば子供手当をもらう家庭の可処分所得の増加は、配偶者控除や扶養控除を減らされる子供のない家庭の可処分所得の減少で相殺されるので、ネットの消費は増えない。

に絞ると完全な誤り。一般的に「子供のない家庭」と「子供のある家庭」では前者の方が貯蓄性向が高く、後者は低いと見られる。つまり、消費性向は逆に前者が低く後者が高い。平たく言えば、子育て費用がかかる分、子供のある家庭は余剰的な消費、つまりレジャーなどなど楽しむための消費が少ないと考えられる。

子ども手当に関し、「親がパチンコに使ったらどうするんだ」なんて批判した人がいたらしいけれど、間の抜けた批判で、パチンコに行けるだけの余裕がないから子ども手当もらうんだろうが。

実際にはともかく仮にこれが完全に

所得再分配にすぎない。

としたら、消費ののりしろの少ない家庭からのりしろの余地(お金があったら、アレも買いたいのに度)がある家庭への再分配だから、全体的には貯蓄性向が低まり、消費性向が高くなって個人消費の増加が期待される。

もっとも、この子ども手当を少子化対策というより大きな視野から見れば誤りだろう。若い世代の年寄り世代の年金の負担能力を増やすための少子化対策というのは近視眼的で、環境負荷を考えれば邪道ではある。

環境政策から見てむしろ、問題なのは高速道路無料化、暫定税率廃止の方だろう。恐らく民主党はその代替案として炭素税でも考えているのだろうが、現下の景気状況を考慮して隠しているのだろう。包み隠さず炭素税を掲げたほうがより説得力がある。

http://d.hatena.ne.jp/satohhide/20090812/1250058400
8:777 :

2011/10/15 (Sat) 23:51:25

host:*.bbtec.net

池田信夫の逝かれっぷり4


【経済】 池田信夫の批判のための批判

2010/8/30(月) 午後 1:37経済その他経済 Yahoo!ブックマークに登録 今月28日に池田信夫氏がコラムを書いています。
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51472821.html


「ニセ経済学の見分け方」です。

さて、この中では、批判のための批判が繰り返されていますが、この方は言葉の定義を引き出し、それが間違っているから、論理の全てが間違いである結論付けている。

これは、批判のための批判論者の手口ですね。

全体の流れを見ないで、言葉尻を捉まえて、その言葉の定義がちがうから、お前の言っていることは全て間違いである、という論法である。

彼が、このコラムで間違いであると指摘しているのは、「GDPギャップ」という言葉である。

>主要部分では、GDPギャップを「需要と供給のギャップ」と取り違えてトンチンカンな話をしている。以前の記事でも書いたように、GDPギャップは潜在GDPと現実のGDPの差なので、「構造改革で生産性を上げると、供給が増えてGDPギャップが拡大する」という話はナンセンスである。

確かに政府の資料(内閣府)をあたると、以下のように書いてある。
http://www.epa.or.jp/esp/09s/09s10.pdf

内閣府で推計しているGDPギャップの定義を見ると、以下の通りである。
GDPギャップ=(実際のGDP-潜在GDP)/潜在GDP
と書いてあり、確かに池田氏の言うとおりである。

しかし、そのすぐ上に、「GDPギャップのマイナス幅は大幅に拡大しているが、マイナス圏のGDPギャップは概念上、マクロ経済的にみて需要が供給を下回っている状況に相当する。」
ともあります。

つまり、GDPギャップ=需要GDP-供給GDPでもあるのです。

この文章は、「GDPギャップを「需要と供給のギャップ」と取り違えてトンチンカンな話をしている。」という文章を否定している。

彼が主張していることは、まったくの当て外れであり、これを見ても批判のための批判であるといえるでしょう。

さらに、小野理論がいつバラマキ派になったかは知りませんが、「景気と経済政策」の中では、そんなことは書かれていなかったように思う。


また最後の文章はもっとすごいです。

>ニセ経済学を見分けるのは簡単である。「**さえやれば日本経済は一発で回復する」とかいうわかりやすい話は疑ったほうがいい。そんなうまい話があれば、政府も日銀もとっくにやっているはずだ。ニセ経済学は現象を単純に割り切って説明するが、本当の経済学は複雑でわかりにくい説明しかできない。それは現実が複雑だからである。


これを要約すると、以下のようになるのでしょうか。

経済学は複雑怪奇だから、一言ではいえない。

そんな複雑なことに政府も日銀も手を出すべきではない。

難しい理論は、経済学者の白い塔の中に任せておけ。

話してもどうせ分からないから。

分かりやすく話す義務も無いしな・・・。

と言っている思えるのだが。

これも批判のための批判論者のやる手口ですね。

分からないなら手を出すな。

分かりやすい説明をする人間は、全てニセ経済学者である!!!

なら経済評論家は要らないのではないか。


このコラムを読んだだけで、池田氏が批判のための批判論者であることは一目瞭然である。

私は、批判のための批判論者は世の中の害虫だと思っている。

批判をするならば、きちんと対案なりを提示しなければならない。

批判だけして、後は逃げる人間は、社会では一番いらない人間である。

http://blogs.yahoo.co.jp/masa3801122003/26475824.html
9:777 :

2011/10/15 (Sat) 23:56:17

host:*.bbtec.net


池田信夫の逝かれっぷり5



池田信夫氏のリフレ嫌いもここから来てるのかな?w

ポール・クルーグマン祭リンク集(と池田信夫氏の批判について)
12:39 |

 スウェーデン王立科学アカデミーは13日、今年のノーベル経済学賞を米国プリンストン大学のポール・クルーグマン教授(55)に贈ると発表した。自由貿易とグローバル化による影響を説明した新理論が受賞理由。米ニューヨーク・タイムズ紙のコラムも担当し、ブッシュ政権の経済政策に批判的な論調で知られる。




 クルーグマン氏は、伝統的な国際貿易論に「規模の経済」と呼ばれる概念を導入。地場の小規模な製造業が、世界市場向けに大量生産する大手企業に取って代わられる現象を説明した。




 クルーグマン氏はリベラル派の論客で、レーガン政権など米共和党政権が高所得者への減税を拡大する一方、福祉を削減したことで格差を広げたと批判。現在の金融危機が深刻化する前から、米国が経常赤字を膨らませながら世界中のマネーを吸い上げる状況をいびつだとして「(29年に始まった)世界恐慌前夜に似ている」と警告していた。




 「グローバル経済を動かす愚かな人々」など著書も多い。




 授賞式は12月10日にストックホルムで。賞金は1千万スウェーデンクローナ(約1億4千万円)。




     ◇




 〈ポール・クルーグマン氏〉1953年生まれ。米マサチューセッツ工科大で博士号を取得。同大教授、スタンフォード大教授などを歴任した。




asahi.com:朝日新聞のニュースサイト



すでに報道されているとおり、今年のノーベル経済学賞はポール・クルーグマン教授に与えられました。

この受賞について、経済関係のブログでもあちこちで取り上げられています。




クルーグマン氏、ノーベル経済学賞受賞 - Economics Lovers Live

ポール・クルーグマン、ノーベル経済学賞受賞 - インタラクティヴ読書ノート別館の別館

祝♪P.R.クルーグマン!経済学賞受賞! - こら!たまには研究しろ!!

ノーベル経済学賞をクルーグマン先生が受賞 - ハリ・セルダンになりたくて

クルーグマン教授 ノーベル経済学賞受賞 - A.R.N [日記]

トムソンロイター・ノーベル賞予想→ポール・クルーグマン受賞! - ラスカルの備忘録

Econviews-hatena ver.∞

クルーグマン、ノーベル経済学賞受賞! - BI@K accelerated: hatena annex, bewaad.com

クルーグマン教授、リクスバンク賞受賞おめでとうございます - kmoriのネタままプログラミング日記

クルーグマン教授がノーベル経済学賞ですって - 常夏島日記

ノーベル経済学賞はクルーグマン教授に授賞 吉岡家一同おとうさんのブログ/ウェブリブログ




このように素直に受賞を祝うブログが多いのですが、中には批判的なブログもありました。




今年も当ブログの予想ははずれ、受賞者はノーマークのポール・クルーグマン。ノーベル財団の授賞理由を読んでも、よくわからない。"International Trade and Economic Geography"というのは、アメリカが日米半導体協定を求めてきたとき、彼らの理論武装に使われた「戦略的貿易政策」というやつで、いわゆる収穫逓増があると大きいものが大きくなるので、日本の半導体を規制しろというものだ。今となってはナンセンスなことが明らかな理論で、その昔ロボトミーに授賞されたようなものだろう。




クルーグマンの政治とのかかわりは、1982年にレーガン政権のスタッフになったことから始まる。そのころは、いわゆるレーガノミックスにそって自由貿易を推進していたのだが、クリントン政権では大統領経済諮問委員会の委員長候補とされ、本人もあからさまに「ポストに興味がある」と語ったが、結局ポストにはつけなかった。この戦略的貿易政策は、そのとき猟官運動のために書いたもので、国際経済学の常識である自由貿易を否定する理論だ。




ところがポストが得られないことを知ると、クルーグマンは1994年に「競争力という危険な幻想」という論文を発表して、自由貿易主義者に変身する。その後は、エンロンの顧問をつとめて笑いものになったり、ブッシュ政権を罵倒するコラムを毎週書いて、Economist誌に「片手落ちの経済学者」と皮肉られたりした。




要するに、その時その時で理屈を変えて世の中に媚びてきたわけで、昨年のHurwiczとは逆の、経済学者の卑しい部分を代表する人物だ。経済学がいかに都合よく結論にあわせて「理論」を編み出せるかを示すには、いいサンプルだろう。彼は学問的に新しいことをやったわけではないが、ジャーナリストとしては一流だから、代表作はNYタイムズのコラムだろう。




(中略)




インフレ目標 (池田信夫) 2008-10-14 09:02:28




日本の新聞は、クルーグマンの「インフレ目標」についての論文に関心があるようですが、これは正式の学会誌に出たものではなく、半分冗談です。これも今となっては、ロボトミーのようなものでしょう。




http://cruel.org/krugman/krugback.pdf




最大の間違いは、彼が「不良債権は大事な問題だが、日本経済の回復には寄与しない」と考えたことです。「銀行の処分や差し押さえの脅しが貸し渋りを引き起こして、それが日本の景気停滞をさらに深めたんだとしたら、そもそもなんで銀行改革なんかせにゃならんのでしょう」と書いているが、これは問題を正反対に見ている。この点では地底人のほうが正しく、問題は貸し渋りではなく「貸し過ぎ」だったのです。それは今も続いている。




均衡実質利子率が負になっていることが問題のコアだ、というクルーグマンの指摘は正しいのですが、彼はそれをどう是正するかという問題をあきらめ、「インフレを起こして実質金利を負にすればいい」という奇妙な政策を思いつく。これは日本の半可通に賛同者を得て、インフレ目標をめぐる不毛な論争の原因になりました。これについては何度も書いたので、シュワルツの批判も含めて読んでください。




http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/d926343a65b75e0cfb5f4afc7bd4f986




(中略)




個人的な思い出 (池田信夫) 2008-10-14 11:11:38




私が今回の授賞に不愉快な気分になったのは、かつてこの「戦略的貿易政策」に振り回された記憶があるからです。1993年に日米構造協議がもめたとき、 CEAの委員長はLaura Tysonという(無名の)保護貿易主義者で、彼女が掲げたのが、このクルーグマンの「理論」だった。彼女の"Who's Bashing Whom"という日本たたきの本がベストセラーになったので読んでみたが、とても経済学といえる代物ではなかった。




それでもUSTRが「輸入の数値目標を出せ」と激しく迫るので、竹中平蔵氏をゲストにして「クローズアップ現代」でやったことがあります。親米派の竹中氏も、さすがにタイソンのわけのわからない話は説明に困り、「彼らの感情を理解する必要がある」と言っていました。その後、張本人のクルーグマンが"Foreign Affairs"で自由貿易を唱え始めたときは、頭に来ました。われわれはいったい何を「理解」しようとしていたのだろうか。




いま思えば、日本があれだけアメリカに敵視されていた時代がなつかしい。もうあんな時代は、よくも悪くも二度と来ないでしょう。そういえば、タイソンの本を国谷裕子さんに貸したままだ・・・




クルーグマンにスウェーデン銀行賞 - 池田信夫 blog(旧館)



意見は様々ですから、クルーグマン氏の戦略的貿易政策やインフレターゲット論を批判するのは別に良いのですが、この記事はそれを超えて人格批判にまで踏み込んでいるように見えますね。

クルーグマン氏の戦略的貿易政策が日米構造協議に利用されたことに憤りを感じたようですが、当時のアメリカを批判するだけならともかく、それに利用された理論を唱えた学者まで憎んでしまうというのは、ちょっと行き過ぎではないかと思いますけどねえ。

10/15追加
昨日の記事について反響があったためか、池田氏は今日もクルーグマンについて取り上げています。

けさの短い記事が予想外に大きな反応を呼んで、新聞社から取材まであったので、誤解のないようにフォローしておくと、クルーグマン自身はちゃんとした経済学者で、地底人のようなトンデモではない。授賞理由となった戦略的貿易政策は、代表的な国際経済学の教科書にもまったく出てこない陳腐な理論だが、おそらくこれは表向きの理由で、本当の授賞理由は昨今の異常な経済状況だろう。




前の記事のコメント欄のLadbrokesのオッズにもあるように、本来の最有力候補はFamaだったと思うが、彼は不幸なことに効率的市場仮説の元祖として知られている。この状況で「市場はすべての情報を織り込んでいる」という理論に賞を与えたら、1997年に受賞したMerton- Scholesの創立したLTCMが翌年、破綻したときのような批判を浴びるだろう。このランキングの上位にいるBarroやSargentは新しい古典派と呼ばれるウルトラ合理主義者なので、受賞記者会見で「政府は何もするな」などと言いかねない。




したがって選考委員会は「市場メカニズムだけにまかせていてはだめだ」と主張する経済学者をさがしたと思われる。スティグリッツがまだもらっていなければ確実にもらっただろうが、彼はすでに受賞した・・・と消去法で考えると、このリストの中ではバグワティとクルーグマンが残る。これは共同受賞にしてもよかったと思うが、なぜクルーグマンの単独受賞になったのかは謎だ。国際資本市場の不安定性をかねてから警告していたのは、バグワティのほうだからである(こういう片手落ちはノーベル賞によくある)。




現代マクロ経済学講義 - 池田信夫 blog(旧館)



この記事に対して、いくつかの経済学系ブログで批判する記事が出ています。

 あるネットの妄言をみててすごくずっこけた。なんでもクルーグマンの戦略貿易政策に関する業績が、オブストフェルドとロゴフの教科書にでてこないから陳腐な理論だそうです 笑。あとその他にも戯言が続いていた気がしたけれどもノイズなので読んでないw




 さてオブストフェルドとロゴフの教科書の題名は『国際マクロ経済学の基礎』といって、ちょうどブランシャール&フィッシャーのテキストの後に定番となり、90年代後半あたりに中心的なテキストとして学んだほうがいいんではないか、といわれたものでした*1。そして確かにここにはクルーグマンの戦略貿易政策は話題になってません、ハイ。




 しかしオブストフェルドはクルーグマンとそもそも長年、国際貿易論のテキストを書いてなかったっけ? はい、いまでも定番の国際貿易論のテキストを書いてます。ちなみにここがその目次です。クリックしてみれば一目瞭然ですが、ちゃんと第2部にクルーグマンの今回の授賞理由となっている戦略貿易政策の入門的な記述が詳述されています。




 ではオブストフェルドはクルーグマンと組むときは「陳腐な理論」を紹介し、ロゴフと組むときは「陳腐な理論」を陳腐ゆえに放棄したのでしょうか? そんな「二枚舌」な人なんでしょうか? いえいえ、全然違います。




 もう賢明な読者の方はおわかりですよね? そうです、オブストフェルドとロゴフの本は「国際マクロ経済学」のテキストであり、もともとミクロ的な話題を含んでいないだけなのです(オブストフェルドとクルーグマンの本の第一部、第二部の話題)。そのネットの妄言はいわば、八百屋にいってアパートでも探している人と同じですね 笑。




 もちろんいまの国際マクロ経済学もミクロ的基礎づけをもっていますのでどこまでミクロ、マクロと区切るのか判然としない場合も多いのですが、戦略貿易政策の話題は慣例?にしたがって国際マクロ経済学には含まれてこないようです(例外もあるでしょうからあれば教えてください)。




陳腐な解説とは?- Economics Lovers Live



クルグマンの受賞を祝う声が多い中、池田信夫先生(笑)はおかしな方向に暴走していまっています。(参考)ポール・クルーグマン祭リンク集(と池田信夫氏の批判について)




あまりに池田先生が不憫なのでコメント欄で暴走をお止めになるように申し上げたいのですが、gooアカウントが必要なので、この日記を池田先生の日記にトラックバックしようと思います。

2008年のノーベル賞のコメント欄およびクルーグマンにスウェーデン銀行賞のコメント欄でEconomist誌のone-handed economistを引用して「片手落ちの経済学者」とクルグマンを評しています。しかし、one-handed economistに書いてあるように、これは「二枚舌でない経済学者」という良い意味で使われています。実際に池田先生がリンクしている記事(Paul Krugman, one-handed economist)を見てみると

“GIVE me a one-handed economist,” demanded a frustrated American president. “All my economists say, ‘on the one hand...on the other'”.

ですから、一般に経済学者は「一方では××とも言えるし、もう一方では○○とも言える」というナンセンスな主張をして、正しい筋道を与えないが、クルグマンは筋道を与えてくれるという意味になりますね。




クルーグマンにスウェーデン銀行賞の本文でお書きになっている戦略的貿易政策から自由貿易主義への転換については、(その時生まれていないので時代背景を存じ上げませんが、)以下のような意見も存在しております。

933 名前:名無しさん@九周年[sage] 投稿日:2008/10/14(火) 01:47:21 ID:o1Yiu9LW0

>>921

間違っていたと言うか、クルーグマン本人が自分で自分の理論を乱用する連中を戒めてたりする。

戦略的貿易論って言って、アメリカが80年代末~90年代半ばぐらいに日本に無茶苦茶な

要求突きつけてきたけど、あれの理論武装の一部がクルーグマンの理論。それを批判したわけ自分でね。

その辺の話は上でも紹介した「良い経済学、悪い経済学」に載っている。




400 Bad Request



リンクを張っても詮無いので言葉だけ紹介しますと、「"International Trade and Economic Geography"というのは、アメリカが日米半導体協定を求めてきたとき、彼らの理論武装に使われた『戦略的貿易政策』というやつで、いわゆる収穫逓増があると大きいものが大きくなるので、日本の半導体を規制しろというものだ。今となってはナンセンスなことが明らかな理論で、その昔ロボトミーに授賞されたようなものだろう」、「授賞理由となった戦略的貿易政策は、代表的な国際経済学の教科書にもまったく出てこない陳腐な理論だが、おそらくこれは表向きの理由で、本当の授賞理由は昨今の異常な経済状況だろう」なんてことをおっしゃっている方がいます。




後者の教科書云々については、すでに田中秀臣先生が反駁なさっています。その余の点として、クルーグマンの業績に対して正当な評価を下す能力のある(そしてもちろんwebmasterのごとくリフレ政策云々にはこだわっていないであろう)海外の経済学者はどのように評しているのか、ざっと調べてみました。

Tyler Cowen

"I have to say I did not expect him to win until Bush left office, as I thought the Swedes wanted the resulting discussion to focus on Paul's academic work rather than on issues of politics. So I am surprised by the timing but not by the choice.*"

Gregory Mankiw

"No one knowledgable about developments in the theory of international trade could have doubted that Paul was on the short list. The timing, of course, was impossible to predict, and I am a bit surprised that the Nobel committee did not award the prize jointly with some other economists who worked along similar lines. But the prize itself was an easy call. *"

Menzie Chinn

"Commentators remarking on the fact that Krugman has been a strong critic of the Bush Administration ([1], and particularly [2]) are right, but miss the point. Krugman was awarded the prize for his academic work on trade, geography (and international finance), and not for his political views -- just as George Stigler won for his academic work on industrial organization and regulation.*"(webmaster注:強調は原文によります)

Arnold Kling

"It is a classic contribution. In retrospect, it seems sensible and obvious. But until Krugman developed the argument, the rest of the economics profession was on a completely different wavelength.*"

Bryan Caplan

"Gordon Tullock is always my first choice for the Nobel prize, but Paul Krugman's win is, as the Germans say, nicht ein Unrecht - not an injustice. Yes, he's often screamed himself silly, but the best fifth of Krugman's corpus is excellent. As I guest blogged on MR years ago:*"

公平を期すために申し上げれば、批判的な見解がないではありませんが、"There seems to be a fair amount of anger in some corners about Krugman's Nobel. A few thoughts about the complaints:*"と冒頭に書かれていることにかんがみれば、ノーベル経済学賞受賞者であっても盲信すべからず、といったニュアンスと解するのが相当でしょう。少なくとも、クルーグマンの業績はロボトミーに類するものだといった批判ではまったくありません。




クルーグマンのノーベル経済学賞受賞に関する海外経済学者のコメント - BI@K accelerated: hatena annex, bewaad.com



クルーグマンファンなので、過剰反応してみます。




池田信夫氏が

授賞理由となった戦略的貿易政策は、代表的な国際経済学の教科書にもまったく出てこない陳腐な理論だ




http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/71231c0cbfaca90236295c4ff978a2ae

と言っていますが、これは経済学者として恥ずかしい発言だと思います。




クルーグマンの業績を知らないことが経済学者として恥ずかしいのは、ちょっと何かを見落としたり勘違いしたことによるミスとは根本的に違うからです。貿易論、労働経済学、公共経済学、それに産業組織論といった応用ミクロ経済学に、ゲーム理論的な枠組みを持ち込んで分野を革新するっていうのは、70-80年代に起こった経済学の大きな流れです。今は理論的に一段落付いたので、ゲーム理論的な枠組みの元で実証をやりなおそう、って流れに移行しつつあります。氏は、この流れの存在すら知らないのでしょう。もし知っていたら戦略的貿易政策について陳腐なんていえるはずがありません。戦略的貿易政策に代表される新貿易理論は、モデルの結論よりむしろゲーム理論の貿易理論への本格的な適用という大きな流れを作ったことで分野を革新したのですから。




筋金入りの共和党支持者であり、したがってクルーグマンのコラムに同意しないことが多いマンキューが

国際貿易理論の発展を知っている人で、クルーグマンが(ノーベル賞)リストの上位にいることを疑うことのできる人はいない。




ここのMankiw

と言っているのはクルーグマンの疑いようもない経済学への貢献を知っているからです。氏は明らかに「国際貿易理論の発展を知っている人」ではないので、ノーベル賞政治陰謀理論を唱えたりせず、口をつぐむべきです。




だからクルーグマンは偉いんだって - eliyaの日記



(追記2)




 やっと時間が出来た(汗ので書いておくと、上のIT専門家の方はノーベル賞の受賞理由を読まれてなぜ「戦略的貿易政策」の理論が浮かんだんでしょうかね・・?理由が分からん。




 ノーベル賞の受賞理由で記載されているのは、新貿易理論の話でしょう。つまり、規模の経済性と不完全競争を導入したモデルを構築することで比較優位では当てはまらない現象(同一国で同種の財が輸出され、かつ輸入されているのはなぜなのか?)を説明したというものです。近年では個票データの利用が可能になってきたこともあって、クルーグマンモデルやディキシット・スティグリッツモデルで考慮されていなかった企業の異質性や生産性の格差といった要素の重要性がクローズアップされてきており、 Melitzのモデルでは確率分布で生産性の格差を取り込んだり、一国の産業というくくりで見た場合にその中に含まれる企業の異質性に着目した実証分析が進められています。このような流れの基点の一つとなっているのがクルーグマンの業績でしょう。




 同様に受賞理由では空間経済学の話にふれていますが、規模の経済性(輸送コストの低減)が都市化・産業高度化を後押しする要素として作用することを明確化したのもクルーグマンの業績でしょう。




http://nobelprize.org/nobel_prizes/economics/laureates/2008/info.pdf




http://nobelprize.org/nobel_prizes/economics/laureates/2008/ecoadv08.pdf




Econviews-hatena ver.∞



昨日と今日の池田氏の記事におけるクルーグマン批判は、これで大体否定されてしまった感がありますね。

http://d.hatena.ne.jp/Baatarism/20081014/1223955578
10:777 :

2011/10/16 (Sun) 00:02:01

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池田信夫の逝かれっぷり6


きまぐれな日々

湯浅誠に対する池田信夫のみっともない嫉妬この年末年始、国内でもっとも注目を集めたのは、「年越し派遣村」をめぐるニュースであり、村長を務めた湯浅誠は、いまや日本でもっとも注目を集めている人物の一人だろう。

当ブログは、朝日新聞がこれを大きく扱わなかったことを非難してきたが、もっと滑稽だったのは権力や御用文化人の反応である。

派遣村に集まってきた人たちに対して、「本当に働こうとしている人か」と述べたのは、坂本哲志総務政務官である。この発言を報じた毎日新聞の記事には、およそ270件の「はてなブックマーク」がついたが、うち33件に「これはひどい」というタグがついている。「はてブ」の3分の1に「これはひどい」のタグがつけられた城内実には(ネットの世界では)及ばないが、大顰蹙を買ったといえる。

ところが、2ちゃんねるやmixiの日記などでは、この坂本発言を支持する声が多いのだという。いや、『Munchener Brucke』が採集して提示したように、坂本発言を擁護しているブログがゴマンとある。テレビで彼らを煽っているのはみのもんたである。いや、「たらたら飲んで、食べて、何もしない人(患者)の分の金(医療費)を何で私が払うんだ」とか、ハローワークで「何かありませんかと言うんじゃ仕事は見つからない。目的意識がないと雇う方もその気にならない」などと発言した麻生太郎首相自身が、コイズミ内閣の頃時代を席巻した自己責任論を再び撒き散らしている。麻生は、いくら積極財政論を唱えようが、本質的に新自由主義者である。

現在、日本の支配層の知的水準は際立って劣化しており、権力が崩壊していく時というのはいつもそうなのかと思わせるほどだ。単に漢字が読めないだけではなく、その無教養ぶりを日々露呈している麻生太郎もそうだが、「経済学者」であるらしい池田信夫という人物もその悪例に挙げられる。

以前、『kojitakenの日記』で、池田が「地球温暖化陰謀論」なるトンデモにはまっていることをご紹介したが、当該エントリからリンクを張った『シートン俗物記』の指摘によると、池田は、従軍慰安婦否定論、沖縄集団自決否定論、捕鯨問題などにも首を突っ込んで、毒電波を撒き散らしているようだ。学界ではまともに相手にされていないのではないか。少なくとも、私は池田を「経済学者」とはみなしていない。

その池田が、ブログで「「派遣村」の偽善」なる、呆れたエントリを上げている。2ちゃんねるでは絶賛されているのかもしれないが、「はてなブックマーク」における評判はかなり悪い。私に言わせれば、この池田のエントリは、どこがどう悪いという以前のレベルのものだ。

ところで興味深かったのは、これだけではおさまらなかった池田が、「反貧困―「すべり台社会」からの脱出」というタイトルのエントリを上げてきたことだ。

内容は、同名の湯浅誠の著書に対する単なる悪口だが、このエントリを読んでいて、池田がこんな駄文を書いた動機がわかった。

池田もエントリ冒頭で書いているように、この本は昨年暮、朝日新聞社が主催する「大佛次郎論壇賞」を受賞した。
http://www.asahi.com/culture/update/1213/TKY200812130197.html

朝日新聞の論調自体は、必ずしも「反貧困」の方向性を持っているとはいえないが、この湯浅の名著に論壇賞を授与する程度の良識は残っているようだ。そして、池田は明らかに湯浅誠に嫉妬している。
彼の経歴も東****学部の博士課程修了と、普通の「プロ市民」とは違う。

などとわざわざ書いて、対抗心をむき出しにしているし、なんといってもお笑いなのは、
本書のような「社会主義2.0」では、朝日新聞や岩波書店などの滅びゆく左翼は喜ぶかもしれないが、若者はついてこないし、政策論議としても建設的なものは出てこない。

というくだりだ。おいおい、と思ってしまった。これをちょっと言い換えると、
池田信夫のような「新自由主義2.0」では、自民党や竹中平蔵一派などの滅びゆくネオリベは喜ぶかもしれないが、若者はついてこないし、政策論議としても建設的なものは出てこない。

となる。

とにかく滑稽なのは、池田信夫の湯浅誠に対する強烈な嫉妬心であり、これが池田にくだらないエントリを書かせた動機なのだ。みっともないの一語に尽きるが、こういう人間のありようが露骨な形で示されるのが新自由主義時代の日本の特徴なのかと思ってしまった今日この頃である。

http://caprice.blog63.fc2blog.us/blog-entry-820.html
11:777 :

2011/10/22 (Sat) 14:46:51

host:*.bbtec.net


TPPとは日本が参加する時.持つて行く物


1.日本自体              
カモがネギを担ぎ.ナベを持ち包長.を持ち.調味料.を持ち.米.を持ち.やつてきた

2.関税自主権の放棄

3.個別補償のような制度もすべて禁止。

4.公的医療保険の禁止

5.外国人労働者を無条件受け入れ

6.外国人移住を無条件で受け入れ

7.アメリカの会社が時給100円で外国人を連れてきて公共事業をやってもOK

8.全労済など禁止

9.独自の農薬規制禁止

10独自の食品規制禁止

11.牛のBSE検査禁止

12.遺伝子組み換え表示禁止

13.耐震基準の緩和(アメリカの建物がそのまま建てられる)

14.JIS規格の禁止

15労働規制の緩和

16.派遣法の緩和



アメリカ7割り.他8ケ国で分け逢い.さあ.皆で.食べよう.全て用意して繰れたのだから
オイシゾ.  日本何も家(カモ).なくなつた



まあ、米韓FTA の日本版だと思えばいい




米韓FTA


1)サービス市場開放のNegative list:
サービス市場を全面的に開放する。例外的に禁止する品目だけを明記する。


(2)Ratchet条項:
一度規制を緩和するとどんなことがあっても元に戻せない、狂牛病が発生しても牛肉の輸入を中断できない。


(3)Future most-favored-nation treatment:
未来最恵国待遇:今後、韓国が他の国とFTAを締結した場合、その条件が米国に対する条件よりも有利な場合は、米にも同じ条件を適用する。


(4)Snap-back:
自動車分野で韓国が協定に違反した場合、または米国製自動車の販売・流通に深刻な影響を及ぼすと米企業が判断した場合、米の自動車輸入関税2.5%撤廃を無効にする。


(5)ISD:Investor-State Dispute Settlement。
韓国に投資した企業が、韓国の政策によって損害を被った場合、世界銀行傘下の国際投資紛争仲裁センターに提訴できる。韓国で裁判は行わない。韓国にだけ適用。

5)の危険性を皆理解出来てるんだろうか? いい加減に目を覚まして欲しい…

関税撤廃だけならたいした事無い
日本国内のルールで企業活動してくれればいい
日本国内のルールに外国人が口出しするのはおかしいと思わない?

だいたい他の国は日本に参加して欲しいなら、?は受け入れられない等参加の条件出す位上から行くべき





6)Non-Violation Complaint:
米国企業が期待した利益を得られなかった場合、韓国がFTAに違反していなくても、米国政府が米国企業の代わりに、
国際機関に対して韓国を提訴できる。例えば米の民間医療保険会社が「韓国の公共制度である国民医療保険のせいで
営業がうまくいかない」として、米国政府に対し韓国を提訴するよう求める可能性がある。
韓米FTAに反対する人たちはこれが乱用されるのではないかと恐れている。

米資本が利益を出せないと韓国が違反してなくても提訴できるって むちゃくちゃじゃないか?



(7)韓国政府が規制の必要性を立証できない場合は、市場開放のための追加措置を取る必要が生じる。

(7)も相当怖い。普通はアメリカが規制があることを立証すべき。
韓国が規制がないことを証明するってさ・・・コレは難しいよ




(8)米企業・米国人に対しては、韓国の法律より韓米FTAを優先適用 例えば牛肉の場合、韓国では食用にできない部位を、
米国法は加工用食肉として認めている。

FTAが優先されると、そういった部位も輸入しなければならなくなる。また韓国法は、公共企業や放送局といった基幹
となる企業において、外国人の持分を制限している。

FTAが優先されると、韓国の全企業が外国人持分制限を撤廃する必要がある。外国人または外国企業の持分制限率は
事業分野ごとに異なる。


(9)知的財産権を米が直接規制
例えば米国企業が、韓国のWEBサイトを閉鎖することができるようになる。

韓国では現在、非営利目的で映画のレビューを書くためであれば、映画シーンのキャプチャー画像を1~2枚載せても、誰も文句を言わない。しかし、米国から見ると
これは著作権違反。このため、その掲示物い対して訴訟が始まれば、サイト閉鎖に追い込まれることが十分ありえる。
非営利目的のBlogやSNSであっても、転載などで訴訟が多発する可能性あり。



(10)公企業の民営化




治外法権さえ一部認められている

関税自主権の撤廃より酷い




国民は.医者にも.掛かれない.

円安に成れば.農業は壊滅してるから.外国の高い食物を買わされる

助かるのは.財界.と金持ち.だけだよ

戦前、戦後のブロック経済みたいだな。

TPPは金持ちの縄張り争いであって、弱者はより弱く、強者はより強く、参加国の国民は疲弊して金持ちが儲かるだけな気がする。
庶民には何も恩恵が無さそうだな。

物価が安くなるとか怪しい話。

国民はTPP参加国の経済がどうなるかより、庶民の生活がどうなるかで議論すべき。
TPPで経済的数値が良くても日本人全員が失業者になっては意味がない。
12:888 :

2011/10/22 (Sat) 16:15:21

host:222.127.37.126
TPPはもう事実上決まったらしい。

あれこれ言っても遅く、あきらめたほうが良い。
ソ連中国を嫌ってずっとアメリカに擦り寄ってきた報いともいえる。

敗戦国であり、アメリカの戦利品である日本が、豊かな国でいること自体、アメリカ人には許せないだろう。
富を蓄積すれば最後はすべてアメリカにしゃぶりつくされるのは自明のこと。
日本はその為にアメリカが飼っているブタにすぎない。

郵貯簡保をすべて献上して土下座していればそれで許してもらえたかもしれないのに。

日本が先進国でいられることの方が変だったってこと。
庶民の生活が東南アジアレベルになるとしても、十分幸福に生きられる。個人の心の持ち方次第
東京住民の生活が今の沖縄住民レベルになるだけ。
何の問題もない。
13:777 :

2011/10/22 (Sat) 16:34:11

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まあ、アメリカと中国も5年後には消滅していそうですから、少し時間稼ぎすればセーフですけどね。





経済産業省などが作成した「環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉の分野別状況 」では、なぜか経済産業省がISD条項(Investor –State Dispute条項、すなわち主権侵害条項)を、あたかも「好ましいもの」であるかのごとき書き方をしています。すなわち、経済産業省は完全に「国益とは何か?」「主権とは何か?」を見失ってしまっているわけです。


 実際にISD条項が含まれるTPPに参加すると、下記のような「外国企業が自国政府を訴える」訴訟が頻発することになりますよ。



『フィリップ・モリス「知的財産権の侵害」 たばこパッケージ規制のオーストラリア政府に法的措置
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110628/t10013809071000.html

 オーストラリア政府が、たばこの箱にロゴマークなどを印刷することを禁じる、世界で初めての厳しい規制の導入を目指していることに対し、香港にある大手たばこ会社は「知的財産権の侵害だ」として 法的な手続きを開始し、反発を強めています。
 
オーストラリア政府は、国民の喫煙率を下げる目的で、たばこの箱に銘柄ごとのロゴマークや図柄を 印刷することを禁じ、同じ色の簡素なデザインの箱に、たばこの健康被害を連想させるがんの患部の 写真などを表示するよう義務づける世界で初めての法案を議会に提出し、来年1月から施行すること を目指しています。
 これに対し、香港にある大手たばこ会社「フィリップモリスアジア」は、27日、オーストラリア政府に対し、 「法律案は香港とオーストラリアの間で締結された知的財産の保護に関する条約に違反している」として、 法的な手続きを開始したと通告しました。
 会社側は、今後3か月以内に政府との交渉で満足のいく結果が得られなければ、国連の仲裁機関に損害賠償を求める訴えを起こすとしていて、賠償額は数十億オーストラリアドル(日本円にして1000億円) 以上に上るだろうとしています。一方、オーストラリアのギラード首相は、出演した地元放送局の番組の中で 「大手たばこ会社の策略を恐れる必要はない」と述べ、一歩も引かない構えを見せました。 』




 あの~・・・・。オーストラリア政府が「オーストラリア国民」の健康を考え、タバコの箱にロゴマークを印刷することを禁じた規制は、単なるオーストラリア政府の主権行為です。それに文句をつけることができるのは、オーストラリア国民だけです。


 ところが、それに対してフィリップモリスアジアが「知的財産権の侵害だ!」などと難癖をつけて訴訟を起こしたわけです。国連の仲裁機関とは、投資紛争国際センターではない(投資紛争国際センターは世界銀行の傘下)と思うのですが、いずれにせよISD条項が含まれる貿易協定に加盟すると、上記のように、

「政府が国民のために規制を変更した結果、外国企業に訴えられる」

 というケースが相次ぐことになります。

それに対し、あなた方は責任を取れるのですか、経済産業省の宗像直子さん、経団連会長の米倉弘昌さん。

http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/
14:777 :

2011/10/22 (Sat) 17:55:57

host:*.bbtec.net

因みに戦争で負けたのは昭和天皇で、日本人じゃないからね。

昭和天皇は中国で金銀財宝を略奪して、それをカモフラージュする為に日本兵に虐殺をやらせたんだ。

そして、ゲリラ戦しかやらない中国には絶対に勝てないとわかったから、

わざとアメリカと八百長戦争して日本を占領して貰っただけさ。


日本人がアメリカ人に頭を下げる理由なんかどこにもないよ。


15:777 :

2011/10/23 (Sun) 10:42:41

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池田信夫の逝かれっぷり7

クルッグマンの英語が理解できない池田信夫 2011年8月22日月曜日



ノーベル賞経済学者のクルッグマンがNew York TimesのコラムでModern Monetary Theory(以下、MMT)を批判しているのだが、それを経済学者を自称する池田信夫氏が「クルーグマン対リフレ派」で激しく誤解しているので、間違いを指摘しておきたい。

MMT派は現代では政府が貨幣の裏づけになっているので、幾ら財政赤字を出しても貨幣を発行してもインフレーションにはならないとし、拡張的な財政政策や通貨供給量の拡大を主張している。しかしクルッグマンは、流動性の罠にはまっている現在では拡張的財政政策と通貨供給量は支持できるものの、通常の経済ではハイパーインフレーションになるとMMT派の論理を批判している。なお大半のリフレ派は流動性の罠にある事を前提にリフレ政策を主張しており、MMT派とは異なる。

池田信夫氏は「クルーグマンは最近、毎日のようにリフレ派(MMT)を攻撃している」と延べ、MMTとリフレ派が同じものだと誤解している。さらに、WSJのインフレ懸念を否定している別のクルッグマンのコラムのグラフを持ち出しているが、それらはMMT派やリフレ派を批判しているものではない。貨幣数量説の信奉者を批判したものだ。

米国ではどうもリフレーション政策がハイパーインフレーションを招くと批判されているようで、最近のクルッグマンのコラムはその懸念を治めるのを目的としている。何故か池田信夫氏はハイパーインフレーションが発生しないと言う主張をリフレ政策批判だと捕らえているようだが、リフレ政策の主な狙いは将来のインフレ期待を大きくする事だ。

そもそもクルッグマンは、リフレ政策によって引き起こされると考えられているハイパー・インフレーションは起きないし、緩やかなインフレーションは融資を促進し民間部門の負債負担を軽減すると主張している(NYTimes.com)。政治的コンセンサスが得られないのでリフレ政策は無理だと嘆いた事があるのだが(NYTimes.com)、これが読解力が十分でない池田信夫氏に主張を誤解される事となったようだ。クルッグマンもThe second-best answerのsecond-が理解できない人が経済学者を自称しているとは思わなかったのであろう。



リフレ政策自体には賛否がある。特に歴史的には日本は通貨膨張政策でハイパーインフレーションを引き起こした事があるので、専門家でも慎重になる人々は多い。それでもマクロ経済学者の少なくない人々がリフレ政策、もしくはインフレターゲティングを支持しているわけで、別に廃れているわけでもない(関連記事:リフレ政策は本当に下火になったのか?)。
http://www.anlyznews.com/2011/08/blog-post_22.html


まあ、アホの池田信夫の事を学者だと思ってる無知蒙昧な人間がいる事の方が驚きだけどね。
16:777 :

2011/10/23 (Sun) 10:52:56

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池田信夫のクルーグマン理解について



ケインズ****の終わり - 池田信夫 blog(旧館)

私は経済の専門家ではないが、復活だぁっ! 日本の不況と流動性トラップの逆襲を読めばわかるように、クルーグマンの議論のポイントは「短期の金融政策は無効」だけど「長期の金融政策は有効」というものだ。短期的には流動性の罠に落ち込んでいるので、マネタリーベースを増やしてもインフレは起きない。しかし、長期的(流動性の罠から脱却して資本市場が均衡したあと)にもマネタリーベースを増やすことを約束すれば、流動性の罠から逃れられるというのが彼の主張だ。だから、




なるほどおっしゃる通りだが、クルーグマン自身の過去の議論との整合性はどうなるのだろうか。彼は1998年の日本経済についてのエッセイで、日銀がインフレ目標を設定して通貨をジャブジャブに供給すればデフレを脱却できると主張した。



という不整合は生じないし、(クルーグマンはあくまで短期の金融政策の有効性を否定しただけ)




と主張するのだ。う~ん、マネタリーベースを増やしてもインフレは起きないのに、日銀がインフレ目標を設定すればインフレが起きる? デフレ下では金融政策は無効であり、それを民間人が知っているのに、なぜ彼らは日銀の「約束」を信用するのだろうか。日銀が「金融政策を通じた直接的な手綱」以外のどういう政策手段をもっているのか。Mr.マリックでも雇って超能力を使うのだろうか。

という議論は誤りである。クルーグマンは長期的に(価格メカニズムやらなにやらが働いて)資本市場が均衡した状態で長期のインフレを起こすことを主張しているからだ。

こうみると、池田氏は数式が出てくる部分を読んでないんじゃないかという気がするが(別件だけど英語も読めないのじゃないかという気もするが)、まあ主観的な印象です。

ちなみに私自身は、中央銀行が長期的にインフレ政策を取り続けることをどうやって市場に信じさせるか疑問、ということでリフレ政策にはやや懐疑的(結論は池田氏と似ているようだけどロジックが違うことに注目してほしい)。でも、構造改革などできるわけがなくて(せいぜいみんなで「国家の品格」を読みましょう、くらいになって終わると思う)、リフレのほうがまだ実現性があると思う。

追記:クルーグマンの矛盾? - レギュラーの入院日誌も参照してください。

さらに追記:

まず、池田氏のコメント欄での反論について。




TBで、お約束どおりの反論がついています:

>クルーグマンは長期的に(価格メカニズムやらなにやらが働いて)資本市場が均衡した状態で長期のインフレを起こすことを主張している

それがオカルトだというんですよ。これは「私はこの山を動かす。私には動かす力はないが、神やらなにやらが山を動かしたら、私は神を応援する」といっているようなもの。その神はどこにいるのかについて、クルーグマンもバーナンキも何も明らかにしない。事実、日銀が通貨供給を2倍以上にし、インフレ目標に近い「時間軸政策」をとっても、インフレは起こらなかったのです。






私の論点は、池田氏がクルーグマンの議論を誤って紹介しているというものだ。クルーグマンの論点をくりかえしているだけだから、お約束になるのは当たり前。少し読めば分かると思うが時間をいれたモデルでも流動性の罠が生じること、そして長期にわたってインフレを起こすことができばこれから脱却できるというのがクルーグマンの論文の主たる論点だ。これは別に経済学の専門家でなくても日本語ができてアカデミックな文章が読めれば誰でもわかることだと思う。だから、単に流動性の罠があるからクルーグマンのリフレ論はなりたたないという、もともとの池田氏のエントリはおかしいし、クルーグマンが長期のインフレを起こす手段を提示しないというのは別の論点だと思う。

まあ、元のエントリは釣りなんだそうで、コメント欄ではもっと深い議論をされているのでいいけど。






基本的なことですが、正の長期均衡利子率が存在するとしても、そこに到達する(収束する)という証明がない限り意味がありません。特に短期では収束しないことをクルーグマンが強調しているのだから、長期均衡が存在するだけでなく実現するという具体的なメカニズムを明らかにしない限り、彼の提言の根本前提が満たされない。








クルーグマンのモデルは2期目以降は均衡に達するという仮定があるのでそこが弱い点は同意する。ただ、市場という神の手によって何とかなってしまうのではないでしょうかねえ、というのが(経済学の素人だけど)私の感想。投資からの収益は常に正なので、普通は実質利子率が正にならないとおかしい。正にならないのは(おそらく高齢化のために)長期では需要が増大してインフレになるという予想があるから(だから今のうちにたとえ将来目減りしたとしても貯蓄しようとする)、というのがクルーグマンの説明であったはず。だとすれば、放っておいてもいずれは正の実質利子率にもどることになるだろう。

それから、ブクマコメントを見ていると私をリフレ派だと思っているらしい(日本語になっていない意味不明)コメントがあるが、私はリフレ派ではない。中央銀行が長期にわたってインフレにコミットすることを市場にどうやって納得させるか、疑問に思っている。レジーム転換といった議論もあるようだが、説得力をあまり感じない。それから、もちろん生産性をあげることは重要だとも思っているが、そのこととリフレは別に矛盾しないと思う。利子率を下げたとしても、市場が競争的である限り効率的な企業が生き残っていくことになるはずだ。

http://d.hatena.ne.jp/yoriyuki/20070128/p1
17:777 :

2011/10/23 (Sun) 10:56:13

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リフレ政策は本当に下火になったのか?


慶應義塾大学大学院経営管理研究科准教授の小幡績氏が「リフレ派の終焉」で下火と、経済学者を自称する池田信夫氏は「円高はなぜ止まらないのか」で壊滅とリフレーション政策と断定しているが、実際の論調に大きな変化は無い。根拠が不明確な主張を簡単に否定すると水掛け論になるので、論調に変化が無いと言える理由を整理してみた。


1. 顕在リフレ政策支持者はまだまだいる

リフレ政策は「穏健」「普通」「急進」の3タイプに分ける事ができる(岩本康志のブログ)。ゼロ金利を維持する程度の穏健リフレ政策であれば、反対者は少ないように感じる。もちろん日銀の危険資産購入や為替介入の非不胎化介入を含む量的緩和政策を許す「普通」、国債の日銀引受を含む「急進」では賛成者は減る。しかし著名な経済学者の清滝信宏氏、浜田宏一氏あたりは「普通」のリフレ政策を推進しているようだ。駒澤大学の矢野浩一氏も相変わらず。ノーベル賞経済学者のクルッグマンも、リフレ政策によって引き起こされると考えられているハイパー・インフレーションは起きないし、緩やかなインフレーションは融資を促進し民間部門の負債負担を軽減すると主張している(NYTimes.com)。



2. 潜在リフレ政策支持者は大量にいる

そして潜在的なリフレーション支持者はさらに存在する。インフレ・ターゲティングはメディアでは多くは紹介されていない用語だが、インフレ率を目標範囲に維持すると言うリフレ政策と表裏一体の政策だ。学術分野ではリフレーションよりも、インフレ・ターゲティングの方が熱いトピックとなっていた。インタゲ支持者はかなりいるはずで、それらの人々は少なくともリフレ政策反対者だとは考えづらい。少なくとも穏健なリフレ支持者と見なして良いであろう。



3. リフレ政策は『政治的』に下火になった

このように顕在リフレ政策支持者も存在するし、潜在リフレ政策支持者も存在するので終焉もしていないし壊滅もしていないように思える。池田信夫氏が主張を変えたと狂喜しているクルッグマンでさえ、政治的コンセンサスが得られないのでリフレ政策は無理だと、皮肉を込めて主張を変更したフリをしているに過ぎない(NYTimes.com)。政策担当者の頭が固いのでリフレ政策が無理と言う主張は、経済学的にリフレ政策の無効を認めたものではない。ただし、政治的に選択肢に上がらないと言う意味では、下火になったとも言えなくも無い。



4. リフレ政策は経済学者間では消失していない

政治的に遂行される可能性がなくなっても、顕在・潜在支持者が多数いるので「リフレ派も、経済学界ではほぼ壊滅した」という池田信夫氏の主張は根拠を欠く。池田信夫氏には英語や経済モデルを理解しないで経済政策を主張しているという批判もあるし(池田信夫のクルーグマン理解について)、冷静さを欠いているのかも知れない。小幡績氏の書き方は上手くて「リフレ派の議論はいつの間にか下火」と言われると否定できない雰囲気は確かにあるのだが、小幡氏のブログのエントリー(2010年10月27日)以降に、清滝氏がインタビューに応じてリフレ政策を主張しているので、小幡氏の見立てが正確ではなかったと言えるであろう(日経ビジネスオンライン2011年4月11日)。


http://www.anlyznews.com/2011/08/blog-post_7110.html
18:777 :

2011/10/23 (Sun) 11:16:37

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クルーグマンの矛盾? 2007年01月28日


池田信夫先生がご自身のブログで取り上げてらっしゃるのを拝見して初めて知りましたが、クルーグマンによるフリードマン論=“Who Was Milton Friedman?”、このエッセイは必読でありましょう。今回は池田先生も論じてらっしゃいますが、クルーグマンの金融政策の有効性に関する一見矛盾する言明についてあれこれとない知恵を絞って考えてみたいと思います。

Now, a word about Japan. During the 1990s Japan experienced a sort of minor-key reprise of the Great Depression. The unemployment rate never reached Depression levels, thanks to massive public works spending that had Japan, with less than half America's population, pouring more concrete each year than the United States. But the very low interest rate conditions of the Great Depression reemerged in full. By 1998 the call money rate, the rate on overnight loans between banks, was literally zero.

And under those conditions, monetary policy proved just as ineffective as Keynes had said it was in the 1930s. The Bank of Japan, Japan's equivalent of the Fed, could and did increase the monetary base. But the extra yen were hoarded, not spent. The only consumer durable goods selling well, some Japanese economists told me at the time, were safes. In fact, the Bank of Japan found itself unable even to increase the money supply as much as it wanted. It pushed vast quantities of cash into circulation, but broader measures of the money supply grew very little. An economic recovery finally began a couple of years ago, driven by a revival of business investment to take advantage of new technological opportunities. But monetary policy never was able to get any traction.

In effect, Japan in the Nineties offered a fresh opportunity to test the views of Friedman and Keynes regarding the effectiveness of monetary policy in depression conditions. And the results clearly supported Keynes's pessimism rather than Friedman's optimism.

いきなり長々と引用しましたが、1990年代以降の日本の不況に関して論じているこの引用箇所においてクルーグマンは明らかに(1930年代の大不況期における)金融政策の無効性を主張するケインズを支持しております。1998年までにオーバーナイト物(無担保翌日物)金利は実質的にゼロ%に達しており、日本銀行は金利政策の面でもはやこれ以上なしうることがなくなった。そこで日銀は日銀当座預金残高を金融政策の操作手段として用いる量的緩和政策に転じ、マネタリーベースの潤沢な注入に臨んだものの、銀行部門が保持する日銀当預が積み増されるだけでマネーサプライの十分な増加を実現することはできなかった(In fact, the Bank of Japan found itself unable even to increase the money supply as much as it wanted. It pushed vast quantities of cash into circulation, but broader measures of the money supply grew very little.)。そして引用した最後のパラグラフ、「90年代の日本の経験は不況期における金融政策の有効性に関するフリードマンとケインズの見解をテストする新たな機会となった。そのテストの結果はというと、明らかに(金融政策の有効性についての)フリードマンの楽観よりはケインズの悲観が支持されることとなったのである。」

上記のクルーグマンの主張と(池田先生も引用されている)日本が不況から脱出するための処方箋としてクルーグマンが提示した見解(ポール・クルーグマン著/山形浩生訳“復活だぁっ! 日本の不況と流動性トラップの逆襲(pdf)”、p37)、

流動性トラップにはまった国――つまりマネーサプライを増やしても何の影響もないところ――がインフレを実現するにはどうすればいいだろう。これまで見たように、問題は要するに信用の問題だ。もし中央銀行が、可能な限りの手を使ってインフレを実現すると信用できる形で約束できて、さらにインフレが起きてもそれを歓迎すると信用できる形で約束すれば、それは現在の金融政策を通じた直接的な手綱をまったく使わなくても、インフレ期待を増大させることができる。

とは一見相矛盾するかのように見えます。片や金融政策は無効であることを認め、片やその無効なはずの金融政策を司る中央銀行が「現在の金融政策を通じた直接的な手綱をまったく使わ」ずにインフレ期待を醸成すべきだと説く。この数年の間にクルーグマンが心変わりしたあらわれである・・・として果たしてよいものでしょうか?

しかし、その疑問も同論文の6ページを読むことで氷解いたします。

じゃあどうして流動性トラップなんか可能なんだろうか。その答えは、通常のマネーの中立性議論にくっついている、あまり気がつかれない逃げの一句にある。現在およびその後将来すべてにわたりマネーサプライが増大すれば、価格は同じ割合で上昇する。これに対応して、将来的に維持されると期待されていないマネーサプライの上昇は物価を同じ割合で上げる――それどころか多少なりとも上げる――というような議論は一切ない。

一言で、この問題にこういう高い抽象度の議論からアプローチすることですでに、流動性トラップにはなにやら信用の問題がからんでくる。市場が、今後も維持されると期待する(つまり将来のすべての時点で同じ割合で拡大される)金融拡大は、経済がどんな構造問題に直面していようとお構いなしに必ず機能する。もし金融拡大が機能しなくて、そこに流動性トラップが働いているなら、それは国民が、その金融拡大が維持されると思っていないからだ。

つまりクルーグマンがフリードマンを論じたエッセイで取り上げている金融政策は「伝統的な」金融政策、将来時点におけるマネーサプライについての言及(あるいは確約)がない金融政策のことであり、流動性トラップが存在するのは「国民が、その金融拡大が維持されると思っていないから」ということになります。現時点だけではなく「現在およびその後将来すべてにわたりマネーサプライが増大すれば、価格は同じ割合で上昇する」のであり、経済が流動性の罠に陥っていたとしても将来にわたる金融緩和を保証することができれば依然として金融政策は有効である(=結果としてインフレを起こすことができる)と考えられるわけです。「インフレ目標」の設定は、将来においてもマネーサプライが増加する、あるいは金融緩和が続くことを確約する一つの手段として捉えるべきなのでしょう。というわけで、クルーグマンの議論には何らの矛盾もないと結論付けることができるわけであります。

http://blog.goo.ne.jp/regular_2007/e/411978b0952ff5120d77f7438de38292
19:777 :

2011/10/23 (Sun) 20:56:11

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池田信夫の逝かれっぷり8



2011年6月1日水曜日




経済学者を名乗る池田信夫の学識を疑う



池田信夫氏も目を引くタイトルで記事を大衆に読ませたいのだと思うが、

「携帯電話は原発より危険だ」
http://news.livedoor.com/article/detail/5600883/

という記事が、経済学者というか社会科学者として問題の多い記事になっているので、指摘したい。

CNNの、WHOが携帯電話の利用が発がんリスクを引き起こしうるとしたという報道

http://edition.cnn.com/2011/HEALTH/05/31/who.cell.phones/index.html


と、放射線の被害で、原発災害の放射線被害への危惧を皮肉った内容だ。社会科学者としての良識を疑うような釣り記事で、悪い冗談としか思えない。

1. 英語の読解能力が疑わしい

「~かも知れない」という可能性を現す表現を、「~だ」と断定を現す表現に変えるのは、扇動目的の意図的なミスリーディングのように思えるが、あえて池田氏の英語の読解能力を疑う事にする。

CNNの記事
Radiation from cell phones can possibly cause cancer, according to the World Health Organization.

The team found enough evidence to categorize personal exposure as "possibly carcinogenic to humans."

池田信夫氏の記事

CNNの報道によれば、WHO(世界保健機関)は携帯電話を「発癌物質」に指定した。携帯ユーザーが脳や聴神経の腫瘍にかかるリスクがあることが判明したためだ。

CNNの記事
The European Environmental Agency has pushed for more studies, saying cell phones could be as big a public health risk as smoking, asbestos and leaded gasoline.

池田信夫氏の記事
喫煙やアスベストと同等というのは大きなリスクだ。

canやpossibly、could、は、そう大きな可能性を現すわけではない。

最初の部分は、ガンを起こしうる可能性があると書いてある。possibly carcinogenic to humansは定義された用語(Group 2B)で、「ガンを引き起こしうる幾つかの証拠があるが、現在は決定的とはとても言え無い」ことを意味する(Glossary: Standard IARC classification)。WHOは発がん物質に、携帯電話から出る電波を分類していない。

次の部分は、European Environmental Agencyが、携帯電話が喫煙などと同等のリスクを引き起こすかもと言いつつ、研究を推進してきたと書いてある。WHOがそう言っているわけではない。

なお、不幸なことに英語は学術分野の共通語なので、そこそこできないと学者としては許されない。





2. 追加調査の必要性を危険性の立証と誤解する

WHOの専門組織である国際がん研究機関(IARC)は、先週までは携帯電話に危険性は無いと言っていたので、もちろん驚きは大きい。

しかし、電磁波を鉛、ガソリンエンジンの排気、クロロホルムと同じカテゴリーと同じ分類にしたことが、危険性を表すわけでも無さそうだ。米セルラー通信工業会(CTIA)は、過去に漬け物やコーヒーも同じ分類にされていたことを指摘している。また、IARCの科学者らは、携帯電話の電磁波ががんを引き起こすかどうかについて、何らかの断言をするに足る長期的研究が行われていないとしている(cnet)。

IARCの科学者は危険性を「断言できない」と言っており、追加調査の必要性を訴えているだけだ。そして、FCCやFDAが、それに追随しているわけでもない。




3. 社会調査への理解が無い

社会科学者であれば、長期の健康調査の追跡は難しいので、まずは疑うところから入るのが普通だ。

特に携帯電話の電磁波に関しては、この現代社会で携帯電話を使っていない人間は、ちょっと異質なタイプな人間だと言う事が分かるはずだ。携帯電話と発ガンの可能性ではなく、一般人と異質な人の違いが、調査結果に現れている可能性もある。もちろん、サンプルの異質性をコントロールする事はできるが、残念ながら適切にコントロールされていない研究は多数ある。

今回はサーベイ調査で、新たな研究分析を行った上での結論で無い。ゆえに、適切な分析かを検証する事はできないし、疑ってかかる具体的な対象も無いのだが、信憑性も高くないと言う事になる。




4. 携帯電話の電波への調査が不足している

携帯電話は世代ごとに電波出力が低下している。電波で光るグッズを持っていた人は、残念ながら、もう若くは無い。PDA/GSM時代の10年間と、3G時代の10年間のリスクを同じに考えるのは、適切とは言えない。

そして電波は距離があると急激に減退する。基地局の出力は大きいが、鉄塔の先で普通は近づけない。しかし、池田氏はこのように言っている。

この記事には書かれていないが、基地局の発する電波はもっと強いので、かねてから健康被害が懸念されている。

ちなみに東京タワーのアナログ出力は、50,000Wぐらいはあるそうだ。携帯電話の基地局は、約0.5W~30Wだ。基地局の電波が危ないとするなら、まずはテレビの規制を主張する事をお勧めしたい。

もちろん、放射性物質の除染は必要になる可能性があるが、電波には除染も必要ない。



追記(2011/06/03 15:32):@_Nekojarashi_氏から、周波数を無視して電波の出力を比較は意味が無い、周波数を無視して出力だけ比較できるなら、電子レンジ(500~1000W)の中は、東京タワーより安全という、ごもっともな指摘があったので紹介。ただし、電子レンジは金属内をマイクロ波を反射させているので、アンテナとはちょっと構造が違う。



5. 携帯電話業界の取り組みへの理解が無い

池田氏は携帯電話業界の取り組みへの理解も無い。

命を守ることが絶対の「正義」だと主張する孫氏は、携帯電話の販売を中止してはどうだろうか。

孫正義氏の率いるソフトバンク・モバイル社は、2002年6月1日から電波の比吸収率(SAR値)の規制指針に従い、正確に言うと従来から規制範囲内である事を確認している。つまり、WHOやICNIRPの示したガイドラインに従っている(ソフトバンクモバイル株式会社)。

もちろん福島第一原発の放射能流出は、災害だからやむを得ないのだが、各種の安全基準を守っているわけではない。Twitter上で孫氏が『絶対の「正義」』を主張したことは無いが、現時点での携帯電話販売事業は、公的基準では人命を損なっているとは言えない。




6. 客観事実が不足していることを認識していない

なぜか原発と携帯電話の危険性を比較しているが、それには原発と携帯電話の利点と危険性をなるべく正確に議論する必要がある。

携帯電話の利便性は周知の通りだし、危険性に科学的なコンセンサスは無い。原発の生み出す電気は現代社会を支えているが、費用を抜かせば代替物があるように思える。そして、危険性も良く分かっていない。

原発災害発生確率は、わからない。統計調査は母集団が大きいときは有益な情報をもたらすが、福島第一原発と同程度以上の事故は、過去にチェルノブイリしかない。この時点で統計的手法で、危険性を測るのは不可能だ。工学的には、まだ今回の災害での事故調査委員会の報告は無い。

原発事故で流出する放射性物質が引き起こすかも知れない、放射性線の健康被害も同様だ。過去のデータから、概ねの危険性については分かっている部分もある。しかし、科学的に絶対のコンセンサンスがあるわけではないようだ。100ミリシーベルト以上でリスクが確認されているのと、100ミリシーベルト未満でリスクが無いのは違う問題だからだ。データが不足しているから安全基準を厳しくする。これは科学的根拠を欠く行動だが、なぜか国際機関も政府も、安全面を重視してそうしている。




7. 低レベル放射線以外の問題を認識していない

孫正義氏の反原発・再生可能エネルギー支持を揶揄しているようだが、それには放射線の問題だけを取り上げるのは適切では無い。携帯電話は電磁波だけが注意喚起されているが、原発は低レベル放射線だけが問題なわけではない。

警戒区域・避難区域が適切かは疑問があるが、15万人の人間が何ヶ月も避難しているは事実だ。携帯電話が起こした災害で、同様の現象を私は知らない。これも休業損害や慰謝料に、金額的には換算できるであろう。しかし経済学的には、お金で換算して補償すれば済むのかは、厚生基準による。そして、発生頻度がわからないので、原発の存在する事による確率的な損失も計算できない。



8. 経済学者を名乗る池田信夫の学識を疑う

経済学者を名乗る池田信夫の学識を、次の理由で疑う。つまり、(1)英語の読解能力が疑わしい、(2)追加調査の必要性を危険性の立証と誤解する、(3)社会調査への理解が無い、(4)携帯電話の電波への調査が不足している、(5)携帯電話業界の取り組みへの理解が無い、(6)客観事実が不足していることを認識していない、(7)低レベル放射線以外の問題を認識していない。

恐らく池田氏は、低レベル放射線の危険性を皮肉っただけで、問題のエントリーは氏の本心ではないと述べるとは思う。しかし、経済学者を名乗る以上、学識を疑われるような文章を書くのは避けるべきであろう。もちろん、これは私の「正義」にもとると言うのが理由だ。しかし、同意してくれる人は多数いると信じている。


http://www.anlyznews.com/2011/06/blog-post.html
20:777 :

2011/10/23 (Sun) 21:04:31

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電気代が人頭税? ─ 池田信夫と藤沢数希が経済学音痴を露呈する 2011年7月4日月曜日


人頭税は全ての国民1人につき一定額を課す税金の事だ。経済学者を自称する池田信夫氏と、人気ブロガーの藤沢数希氏が電気代が人頭税だと言っている。

税金では無いのは、電気が現代生活に不可欠と言う事で同等だと理解を示そう。しかし、電気代は重量課金だし、基本料金も契約に応じて変化し、家族構成とも関係ないので、定義上は人頭税とはとても言えない。そもそも電力消費における家庭の割合は約29%だ。そして実質的にも、電気代は人頭税とは言えない。



1. 金持ちは電気を多く消費する

貧乏人も金持ちも同じ額の電気代を払っているって? ─ そんなわけがない。

経済学の入門テキストには、電気は必需品だから需要の所得弾力性が低いと書いてある。確かに所得が倍になっても、電気を倍使うわけではないであろう。しかし、金持ちは光熱費のかかる広い家に住み、電力消費の多い電化製品を多く使っているはずだ。55V型の大型テレビは、22型の小型テレビの3倍の電力を消費する(SONY BRAVIAのカタログ)。金持ちは節電だって気にしないはず。



上のグラフは東京理科大・井上隆教授の第3回住宅エネルギーシンポジウムの資料「エネルギー消費と住まい方の実態」から転載した図だが、所得に応じて電力消費量が増加する事は分かる(関連:家計調査報告から作成した所得別電力料金)。所得2倍でも電力消費は1.3倍程度なので、電気は高級品ではないが正常財である事が分かる。所得弾性値が0(正確には所得効果と代替効果が0で価格効果が無い)なら、本当の経済学者たちが価格メカニズムによる需給ギャップ解消を提言したりしない。

追記(2011/07/04 22:00):厳密には世帯人数も考慮する必要があるが、平成19年就業構造基本調査によると、年収600万円以上になると世帯人数の大きな増加が見られないため、年収600万円以上は一人当たりの電力消費量が増加している。世帯人数を考慮しても、電力需要に所得弾力性は認められる。なお、世帯人数別電力消費量は1人ぐらしを1とすると、2人で1.5、3人で1.9、4人で2.1、5人で2.4程度になるようだ(上述配布資料内P.4図1.19)。電気に限らずだが、大家族の方が効率が高い。

追記(2011/07/06 02:30):家計調査報告(家計収支編)の2010年四半期データ1年分から、下の所得区分別一人当たり電気代データを作成した。所得が672万円(VIII層)までは世帯人数の増加による効率化で一人当たり電気代が下がり、それ以上のIX層、X層は所得効果により一人当たり電気代が上昇していると思われる。



2. 家庭部門の負担増加は消費の面からは大きくは無い

人頭税で無いにしろ、電気代値上げは貧乏人の方が負担感が強くなると言うのは間違いないが、どれぐらい値上げになるかが問題になる。池田信夫氏と藤沢数希氏が指摘している原発停止に追加燃料代の影響や再生可能エネルギーによる影響は、家計部門の消費においては大きくない。

原発を止めたままにすると、今年いっぱいで全国で3兆円以上の燃料費が余計にかかり、これは電気代に転嫁される。電気代は所得に関係なくかかる「人頭税」だから、貧しい人の負担が最大。反原発で騒いでいるプー…

上は池田氏のTweetだが、追加燃料代を多く見積もり過ぎ、電力業界が16兆円産業なのを認識していない。経済産業省所管の日本エネルギー経済研究所の試算では、標準家庭(所得500~750万円)の電気代は月1049円(15.3%)の増加だ(読売新聞)。企業の負担増から物価もあがるはずだが、日本のGDPは2009年度で519兆円あるので0.3%程度のインフレ圧力にしかならないであろう。

自然エネルギーというのは、電気代という人頭税を徴収し、

上は藤沢氏のブログの一部だ。再生可能エネルギー推進による電力料金の影響は、より少ないかも知れない。再生可能エネルギー大国であるドイツは17%が再生可能エネルギーではあるが、電気料金への影響は10%増程度だと考えられるからだ(Frondel, Ritter, Schmidt and Vance (2009)とEICネットの数値から推定)。

産業部門への影響から雇用減にでもなれば間接的に家計への影響が出てくるのだと思うが、それについては「人頭税」とは別問題なので今回は議論はしない。





3. 池田信夫氏と藤沢数希氏の学識を疑う

定義上も実質上も電力料金は人頭税ではない。経済学部で人頭税の定義と所得の需要弾力性を学んでおけば、誰が電力料金を払っているのか、所得に応じて電力消費量が変化するのかを確認し、こういう発言をしないはずだ。

経済評論家としては人目につく言葉を使いたいのは分かるが、余りに基本的な部分を疎かにすると経済学を学んだ事があるのかさえ疑われるだろう。今回に限らずブログ等での数々の学識が疑われる文面を見ていくと、池田信夫氏と藤沢数希氏を経済学音痴と言わざるを得ない。最後に彼らの問題文書を取り上げた本ブログのエントリーを紹介しておく。

•藤沢数希は裁定取引・価格操作・独占市場の意味を学ぶべき

•素人が価格の国際比較を行うとこうなる ─ 藤沢数希のケース ─

•石炭火力が原発の100倍の放射性物質を出す?

•孫正義氏のメガソーラー計画は農業利権者と結託する?

•スマートフォンと80年代のコンピュータ産業への良くありそうな誤解

•脱原発によって増える年間死亡者数は2.5人

•イタリアは天然ガスへの依存度が高いのにも関わらず、電力料金が高い

•理論経済学者の言葉尻に噛み付く池田信夫

•日本は資本主義が通用しない国?藤沢数希の勘違い

•経済学者を自称する池田信夫の破綻文章

•池田信夫の原発コストへの誤解

•経済学者を名乗る池田信夫の契約理論への理解を疑う

•周波数オークションでは、免許料は料金に転嫁されない?

•経済学者を名乗る池田信夫の学識を疑う

•経済問題に「正義」を持ち込むのは普通


以下は池田信夫氏と藤沢数希氏の特定の発言をピックアップしていないエントリーだが、これもリストしておく。


•石炭火力の大気汚染を語る前に知るべき7つのこと

•反原発は非合理的?そうとは言えない7つの理由

•電力自由化で原子力発電所は無くなる?

http://www.anlyznews.com/2011/07/blog-post_04.html
21:777 :

2011/10/23 (Sun) 22:11:20

host:*.bbtec.net



経済学だけではなく、数学も物理も英語も日本語も何一つきちんと理解できない池田信夫に評論は絶対に無理






経済学者を名乗る池田信夫の契約理論への理解を疑う 2011年6月4日土曜日


ミクロ経済学には契約理論と呼ばれる分類がある。これは、事前に決めた契約が、事後的に守られない状況において、どのような契約が最も効率的になるかを分析するものだ。

最も身近な例が賃金だ。従業員は業務に努力すると約束して入社するが、固定給にすると従業員が努力しない。そこで賞与を動員し、業績をあげた従業員に余分に給与を与える事で、従業員の努力水準を改善する。

平易に言えば、事後的に守らす強制力が無い契約を不完備契約と言う。依頼人(Princeple, 例では雇用主)と代理人(Agent, 例では従業員)の間の問題なので、経済学ではエージェンシー問題と呼ぶ事が多い。古典的な解だと均衡概念が曖昧なので、ゲーム理論が動員されており、そこでは交渉問題と呼ばれている。

さて、経済学者を名乗る池田信夫氏が、日本の政治について述べている(BLOGOS)。文意を掴むのが難しいが、池田氏の主張はこうであろう。
•従来の派閥は、トップが組織を作ったので、交渉問題が存在しない
•現在の派閥は、トップが組織を作っていないので、交渉問題が存在する
•首相公選制にし、トップに集中的な権力を持たせる事で、交渉問題を解決するべきだ

経済学的に問題を指摘しよう。なにがなんだかわからないよ。依頼人、代理人、そして契約の内容が明らかにされていない。誰かが誰かに仕事を頼まないと、エージェンシー問題は成立しない。日本の派閥は、誰が依頼人で、誰が代理人なのであろうか?

また、経済学者、特にミクロ金融に関わっている人々は、以下の一文に昏倒するかも知れない。

こういう場合は所有権(残余コントロール権)を資本家(株主=経営者)に集中する古典的な資本主義がうまく機能する、というのがハートなどの古典的な結論である。

ハート(Oliver Hart)について解説すると、金融理論を専門とする経済学者で、不完備契約に関しての業績を多数持つ。Firms, Contracts, and Financial Structure(Oxford University Press, 1995)というテキストを書いている。池田氏が参照しているのは、そのテキストの邦訳版だ。論文ではなく教科書だ。

また、クライアントとエージェントが同一(池田氏の文では株主と経営者が同一)であればエージェンシー問題が発生しないというのは、Jensen and Meckling (1976)という論文で指摘されていることで、上述のテキストにも紹介されているが、クライアントとエージェントを同一にできない大抵のケースは役立たない。

さらにエージェンシー問題の古典的な結論は、不完備契約を適切にデザインすることで、クライアントとエージェント間の利害不一致は、なるべく解消されていると言うのが古典的な結論となっている。冒頭のボーナス制度がその代表例で、顕示選好原理と言う名前で一般化されている。



池田氏は、日本の政治に関して誰がエージェントで、誰がクライアントで、どんな契約があるのかを明らかにしておらず、エージェンシー問題が発生している事を示せていない。さらに、ミクロ金融における古典的なエージェンシー問題を正しく理解しているのか疑念がある。これでは、池田信夫氏が本当に経済学を分かっているのか、疑いを持たざるを得ない。

専門知識の解説を行う専門家と一般人の関係は、エージェンシーとクライアントの関係と言える。専門家は一般人の代わりに調査・研究を行っているとも言えるからだ。対価は講演料や本の売上になるのだろう。しかし、一般人は専門家が本当に正しい事を言っているのかは分からない。情報の非対称性を悪用し、専門家がデタラメを言っていても、一般人は分からない。

http://www.anlyznews.com/2011/06/blog-post_04.html







理論経済学者の言葉尻に噛み付く池田信夫 2011年6月13日月曜日


理論経済学者の林貴志テキサス大学助教授が、原発の発電コスト+事故で発覚した外部不経済が、他の発電方式の発電コストを上回るのであれば、原発が無くなって電気料金があがるのも当然だと言う意図でTweetしたところ、自称経済学者の池田信夫氏がブログで問題を誤解していると批判している。

林氏のTweet(#1 #2)が意図を理解しづらい所もあるのだが、池田氏が批判は妥当性を欠くものとなっている。まず、長期・短期の話はしていないので長期の話になるであろうし、原発の存続に対する意見や予測は示されていない。ゆえに誤解も何も無い。

恐らく林氏は原発も、他の発電方法を分けて考える必要が無いと指摘したかったのだろうが、なぜか池田氏が原発廃止を支持する発言だと誤解したようだ。林氏も「人の言ってること(Aとしよう)を枕にして「仮にAだとして、・・・だ」と言うのは、自動的にAを肯定していると捉える人が多いようなので、やっぱり止したほうがいいようだ。」と辟易している。

一般的に言って、社会的選択論などをやっている理論経済学者の仕事は厳密なので、理論経済学者の経済学に関連した発言に突っ込むときは10回ぐらいは読み直した方が良いと思う。さらに言うと、これは偏見だが理論経済学者は実態経済に強い関心は無いので、時事的な関心の強い人は自分と問題意識が異なると認識しておいた方が良い。

別の著名な経済学者が「経済学的にみれば、原発も特別なものでないと言っているにすぎないのでないでしょうか。」と、やんわりと池田氏をたしなめていたが、経済学の素養がある人には池田氏のエントリーは「?」な内容になっていたと思う。



池田氏は林氏の発言を枕にエントリーを書きたかっただけだと思うが、誤解をしていない人を誤解していると批判するのは、傍から見ていても気持ちの良いものではない。
http://www.anlyznews.com/2011/06/blog-post_3566.html








池田信夫の原発コストへの誤解 2011年6月5日日曜日


経済学者を自称する池田信夫氏の原発コストへの言及で、幾つか根拠が怪しい点があるので指摘したい。

事故状況や損害規模が不確定な状況なので、今後の試算でも原発は最も廉価な発電方法であるとも限らないが、池田氏がコスト的に原発が火力に劣るという主張は根拠を欠くように思える。
1.『原子力は経済的だが、核燃料サイクルや安全対策を含めるとコストが高い』と主張しているが、原発が最も廉価になっている電気事業連合会の『モデル資産による各電源の発電コスト比較』では、どちらも含まれている。
2.大島堅一立命館大教授の分析から、原発のコストが火力発電より高いと主張しているが、大島教授の分析では、2000年代の補助金込みの原発コストは8.93円/kWh、火力発電は9.02円/kWhで、原子力+揚水のコストが10.11円/kWhになっている。現状では原発を最大稼動させても夜間電力需要さえ超える事がないし、原発も出力調整運転は可能なようには出来ているので、原子力+揚水のコストは、原発コストとは言えない。ゆえに、池田氏の認識もおかしい事になる。
3.火力発電所の燃料価格について言及がない事も、奇妙に思える。90年代のように化石燃料価格が廉価であれば火力発電所のコストは圧倒的に良い。しかし、原油や石炭は急激に価格が上昇しているし、LNGは乱高下する傾向あるものの、それでも10年単位で見れば上昇傾向にある。
4.以下のエントリーの追記部分で福島第一原発の事故による、原発コストへの影響を考察しているが、経済学的にはおかしい。
追記:大島氏の試算には、事故の補償費用が含まれていない。福島第一のように数兆円の損害賠償が発生するとコストは跳ね上がるが、これも確率で割り引いて保険でカバーすれば大したことはない。原子力損害賠償法を改正すればよい。
政府が払おうが、保険会社が払おうが、コストはコストで計算しないといけない。また、事故の賠償金額や補修費用は、事故発生確率で期待値にする必要性は認識しているようだが、賠償金額や補修費用、事故発生確率を仮定しないと高いも安いも言及できないことを忘れている。

(1)と(2)に関しては、池田氏が参考資料を読み込んでいるのか疑問を感じざるを得ない。



池田氏は原発推進派なので、現在コスト以外の原発のメリットを強調したかったのかも知れないが、以上の4点で主張の根拠がおかしいものとなっている。経済学に限らず、社会科学分野では思考の過程が重要なのであるから、経済学者を名乗る以上は、もっと根拠に留意して議論を進める必要があるであろう。

http://www.anlyznews.com/2011/06/blog-post_05.html







脱原発によって増える年間死亡者数は2.5人 2011年6月16日木曜日


経済学者を自称する池田信夫氏が「脱原発は生命を奪う」と、原発が無い場合の年間の死亡者の増加数について分析している。原発が無ければ、それを代替する技術が生じる費用を冷静に分析しようという文脈は理解できるのだが、列挙された数字の根拠は疑問が大きい。



脱原発を経済的に達成するには、LNG火力、つまり天然ガスへの依存度が高めるしかないのは同意できる。少なくとも短期的には、再生可能エネルギーは高コストだ。

天然ガスは採掘事故は石油・石炭ほどではないし、主成分がメタンガスなので大気汚染も大きくは無い。しかし、池田氏は石炭火力を前提として死亡者増加数を計算しており、また根拠となる資料を十分に提示していない。つまり、池田氏がでたらめな数字を列挙している事が分かる。

1. 採掘による死亡者数増は2.5人/年

天然ガスに関連した死亡者は、池田信夫氏も参照するOECDのレポートのP.35のTable 2に、1969年~2000年で世界で2,043人(年間平均で66人)の死亡者が出ている事が記載されている。

IEAの統計だと、日本では2008年に原発で258128GWhの電力供給を行っている。約29.5GWeyと換算できるので、OECDのレポートのGWeyあたりの死亡者数0.085をかけると、2.5人/年の死亡者となる。

推測が入るが、2000年以降の技術革新によって、天然ガス関連の安全度も増しているであろうから、2.5人/年未満の死亡者数であろう。

2. 大気汚染による死亡者数増は0人/年

大気汚染と健康被害の話は、LNG火力とはあまり関係ない。天然ガスは、大気汚染の原因になる硫黄分をほとんど含まない。大半がメタンガスなので、燃やしても水と二酸化炭素しか出ない。クリーンだと考えられていし、火力発電所には浄化装置もある。

化石燃料の消費で健康が損なわれているのは、常識的な話だ。そこには、自動車や船舶の動力も含まれるし、石油・石炭火力発電所の大気汚染も含まれている。しかし、LNG火力発電所が大気汚染を引き起こし、健康被害で死亡者を増やしている証拠は無いはずだ。

追記(2011/07/05 03:00):天然ガスは硫黄酸化物や粒子状物質をほとんど出さないが、窒素酸化物は石炭の3割弱、二酸化炭素は6割弱ほど排出する。ただし、窒素酸化物も浄化装置で排出量は抑制され、また煙突で広範囲に拡散されるので大きな問題にはならない。

3. 石油・石炭の火力発電所もまだあるのでは?

LNG、石油、石炭で発電量の大雑把な比率は、40%、20%、40%で実は旧態依然とした施設もまだある。ただし、LNG火力が最も費用的に安いので、今後はLNG火力しか建設されないと思っていて良いであろう。原子力を火力で代替する場合は、それは全てLNG火力発電所で代替されるはずだ。

菅政権なら石炭火力発電を推進するかも知れない。そんな声に応えて試算だけしておこう。

LNG、石油、石炭を現在の比率のまま原子力を代替すると、約3.63人/年の採掘死亡者数となる。全て石炭火力で補うと約4.62人/年。炭鉱労働者の事故死が問題となっている中国は石炭輸入国なので、日本の火力発電所事情と関係が無い点には留意して欲しい。

大気汚染は、EPIによれば、米国で23,600人が石炭火力発電の排気ガスが原因で病死しているそうだ。IEAによると、米国石炭火力発電量は2,132,596GWh(2008年)だ。米国の大気汚染死亡者数は約0.011人/GWhとなる。以下のOECDのグラフによると、日米の火力発電を比較すると、日本の火力発電のNOx、SOx排出量は一桁少ない一方で、IEAによると米国の石炭火力の比率は日本の倍だ。これらを考慮し、かなり強い仮定だが、0.0022人/GWhを大気汚染死亡者数と見なそう。



原発を石炭火力で代替する事で予想される、大気汚染死亡者数は568人だ。もちろん、この推定は信頼性が低い。データの取得年数に幅が広く、大気汚染と病死数を一次線形関係に見ているからだ。一定レベル以下の汚染では死亡者数の増加に寄与しないであろう。最近の除染施設はもっと高性能であろうから、過大に見積もっている可能性はある。しかし、これでも池田信夫氏の推定よりはずっとマシだ。

原発を廃止し、その代わりを全てLNG火力で賄うと、年間死亡者数は約2.5人増加する。全て石炭火力で賄うと、約572.5人増加する。今後はLNG火力が中心になるので、長期的には年間死亡者数は約2.5人の増加となる。

4. 池田信夫氏は根拠に基づく推定をしていない

池田信夫氏の記事では、「日本がすべての原発を止めて石炭火力の運転を1割増やすとすると、」とあるが、石炭火力を仮定しているのが不適切だ。また、日本の石炭火力は発電量の3割弱を占めるだけなので、倍、つまり10割増しにしないと原子力を代替できない。

「採掘事故と大気汚染で1500人以上が死亡すると推定」ともある。1割増すと1500人なら、10割増しで1万5000人となる。しかし、全てを石炭火力で補っても約4.62人/年しか採掘事故でしか死亡しないし、大気汚染で1万4995人病死者がでるか根拠があげられていないため、これも不適切だ。上述の推定では、568人しかならない。

大気汚染(粒子状物質)の死亡者数は米国で64,000人と言う引用はある。その中の何割が石炭火力に依存するものであるかが分からない。最近も船舶理由の大気汚染で米国だけで6万人の病死があるという報道があった。さらに、日米の石炭火力の大気汚染の程度の差も効力していない。加えて言うと、WHOの文字に張られたリンク先はWHOのレポートではないし、そこには火力発電所と大気汚染に関係は示されていない。

一見、数字を列挙されると、そこには強い根拠があるように思えるが、採掘死亡者数に関しては参考文献にある数字で計算を行った形跡もないし、大気汚染死亡者数に関しては引用先に計算可能な情報が無かった。池田信夫氏には、推定と妄想の区分けがついていないのであろうか?

原発停止が行われれば、採掘事故の死亡者数が若干増え、大気汚染の悪化による病死者も増えるのであろう。しかし、LNG火力に集約されれば、採掘と大気汚染による年間の死亡者数は約2.5人/年で落ち着くことになる。



5. 脱原発で発生する問題

脱原発で発生する問題は、化石燃料への依存度が上がる事、電力価格が上昇すること、化石燃料の将来の枯渇だ。三番目は実感が沸かないかも知れないが、エネルギー需要が新興国で急激に高まっており、近年の外交上、最も重要な課題の一つになっている。

脱原発で年間死亡者数が増加するという視点は面白いのではあるが、2.5人/年では誤差だと思う人が多いであろうし、原発労働者の健康被害については調査が続いている段階ではあるので、将来にこれを相殺するようなデータが出されるかも知れない。論点としては、重要だとは言えない。

原発の必要性を主張するならば、もっと切実なトピックを選ぶべきだ。土壌汚染が約600平方Kmも存在し、多数の人間が非難生活を強いられている状況で、このような瑣末的な原発のメリットを取り上げるのは理解に苦しむ。

http://www.anlyznews.com/2011/06/25.html





石炭火力が原発の100倍の放射性物質を出す? 2011年6月27日月曜日


経済学者を自称する池田信夫氏のTweetが流れて来た。「いまだにこういうのが来るが、君は石炭火力が原発の100倍の放射性物質を出すことを知っているか。 RT @cake_tea: 経済優先か人命優先かのスタンスの違いと思える。」だそうだ。

なぜ「経済優先か人命優先かのスタンスの違い」と言われて、池田信夫氏が発電源別の放出放射性物質の量の話を始めたのかが分からないが、石炭火力が原発の100倍の放射性物質を出すと言う氏の主張を検証してみる。

石炭火力発電所は放射性物質を放出している。石炭灰にはウランが0.095~0.097Bq/g、トリウムが0.072~0.091Bq/g含まれているそうだ。原子量が分からないが、半減期はとても長いと考えられる。それから発生する放射線量は年間換算で0.12~0.13ミリシーベルトになるそうだ(電気事業連合会)。

碧南火力発電所(5基・410万kW)では、年間に1000万トンの石炭を消費し、100万トンの石炭灰が発生している(中部電力)。つまり、年間でウランが950~970億Bq、トリウムが720億~910億Bq放出されている事になる。

桁が大きいので膨大な量に思えるが放射線量は大きくないし、コンクリートなどで再利用されるときは拡散するので安全性に問題は無いそうだ。福島第一原発で大気中に流出した放射性物質は77万テラベクレルと言われるが、碧南火力発電所から出る放射性物質は0.19テラベクレル弱でしかない。甚大事故発生時の放出放射性物質の量は、圧倒的に原発の方が多い。

平常運転の原子力発電所から外部に放出される放射性物質はほぼゼロだ。110万kW1基がある東通原発で、気体は検出限界未満であり、液体は三重水素が2008年と2009年の平均で0.16テラベクレル外部に放出されているが、β線しか出さない安全な核種だ。ただし固体廃棄物は、近年は200Lドラム缶で年間2000本以上が発生している(東北電力)。これは石炭灰とは異なり管理を要する。健康や人命とは直接は関係ないが、放射性物質が問題になるのは原発なのは間違いない。



特定の発電所の特定の時期の比較に過ぎないが、このように平常運転の石炭火力と原発を比較すると、出力あたりで原発は火力の3倍の放射性物質を外部に放出しているので、石炭火力が原発の100倍には根拠がないように思える。ガンマ線を出す核種に限定すれば、今度は逆に原発の放出量が0になるので、石炭火力の排出放射性物質は100倍どころでは済まない。池田氏は何かの文献を見たのだと思うが、常識的な情報とは言えない。出所を明記すべきであろう。

平常運転では石炭火力も原発も、外部放出される放射性物質は問題ではない。どちらも安全と見なせるモノを比較しても始まらない。トリビア的に面白いが、大抵の反原発の人々は福島第一原発と同等の事故が今後も発生しうる事を心配しているわけで、石炭火力が出す放射性物質は意味が無い情報となっている。

追記(2011/06/27 22:03):池田信夫氏が言及したわけではないが、「100倍の放射性物質を出す」のソースはGuardian誌も引用したScientific Americanの記事のようだ。なお、当初は「100倍の放射性廃棄物を出す」と書かれていたが、「周辺環境に100倍の放射線をもたらす」と訂正されている。池田氏のTweetでは訂正前のニュアンスになっており、あまり適切な表現では無い。

http://www.anlyznews.com/2011/06/100.html









イタリアは天然ガスへの依存度が高いのにも関わらず、電力料金が高い 2011年6月14日火曜日


イタリアの国民投票で同国での原発再開が否定された。イタリアは火力発電所に依存しており、ユーロ圏内で最も電力価格が高い国で、ドイツよりも電力価格が高いのだが、イタリア国民は脱原発の維持を選択した。

原子力大国フランスの家庭用電力は$0.169/kWh、産業用が$0.060/kWhである。再生可能エネルギーに熱心なドイツが、$0.263/kWh、$0.109/kWh。イタリアは$0.305/kWh、$0.290/kWhである(原発は最も廉価な発電方法)。

このイタリアと言う国は、EU内でも最も電力料金が高い。かと言って再生可能エネルギーの比重が高いわけでもない。火力発電所と輸入が多く、高い電力料金につながっているようだ。IEAの2008年の統計によると、総需要に対し、石炭火力が13.5%、石油火力が8.8%、LNG火力が48.1%、純輸入が11.1%となっている。水力発電が13.1%と多いのだが、環境破壊や立地条件を除けば、廉価な発電方法である。原子力は、もちろん0%だ。

そう、イタリアは天然ガスへの依存度が高いのにも関わらず、電力料金が高い。経済学者を自称する池田信夫氏が、イタリアの国民投票を批判した上で、LNG火力へのシフトを提唱しているが、現在のイタリアはLNG火力への依存度が高いため池田氏の批判は矛盾を起こしている。

矛盾した批判の原因は、LNG価格が乱高下していることを認識していないことだ。LNGは長期契約で価格が安定しているとされるが、原油価格と連動する部分もある。イタリアの電気代が高いとされる根拠となる2008年はLNG価格が高かった。今は随分と安くなり、LNG火力と原子力は発電単価が均衡している。



追記(2011/06/14 17:42):日本のLNG輸入価格は、米国ほどピーク時より値下がりしていない。2011年1月でピーク比71%、2011年5月で86%で、2004年の41%の水準よりは2倍近く高くなっている(JOGMEC, 天然ガス価格の推移)。

問題は、今後のLNG価格だ。シェール・ガスの採掘技術に革新があったため、天然ガスの賦存量が飛躍的に高まった事は広く報道されているが、原油や石炭から天然ガスに需要がシフトしたときに、十分に需要に応えるだけの供給があるかは分からない。非在来型を含む天然ガスの可採年数は190年とも言われるが、それは過去の天然ガス需要を元にした年数に過ぎない。



日本が直面している問題は、新興国の経済成長だ。新興国では、今まで天然ガスの消費は多くは無かった。カロリー・ベースでは天然ガスが廉価であるため、新興国では今後、石炭や石油だけではなく、LNGへの需要が高まると考えられる。中国とインドを足しただけで25億人がいるのだが、彼らのエネルギー需要をシェール・ガスを含む非在来型天然ガスだけで賄えるのであろうか。



結局、化石燃料は枯渇するので、高速増殖炉を含めた原子力開発は進めなければならない。太陽熱発電、洋上浮体風力発電、マグマ発電等が実用化されれば状況は一変するが、LNG火力発電に頼ると言う事は、将来的には高コストなエネルギーに依存する可能性が高いと言う事だ。イタリアは、電力を輸入できるのだから、それでも問題ないであろう。日本は島国なので、電力は自給する必要がある。再生可能エネルギーに技術革新があれば良いのだが、原子力を避けて通る道は今の所はない。

http://www.anlyznews.com/2011/06/blog-post_14.html











周波数オークションでは、免許料は料金に転嫁されない? 2011年6月3日金曜日


導入されそうもない周波数オークションについて検索をしているときに、やや経済学的に問題のある記事を見かけたので、指摘しておきたい。

周波数オークションとは、周波数帯域の利用免許を競売で企業に割り当てる方法で、近年、諸外国で一般化してきている。必要な企業が頑張って落札するだろうから、電波利用の経済効率性が増すと考えられており、また役所の理解を得られずらい新技術の参入が容易になり、周波数割当の公平性が増すと考えられている。

さて問題がありそうなのは、池田信夫氏のブログ記事とウェブページの「オークションで払う免許料は価格転嫁されない」という主張だ。

1. オークションで払う免許料は価格転嫁されない?

ミクロ経済学の教科書で、埋没費用(Sunk Cost)は生産物の価格に反映されないと書いてある。だから以下の池田信夫氏の作ったFAQの以下の部分は一見は正しい用に見えるのだが、良く考えると正しくない。

オークションで払う免許料は、落札後1週間以内に現金で全額払い込むサンクコストなので、サービス料金に転嫁することはできない。

二つの理由で、免許料は埋没費用だけになるとは言い切れない。まず、定期的に再免許を取得する場合、期限があるので限界費用になる。また、免許更新が不要でも、企業は株式か借入で資金調達をしてくるので、(長期の意味で)限界費用も発生する。例えば金利5%で借入し、1兆円の落札費用を払えば、毎年500億円の経費増になり限界費用に加わる。つまり、オークションで払う免許料は、何らかの形で価格転嫁される。

オークションで払う免許料が限界費用と全く関係ないのであれば、「100兆円で落札しても、ケータイ料金は同じで済むんや!(`・ω・´)キリッ」と言う事になるが、それは無い。教科書の前提と、実際の世界の違いが分かっていない典型例。

2. 携帯電話市場は寡占的なので、業者は談合してサンクコストを転嫁するかもしれない?

池田氏はサンクコストが価格に与える影響についても、以下のような不適切な記述をしている。

市場が競争的であれば、サンクコストを転嫁することはできないが、現実には携帯電話市場は寡占的なので、業者は談合して転嫁するかもしれない。

一般的なミクロ経済学の教科書では、独占・寡占企業も限界収入と限界費用が一致する価格設定を行う。つまり、あまり値段を下げずに利益を確保するわけだが、ここでは固定費用は考慮されない。

直感的には、談合して免許料を価格転嫁することができるのであれば、最初から高い価格にしておくのが独占・寡占企業という事になる。

つまり、固定費用なのか、限界費用なのかが、価格に転嫁されるかのポイントになる。限界収入と限界費用が競合会社が問題になり、サンクコストは価格に影響を及ぼさない。

3. サンクコストが大きいと寡占化しやすいよね?

池田氏は言及していないが、サンクコストが大きいと新規参入者が少なくなると言われており、既存企業の利潤が大きくなりがちだ。この意味でも周波数オークションが、理論的に価格を引き上げる可能性はあるが、参入者が増えるか減るかは市場の条件によるであろう。

ただし、もともと通信業界は既存方式のサービスに新規事業者が参入してくるようには思えないので、考慮すべき点なのかは良くわからない。言及する必要性は特に無いように感じられる。

4. 携帯電話会社は損をする?

需要の価格弾力性に依存するが、価格があがれば収入が減るであろうから、周波数オークションで損をする。もちろんスマートフォンが喫煙よりも中毒性があるという指摘は、ここではあえて無視する。



5. 引用している文献の想定通り?

池田氏の論文にはPaul Klemperer(2004)が引用されており、そこでは電波利権がサンクコストになる事が書かれていたのだと思うが、再免許の取得や、資本コストの問題を整理しないと、同文献のモデルには当てはまらないのでは無いであろうか。

なお、池田氏が永続的に免許が与えられると想定しているのであれば、金利費用しか転嫁しなくていいので、1兆円で落札しても1兆円分が価格転嫁されるわけではない。落札金額がそのまま価格転嫁されないと書けば、良かったと思う。ゆえに、間違いではなくて、問題があると評した。

6. 通信料金は結局、上がるの?

実際の世界では、技術革新による通信機器の価格低下の効果が大きく、周波数割当の透明性が増す事による競争促進の効果があるので、影響が出るかはわからない。

2000年の英国の周波数オークションのように数兆円規模の金額になれば、何らかの影響が出るだろう。英国や米国ではパケット料金定額サービスがなくなっていたりするので、費用分析を詳細に行えば影響が観測できる可能性もある。

ただし近年の落札価格の事例は、もっと少ない金額になっているし、利用周波数帯は通信機器と違い減価償却不要な資産なので、同じ投資金額でも企業負担はもっと少ない。むしろ政策的には、大手キャリアが『談合』で、入札価格を制限する可能性も考慮する必要があるかも知れない。

http://www.anlyznews.com/2011/06/blog-post_03.html





スマートフォンと80年代のコンピュータ産業への良くありそうな誤解 2011年6月19日日曜日


経済学者を自称する、メディア・政策が御専門の池田信夫氏がブログのエントリーで、「スマートフォン市場」と「80年代のコンピュータ産業」への良くある誤解を披露しているので、間違いを指摘したい。「人のふり見て我がふり直せ」と言う事で、同じような誤解をしている人は、知識の訂正を行うチャンスだ。

1. 池田信夫氏のスマートフォン市場への誤解

まず、シェアの推移に誤解がある。市場シェアに言及しているが、以下の記述は恐らく誤りだ。

かつては「スマートフォン」といえば、Blackberryのことだった。ところがここ1年でアップル(iOS)に抜かれ、さらにグーグル(Android)に抜かれて4位に転落

BlackBerryはiOSの前に、Androidにシェアを抜かれていると考えるのが普通だ。

Canalys社の2010年第2四半期では、既にAndroidのシェアが17%と、iOSの13%よりも多くなっている(Asymcoから転載の下図参照)。



Canalys社の2010年第3四半期の世界シェアのデータは公表されていないようなのだが、iOSのシェアが17%で、RIMが15%になっているようだ(eWeek.com)。

Canalys社の調査では、2010年第2四半期でAndroidはiOSを抜かしているので、少なくとも2010年第3四半期でGoogle AndroidとApple iOSが同時にRIM BlackBerryを抜かしたと考えるのが適切だと思われる。

米国市場の調査になるが、他の調査でもBlackBerryが首位から転落する前に、AndroidがiOSを逆転している(関連記事:米スマートフォン契約者シェア調査における調査会社による数字の違い)。

2. 池田信夫氏のスマートフォン分類への誤解

Symbian OSについて、池田信夫氏は良く理解していないようだ。調査や論者によって、スマートフォンの定義は一致しない。特にSymbian OSは、ガラパゴス携帯電話と同等程度の機能であるため、スマートフォンと考えて議論する事は少ない。池田氏も「「スマートフォン」といえば、Blackberryのことだった」と冒頭でSymbianの事を無視している。

Symbianを捨ててWindows Phoneを採用するという決定も市場からブーイングを受けた。

Symbian OSは、日本のガラパゴス携帯電話のような高機能端末を作れるOSで、ケータイ・アプリが動いてEメールの送受信ができる事から、搭載端末はスマートフォンに分類される。しかし、Apple iOS(iPhone)やAndroidと同じ世代には考えられておらず、分類上の問題に近い。ゆえに「Symbianを捨ててWindows Phoneを採用」と考えている人は少ないはずだ。NECカシオや東芝も、Android端末やWindows Mobile端末を売りつつ、ガラパゴス携帯電話も販売しているが、携帯電話会社が従来型携帯電話を捨てたと批判する人は聞いたことがない。

「市場からブーイング」も根拠不明だ。NokiaがIntelと共同開発をしていたMeeGoを捨てたときは、Intelから強い批判があった。MeeGoはLinuxベースのスマートフォン用のOSで、オープンソースのアプリケーション・フレームワークQtで開発が可能であり、そちらでの失望もあった(関連記事:始まる前に終わったMeeGo、モバイルへの進出が停止したQt)。Qtでスマートフォンアプリの開発をしかったのだが残念だ(関連記事:巡回セールスマン問題で、Qtの使い勝手を体感してみた)。しかし、Symbian OSのアクセンチュア移管で批判があったのかは知らない。Symbian OSのフェードアウトは予想されていた事で、大きな波乱は無いからだ。

ハードウェアでみると、AndroidのトップメーカーはHTCとサムスンで、この2社でシェアの半分を占める。

これは間違いではないが・・・モトローラ社(´;ω;`)ブワッ

3. 池田信夫氏の80年代のコンピュータ産業への誤解

問題のある一節はここの部分。

RIMは、さしずめCP/Mというところだろうか。8ビット時代はほぼ唯一のOSで、16ビットでもデファクト標準だったが、IBM-PCにMS-DOS(実はCP/Mのコピー)が搭載されたため、急速に勢いを失った。

二箇所、間違いがある。
1.MS-DOSはQDOSを元に作られた。CP/Mを模倣したAPIもあるが、ファイル・システムを含めて互換性がない。ゆえにMS-DOSはCP/Mのコピーでは無いし、クローンでも無い。
2.CP/M-86がデファクト・スタンダードであったことはない。IBM製PCには、OEM版のPC-DOSが最初から用意されていた。MS-DOSの発売は1981年になる。CP/M-86の発売は1982年だ。また、CP/MとCP/M-86はバイナリ互換性がない。

プログラマでもないと気にならない点かも知れないが、技術論を考える上では、多少は細部に踏み込む必要性があるだろう。経済学者であれば、文献調査を良く行うか、細部への言及を避けて、間違いを回避する所だ。



4. 誤解を避けるために検索しよう

事実関係を確認しつつ記述すればこういう間違いは犯さないはずなのだが、池田信夫氏は思いつきで書いているのか事実関係に疑義がある記述が多い。

80年代のコンピューター産業、正確にはPC産業の状況は、テレビ番組などで紹介されて来ている。スマートフォン・ブームに関しても、頻繁に報道がされて来ている。しかし、簡略化された情報が断片的に伝わるので、何かを議論するときは思い込みや誤解がないかは確認するべきだ。例えば「シェア」と書いてあると、何か分かった気になる。しかし、販売数量のシェアなのか、利用者数のシェアなのか、トラヒックのシェアなのかで随分と状況は異なる。

知識が曖昧になっている事は誰にでもあると思う。大抵の事は検索すれば出てくるので、そういう時は誤解を避けるために検索しよう。曖昧な点を曖昧にしたまま論述を行うと、必ず最期に綻びが出てくる。断定しないで曖昧な表現を使うのも手段だが、検索すれば出てくる事は、検索をして確認する事をお勧めしたい。

http://www.anlyznews.com/2011/06/80.html







孫正義氏のメガソーラー計画は農業利権者と結託する? 2011年6月27日月曜日



孫正義氏率いる「自然エネルギー協議会」のメガソーラー計画「電田プロジェクト」に、経済学者を自称する池田信夫氏が「農業利権を食い物にするソフトバンク」で難癖をつけている。無理のあるプロジェクトだが、池田氏の難癖の付け方が経済学的では無いので、注釈を入れておきたい。

耕作放棄地(写真, flickrより転載)に対する事実認識に問題があるようだ。

1. 耕作放棄地を無償で使える?

「SBにとっては耕作放棄地を無償で使うことによって用地買収が必要なくなり」と当然のように書いてあるのだが、経済学的には当然ではない。そもそもタダで貸すとは誰も言っていない。

地権者がソフトバンクに幾らで貸すかが問題になる。転作・休耕ではなく耕作放棄になっているので、現在の土地からの収益はゼロと見なせる。ソフトバンクが独占事業者であれば、タダ同然の金額で借りることができる。

ソフトバンクは独占事業者になれるのか。それが良く分からない。固定買取制度で確実に利益が出るのであれば、同社以外の参入者が予想される。農家も商売なので、可能な限り地代を取ろうとするはずだ。土地が膨大に余っているので借り手市場かも知れないが、その場合は自由市場で土地代がタダに近いのであるから、何も問題がない。

2. メガソーラーを建てる耕作放棄地はそうはない?

「耕作放棄地が山間部などに点在し、太陽光発電に適した広い土地がほとんどない」と当然のように書いてあるのだが、参加制約は満たしている可能性はある。農地であったので日照条件は最低限は満たしているであろうし、太陽光発電所は小規模な単位から始められるからだ。

「東京湾にメガソーラー発電所ができる~川崎市臨海部に8月誕生「浮島太陽光発電所」を見た 」から引用しよう。

パネル1つの出力は198Wで、電圧は25V、電流は約8A。サイズは1,318×1,004mm(縦×横)という仕様

1.3m×1mぐらいが最小必要農地サイズのようだ。面積にすれば0.013aにしか過ぎない。農林水産省によると、平成22年の農家一戸あたりの平均農地は159aだそうだ。耕作放棄地の統計には、5a以上保有している土地持ち非農家か、10a以上保有している農家の耕作放棄地が集計されている。

一般家庭からすれば小さく無いが、パネル自体はそう大きな設備でもない。パワコンや変圧器、送電設備の規模が小さくなるし、僻地で保守作業が難しくなるので効率性は悪いであろう。しかし、発電はできるので買取価格によっては利用できるはずだ。

例え効率性が低く事業者がメガ・ソーラーを始められないとしても、それは事業者の問題であって法的・倫理的な問題があるようには思えない。

3. 農家は何もしないで減反補助金をもらえる?

「農家にとっては、何も仕事をしないで減反補助金がもらえる現状が最高」と当然のように書いてあるのだが、実態とは状況が異なる。

現状の制度では転作が奨励されている。休耕田で補助金をもらうには、費用がかかる農作業をする必要がある(減反の風景)。さらに大半の耕作放棄地は原野化しており、補助金の対象ではない。

耕作放棄地は、農業従事者の不在が主たるその理由だそうで(耕作放棄地の現状)、「利権」とは程遠い存在だ。むしろ調整水田や転作田には大量に補助金が投入されているのだが、こちらはメガソーラーに転用する事はできない。

4. 耕作放棄地は利用されることが望ましい

補助金等無しで損益分岐点を超えていればではあるが、利用されていない資源は利用されるほうが望ましい。もし「再生可能エネルギー促進法」無しでも「電田プロジェクト」が成立するのであれば、資源の有効活用と言う面で素晴らしい。

農業政策が不適当だから耕作放棄地があると言う指摘は恐らく正しいが、電田プロジェクトの社会的意義には関係ない。電田プロジェクトがあろうが無かろうが、農業政策はあるからだ。電田プロジェクトのために、休耕田や耕作放棄地を維持・作成しだしたら問題だが、休耕田や耕作放棄地があるから電田プロジェクトを考えたのは間違いない。



5. 問題は再生可能エネルギー促進法

池田氏は「農業利権を温存する」とあるので、耕作放棄地にメガ・ソーラーを作れば、農地の有効利用になるので現状の農業政策が維持されると主張しているようだ。しかし、耕作放棄地は補助金等とは関係の無い領域にあるように思えるし、有効利用するのは悪い話ではない。

農業政策に問題が無いとは思わないが、やはり問題は再生可能エネルギー促進法にあるように思える。固定買取価格が40円/kWhでなく、例えば8円/kWhであれば、耕作放棄地の利用は望ましいだろう。農地登録のまま耕作放棄地をメガソーラーにしておいて良いのかは議論があるであろうが、相続税の猶予措置以上の利権があるのかは不明だ。

電田プロジェクトの遊休資産を活かそうという方針自体は悪くないように思える。ただし、それが社会的余剰を増加するのはメガ・ソーラーのコストが十分に安いことが条件になるので、今のコストでは有益ではない。

http://www.anlyznews.com/2011/06/blog-post_27.html








経済問題に「正義」を持ち込むのは普通 2011年5月30日月曜日


池田信夫氏の「エネルギーは経済問題。「正義」を持ち込むのは間違いのもとである。」というTwitter上の発言に、孫正義氏が「正義を疎かにする経済ほど愚かなものはない」と反論し、池田信夫氏が資本主義は不道徳なものだと再反論している。しかし、経済学的に経済問題を議論する場合、明らかに「正義」を考慮しているので、明確に池田信夫氏の発言を否定しておきたい。

1. 経済学者は正義(=厚生基準)を仮定し、経済問題を考える

上述のようなメッセージがインターネットに流れると、池田信夫氏(学位は政策・メディア)が経済学者を名乗っているので、経済学には「正義」が無いように思われそうだ。しかし、何らかの判断基準を置かない限りは、どちらの制度・政策が望ましいか判断できない。厚生比較の判断基準がある以上、経済学には正義がある。

この判断基準は、便宜上、社会的余剰が最大と言って生産や消費が多いほど良いとする事が多い(古典的功利主義)。これは人間の物欲は無限で、消費に応じて幸福度が上昇するという仮定だと考えて良いであろう。しかし、必要に応じて安全性や、持続性、そして道徳観も判断基準に加わる。

もちろん、絶対的な判断基準は無い。複数の人間がいると、利害関係や価値基準に差が出るためだ。数百年も研究されているが、未だに結論は出ていない。厚生経済学というカテゴリーがあって、専門的に研究している人々がいる。この分野でノーベル経済学賞の受賞者は多数出ているので、経済学の古典だ。

2. 「正義」の定義は人によって異なる

問題は「正義」の定義だ。電力の生産コストは低い方がいいし、24時間好きなときに使える利便性がある方がいいし、事故で健康に害があるのも困るし、地球温暖化ガスが排出されるのも困るし、資源が枯渇しても困る。一つ一つは分かりやすい基準だが、全体の整合性をどう取るのかが問題になる。

全部の検討課題が改善される方法があれば、それを採用すればいい。パレート改善と言う。残念ながら、大抵の社会的選択肢は全て一長一短で、明らかに優位性があるものがない。発電方法に関しても同様だ。ゆえに孫正義氏のように安全性や地球環境問題を重視するような発電方式を好む人もいるし、池田信夫氏のように生産コストや利便性を重視する人もいる。

価値観をまとめる適切な方法は無いので、「正義」を根拠に議論しだすと、決着は永久につかない。平たく言うと、池田信夫氏と孫正義氏は永久に分かり合えない。

3.「正義」が共有できなくても、判断材料は共有できる

分かり合えない同士でも、社会的選択肢が何か、その選択肢がどういうものかは共有できるはずだ。

原発が危険だと分かっていると主張する人、再生可能エネルギーは採算が取れないと主張している人は、福島第一原発の災害に関連した賠償金額が幾らになるか、福島第一の災害の毎年の発生確率が幾らになるのか、現在問題になっている低レベル放射線がどの程度危険なのか、現在から未来にかけての火力、原子力、太陽光などの発電方式のコストが幾らになるのか調べてみよう。

正確な数字など、誰にも分からない。条件付の数字になる。しかし、数字が出てこないと、正義に照らし合わせて判断する事もできない。ゆえに、数字を考える事には意義がある。このブログでも、東海地震の発生確率や、原発の費用や原発の補助金、福島第一原発自己による賠償金額、原発停止の年間コスト、太陽光発電の費用や賦存量、家庭用太陽光発電システムのコストなどを取り上げて来ている。

4.「正義」以前に、判断材料がおかしいときも多い

判断材料が誤っていることは多い。単に誤解やミスが理由のときもあるし、賛同者を増やすために判断材料の見栄えを良くする事は頻繁にある。

例えば、孫正義氏の自然エネルギー協議会の主張におかしい点があるし、大島堅一・立命館大教授の分析には恣意的なところがあるし、河野太郎衆院議員は文科省調査に書かれていないことを調査結果のように主張している。経済学を知らない経済評論家が、経済学を語っているケースもある。

判断基準は人それぞれだと思うが、判断材料には客観性が求められるはずだから、ここは厳しく批判しあう事が大切だ。そもそも客観的な判断材料を提示しないで、自己主張だけを繰り返す人も少なくない。



5. まとめ

経済問題を判断するのには、判断基準(=正義)が必要なので、池田信夫氏の主張は誤りだ。正義が不要だとすると、厚生経済学の立場が無い。

「正義」の共有は不可能なので、そこで言い争いになっても建設的ではない。また、「正義」が共有できなくても判断材料は共有できるし、主張者によっては判断材料がおかしいときも多い。ゆえに、応用経済学者は「正義」が何かの議論を回避している。

しかし、幾ら回避をしたところで、最終的には何かの判断基準が無いと選択ができない。ゆえに、「正義を疎かにする経済ほど愚かなものはない」という孫氏の指摘は、概ね経済学的には正しいように思える。

http://www.anlyznews.com/2011/05/blog-post_30.html











経済学者を自称する池田信夫の破綻文章 2011年6月5日日曜日


菅首相と鳩山前首相の交わした覚書に関連して、暗黙の契約について経済学者を自称する池田信夫氏が「菅直人氏のホールドアップ」という記事を書いている。

政治家同士の約束をゲーム理論によって説明される不完備契約だと考え、「繰り返しゲームも最終回になったら、首相のように前言を翻して裏切ることが合理的」だと説明している。みんなの党代表の渡辺喜美氏も繰り返しゲームのように政治家の人間関係を説明しており、分析手法は不自然ではない。しかし、文章的には破綻している。

1. 短期だと成立しない?する?

辞任時期は菅首相と鳩山氏の間の暗黙の契約になるわけだが、暗黙の契約は長期的な関係が残されているときのみ成立すると言いつつ、短期的な関係でも成立すると述べている。

しかしこうした曖昧な契約が役に立つのは、両者に長期的関係があって善意をもって再交渉に応じる場合に限られる。

ワンショットのゲームでも契約を書く(あるいはエンフォースする)コストが高い場合は意図的に曖昧にすることが合理的になる。

相反した理論的結論を並べられると、論理的に破綻しているようにしか感じない。

2. 暗黙の契約は再交渉のため?

池田氏は暗黙の契約は再交渉のためだと述べている。しかし、池田氏が示した以下の例では契約改定が双方に利益があるため、契約書の内容は重要ではない。両者が相互に納得している場合は、契約の変更が問題になることは無い。

たとえば「納期に遅れた場合は契約は無効とする」と書いてあると「1週間待ってください」という話ができなくなり、契約をキャンセルすると依頼したほうも困る。だから納期を遅らせる代わりに割り引くといった再交渉の余地を残すために、契約を曖昧にするのだ。

3. 暗黙の契約を結ぶ理由

厳密に契約を詰めない理由は色々あり、厳密な契約を結ぶコストが大きいか不可能であること(限定合理性)、観察可能な契約内容に固執し他の点を考慮しなくなるなどがあげられる。業績評価にならない仕事をしない同僚を思い浮かべて欲しい。また、池田氏の引用しているBernheim and Whinston (1998)は、不完備契約しか結べないときに、可能な限り厳密な契約を結ぶよりも、曖昧な部分のある契約を結ぶ方が合理的であるケースを示している。

安田洋祐政策研究大学院大学準教授のブログを見る限り、他にも不完備契約でも問題ないケースが多々あるようだ。不完備契約による非効率性を主張するには、問題の詳細な定式化が重要と理解して良いと思う。

4. 池田氏の問題は定式化の不足

池田氏の文章が破綻しているように思えるのは、先行研究やゲーム理論の定理を引用しつつも、どの理論や定理を駆使して分析を行うか明確化されていないためだ。暗黙の契約は短期では非効率と言いつつ、短期でも効率的な理論を引用しては、論理矛盾と指摘せざるをえない。

菅・鳩山覚書問題のゲーム木でも書いて議論をすれば、もっと説得力のある文章にはなったと思う。しかし、もしそうしたとしても、次の理由で現実的ではない。



5. 菅・鳩山合意は強制履行可能

内閣不信任案は同一国会会期中は一度しか提出できない(一事不再議原則)のは慣例の問題で、法的には再審議不能だが再提出ができる。鳩山氏が国会外で議員の同意を得てしまえば、菅内閣は崩壊する。

結局、今の報道を見ている限りは、復興基本法案の成立と平成23年度第2次補正予算案の編成の目処が立ったところで退任に追い込まれる可能性が高そうだ。鳩山氏が息巻いていることには迫力がないが、与党内の求心力が急激に低下しているのは間違いない。

6月中に退任になるか、7月以降にずれ込むかは分からないが、菅首相は任期の引き延ばしには失敗したようだ。菅首相が内閣不信任案ゲームのルールを、良く理解していなかったと言う事になる。

こうして見ると、菅氏はナッシュ均衡もmin-max定理も関係ない、ゲーム理論を根底から揺るがす恐るべきプレイヤーだと言う事になる。もちろん菅氏の思い描いているゲームのルールはさらに複雑で、今後、予想だにしない事が起きるのかも知れない。しかし、プレイヤーの行動原理が理解不能か、ゲームのルールが把握不能なのは間違いない。ゲーム理論の適用には、両方の把握が必要だ。

http://www.anlyznews.com/2011/06/blog-post_4118.html
22:777 :

2011/10/25 (Tue) 21:29:18

host:*.bbtec.net


池田信夫の逝かれっぷり9




種を守る「利他的な遺伝子」 2007-04-27


自分のよく知らない分野(たとえば私にとっては経済学)について二者が議論しているとして、どちらの言い分が正しそうなのか判別する簡易的な手段はあるだろうか。

私がよくやるのが、自分がよく知っている分野(たとえば私にとっては医学、遺伝学、進化生物学)についての発言を調べてみるということである。もちろん、医学についてトンデモ発言する人が別の分野では正確な発言をすることもありうるので、あくまでも簡易的な手段に過ぎない。しかし、たとえば「エイズはエイズ菌によって起こる」などと自信たっぷりに断言する人が別の分野について何か発言したとしても、その発言の正確性を疑っておくほうが賢い態度だと言えるだろう。


■愛国心の進化(池田信夫 blog)
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/27ceb08814b16655936d029d23846949


 『近代国家が成功したのは、それが戦争機械として強力だったからである。ローマ帝国や都市国家の軍事力は傭兵だったため、金銭しだいで簡単に寝返り、戦力としては当てにならなかった。それに対して、近代国家では国民を徴兵制度によって大量に動員する。これが成功するには兵士は、金銭的な動機ではなく、国のために命を捨てるという利他的な動機で戦わなければならない。逆にいうと、このような愛国心を作り出すことに成功した国家が戦争に勝ち残るのである。

 こういう利他的な行動を遺伝子レベルで説明するのが、群淘汰(正確にいうと多レベル淘汰)の理論である。通常の進化論では、淘汰圧は個体レベルのみで働くと考えるが、実際には群レベルでも働く。動物の母親が命を捨てて子供を守る行動は、個体を犠牲にして種を守る「利他的な遺伝子」によるものと考えられる。ただし、こういう遺伝子は、個体レベルでは利己的な遺伝子に勝てないので、それが機能するのは、対外的な競争が激しく、群内の個体の相互依存関係が強い場合である。内輪もめを続けていると、群全体が滅亡してしまうからだ。利他的行動は戦争と共進化するのである。』


まずは分かりやすいところから。

「動物の母親が命を捨てて子供を守る行動は、個体を犠牲にして種を守る『利他的な遺伝子』によるものと考えられる」。

えっと、全然違います。この文章だけで、池田信夫氏が現在の進化生物学を理解していないことがよくわかる。

母親が自分を犠牲にして子を守る行動は、利己的な遺伝子によるものと考えられる。もちろん、命を捨てて子供を守る行動は利他的な行動だ。個体としては自分の生存率を下げる一方で、他の個体(子)の生存率を上げようとしているのだから。そういう利他的な行動は利己的な遺伝子によって説明できるってことを「利己的な遺伝子」でドーキンスは主張した。

そもそも「個体を犠牲にして種を守る」って何?

いまどき種淘汰か。母親は自分と遺伝子を共有する個体を守っているのであって、種や個体群を守ろうとしているのではない。少なくとも通常の進化生物学ではそのように考える。

限定された条件下では群淘汰が起こりうるという話はあるが、かような豪快な誤りを犯す人がそういう微妙な話を理解できるとは思えない。

少なくとも母親が子を守る行動は普通に利己的な遺伝子で説明できる(というか、利己的な遺伝子の説明として典型的な)話だ。種を守る『利他的な遺伝子』なんぞを持ち出す進化生物学者はいない。


愛国心についても、いったいなんでまた遺伝子レベルで説明をつけたがるのか理解できない。こうした傾向は池田氏だけに見られるわけでもないところを見ると何か理由があるのだろうか。

(参考:■愛国心の遺伝子)
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20060620#p1


よしんば愛国心を遺伝子レベルで説明するとして、群淘汰(多レベル淘汰)などよりも、集団が比較的小さくメンバーが血縁関係にあったころに進化した、集団に対する帰属意識のためとでもするほうがありそうだ。群淘汰が働くにはフリーライダーが利益を得られないような、(私の理解では)かなり厳しい条件が必要であるからだ。いずれにせよ、利己的な遺伝子からして理解がおぼつかないのに、群淘汰による愛国心を説明するのは心もとない。進化生物学の分野でこんなふうだと、他の分野は大丈夫なのか心配になる。池田流「進化生物学」で変なこと言っているように、別の分野についても変なことを言っているのかもしれない。


そのほか気になったところ。


■人類史のなかの定住革命のコメント欄
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/9a22e07bde1127f6904940b6b7a7dbc8


『利他的な行動が遺伝的なものか文化的なものかについては、古くから論争がありますが、たぶん両方というのが妥当な答でしょう。ただ、どっちの比重が大きいかについては、諸説あります。

ほとんどが遺伝によるものだと考えるのが、E.O.ウィルソンに代表される「社会生物学」の立場です。コンラート・ローレンツなどの動物行動学も、攻撃性を抑制することが種の存続にとって重要であることを示しています。本書の著者も、ピグミー・チンパンジーなど類人猿に「公平な分配」が広く見られることを示しています。』


最初の段落は何ら問題はない。問題は次の


「ほとんどが遺伝によるものだと考えるのが、E.O.ウィルソンに代表される『社会生物学』の立場です」。


って、えー、そーなのー?

社会生物学者が遺伝的な影響を大目に見積もりがちってことはもしかしたらあるかもしれないが、

「利他的な行動はほとんどが遺伝によるものだと考える」

ってのは別に社会生物学の立場ではないだろ。

「多くの病気は環境要因と遺伝要因とが組み合わさって起こりますが、ほとんどが遺伝要因によるものだと考えるのが『遺伝学』の立場です」

ってのと同じくらい阿呆な発言だぞ。


__________



生物屋 2007/04/29 02:53
医師ではない生物研究者です。お医者様が生物学を語ると、「??」なことも多いです。ご専門の医学分野に話題を限られたほうがよろしいかと思います。お医者様は、医学の専門家であって、生物学の専門家ではないと思うのです。


akira 2007/04/29 09:01
池田信夫氏はNHK出身の経済学者。内容も、生物学の内容を国際政治の説明のための比喩に使っているだけなので、語彙の正確な使用にこだわるのは無意味かも。

「近代国家が成功したのは、それが戦争機械として強力だから」というのは、よく聞く話。これも傭兵はその対比として説明に出しているだけだし。こういう説明のための引用を、証明のための引用のように解釈して語彙の正確な使用を求めるのは厳しすぎるような気がする。

池田氏のいう、

http://www.amazon.co.jp/dp/0674930479/

これは面白い本なの? 生物学の主流派ですか?



NATROM 2007/04/29 10:07
>お医者様が生物学を語ると、「??」なことも多いです。ご専門の医学分野に話題を限られたほうがよろしいかと思います。

生物屋さん、ご意見ありがとうございます。「??」なことが多いのであれば、いったいどこがそうなのかをご指摘くだされば幸いです。


>内容も、生物学の内容を国際政治の説明のための比喩に使っているだけなので、語彙の正確な使用にこだわるのは無意味かも

不正確を承知で比喩に使っているとしても、「種を守る『利他的な遺伝子』」はあんまりでしょうに。それこそ「エイズ菌」レベルでしょう。それに、池田氏自身は自分のほうが正確だと思っているらしいですよ。Unto Others: The Evolution and Psychology of Unselfish Behaviorは、主流派かどうかはともかく、読む価値のある本であろうと思います。

問題は、「 」とか書いちゃう人がこの本の内容を理解できるとは思えないってことで。


地下に眠るM 2007/04/29 11:49
池田が「反論」したって?(げらげら

尻尾まいて逃げた、が正確なところだろ?

トラックバックも消してるわけだしにゃ。

多レベル淘汰を、特定条件のもとには成り立ちえるとする立場と、安易に人類に適用しちゃうのと、どっちが生物学をわかってるんだろね? 

専門外のことで間違えるのはしかたのにゃーことだとして、尻尾をまいて逃げ出しながら口だけでは強がるということで、池田の底が知れたにゃ。




& 2007/04/29 12:38
僕の場合は、「動物の母親が命を捨てて子供を守る行動は、、、、。」と云う記述があるだけで、
動物の母親が命を捨ててまで子供を守るという事は無いので、その本は読む気がしなくなります。




NATROM 2007/04/29 14:24
結果的に動物の母親が命を捨てて子を守る行動はありえるので、そこまで言うのもあれですが。

それにしても気になるのが池田先生のブログのコメントでマンセー発言しているのは、あれはマジなんでしょうかねえ?



kmori58 2007/04/29 14:37
池田信夫氏は経済学部卒ですが経済学者ではありません。分類学的には、立花隆氏と同じカテゴリーに属すると思われます。



ゆんゆん探偵 2007/04/29 15:20
「生物屋」さんの理屈だと、池田氏が自分の議論に生物学の話を援用するのも失当となってしまう気がします。なにしろ「池田氏は生物学の専門家ではない」のですから。「生物屋」さんが池田氏とNATROM氏を等しく批判するのであるならば、立場としては整合性は取れていますが、それは「生物屋以外は進化論について語ってくれちゃ困る」という物言いであって、あまりと言えばあんまりです。




地下に眠るM 2007/04/29 16:31

生物屋ってのもウソだろ?
具体的な指摘のできにゃー専門家なんているの?
まあ、世の中広いから、無能なカスも混じってるかもしれにゃーが。
口ではなんとでも名乗れるのがネット。具体的指摘ができにゃー自称専門家しか頼るもののにゃー池田のあわれなこと。




生物屋さんへ
>お医者様が生物学を語ると、「??」なことも多いです。
これには同意しますが、NATROMさんの発言のどこが「??」なことなのか明示しなければ、あなたのほうが「??」な人だと思われてもしかたありません。




meme 2007/04/30 02:39

行動が利己的か利他的かは視点によってまったくかわるので
『利己的な遺伝子』とか『利他的な遺伝子』とか細かい例えにつっこんでもしかたないと思います。
利己的とか利他的というのはけっきょく価値判断の問題で、やりたいことをやってればどんな行動でも利己的であるともいえます。『利他的な遺伝子』という表現を本気で書いたのかパロディとして書いたのかは知りませんし、パロディにしてもうまいとも思えないですが、いちいち本気でつっこむような箇所じゃないんではないですか?

そもそもドーキンズの本の有名な表現は確かにわかりやすいのですが扇情的で誤解も多数まねいてるように感じます。




NATROM 2007/04/30 09:22
memeさんへ。ええと、少なくとも進化生物学の文脈では、

「行動が利己的か利他的かは視点によってまったくかわる」

「利己的とか利他的というのはけっきょく価値判断の問題」

ということはない、と私は理解しています。つっこんだのは些細な言葉遣いそのものではなく、その背景にある池田氏の進化生物学理解です。

「エイズ菌」などという言葉遣いをする人はウイルス学について理解していないことが予測されるように、「種を守る利他的な遺伝子」などという言葉遣いをする人は進化生物学について理解していないことが予測できます。

実際に、池田氏が進化生物学の基本的な部分すら理解していないことが、このやり取りで明らかになったわけで。

可能性としては、池田氏が「確かに『種を守る』という表現は間違いであった。だがしかし本当に言いたかったことは…」と表現のまずさを認める展開になっていれば、有意義な議論になっていたでしょうし、些細な言葉遣いを指摘したNATROMが恥をかいたことになっていたかもしれません。

ドーキンスの表現が誤解を招いているというのは事実だろうと思います。たとえば「やりたいことをやってればどんな行動でも利己的であるともいえます」などのように。




meme 2007/05/03 00:23
誤解されたかも知れませんが私は基本的にNATROMさんの意見を支持したわけですよ。

その上でいいますが、「利己的」「利他的」という表現は遺伝子個々の競争においては意味をなすかも知れませんが、遺伝子の集合である個体とか種とかいうレベルにおいてはもはや比喩としてくらいしか役に立たないと思う訳です。ヒト個人においてどの行動が利己的で利他的であると正確に分類できますか?ドーインスのいう「利己的な遺伝子」と「利己的な個人」では「利己的」の意味がもはや違うわけです。そういった考えがあるもので、前回のコメントのように、やぼなつっこみしても仕方ないんじゃないかといったわけです。




カクレクマノミ 2007/05/03 00:39
動物行動学・進化生物学では、「利他的」「利己的」という語は明確に定義されています。遺伝子にしろ個体にしろ、自身の生存と増殖を促進するような性質が利己的で、自身の生存と増殖を犠牲にして他者の生存と増殖を促進するような性質が利他的です。

ドーキンスが使っている例でいうと、虫歯のライオンがいて、虫歯のせいで餌を少ししか食べず、その結果他の個体がたくさん餌を食べたとします。そうしたら、そのライオンは利他行動をしたことになります。

もちろん、この定義は日常会話における「利己的」「利他的」の意味とは違います。ですが、進化生物学の話をする以上は、進化生物学において定義されている意味で言葉を使うべきです。そうしなければ、批判されてもしかたないでしょう。





NATROM 2007/05/03 10:33
カクレクマノミさんが既に指摘していますが、個体のレベルにおいても、進化生物学的には「利己的」「利他的」という用語の定義は明確です。少なくとも「遺伝子個々の競争においては意味をなす」というぐらいには。

進化生物学の話をしているときに、「やりたいことをやってればどんな行動でも利己的である」というのはあまりにも杜撰じゃないですか?

ドーキンスはわざわざ

「利他主義と利己主義の前述の定義が行動上のものであって、主観的なものではない」

と書きました。自主的に(やりたくてやって)自らの生存を危険にさらして他の個体を助けるのは利他的な行動です。





駒田少佐 2008/12/23 13:32
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/4c8f645c8574ff240554987179d1140f
池田大先生が再び群淘汰について述べていらっしゃいます。





匿名希望 2009/09/19 09:31
>「ほとんどが遺伝によるものだと考えるのが、E.O.ウィルソンに代表される『社会生物学』の立場です」。って、えー、そーなのー?
・・・第二法則ですね

”池田信夫氏の第2法則:池田信夫氏がもっともらしく引用する高名な学者の著書は、確かに存在するが、その中には池田氏の議論を根拠づけるような記述は存在しない蓋然性が高い。”

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/3_a7ad.html


http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20070427






          /l
 ___       〉 〉           /l
 ヽ ゙i_       〉 __ヽ,_    r‐'" ノ
  l、__ `l_,.-'く く_コ `'l ,ヘ、,ヘノ  l~
    l  /ー-、ヽ─‐'"/.__\ /
    `/l ̄V''ーv l_ し'"V   / ヽ
      | l、__/   ゙、__/   l     あなた方は幸運ですね
      |       rニヽ,       |    何故かって?
     |     lニニニl      /     変態池田信夫を見れたからです
      \           /       
         `ーァ---──'''"ヽ,        ハッピー
        / / l,  i ヽ ` \





池田信夫氏からの反論 2007-04-29


池田信夫氏からの反論が。同じパターンのナンセンスな話が繰り返されることになりそうな予感。


■利他的な遺伝子(池田信夫 blog)
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/5b3a2daecd4aa5db9cca0069d85c4b80


『これだけ読んでも、彼が自称する「生物学の専門家」ではなく、アマチュアにすぎないことは一目瞭然だ。まず彼は、遺伝子を共有する個体を守る行動を説明したのが「ドーキンスの利己的な遺伝子」だと思い込んでいるようだが、これはドーキンスの理論ではなく、ハミルトンの非常に有名な論文(1964)によって確立された血縁淘汰の理論である。ドーキンス(1976)は、その理論を「利己的な遺伝子」という不正確なキャッチフレーズで普及させただけだ。』


ドーキンスが個体レベルの利他行動を遺伝子レベルの利己性によって説明したのは事実だろう。もちろん、血縁淘汰の理論を確立したのはハミルトンである。ドーキンスはハミルトンの理論を援用して「利己的な遺伝子」を書いたに過ぎない。「利己的な遺伝子」にもハミルトンの名前はたくさん出てくる。そんなことはとっくに存じ上げている。後出しで負け惜しみを言っていると疑うのなら、私の日記をハミルトンで検索してみればよろしい。

「利己的」「利他的」という用語が不正確だとして、その「利己的」「利他的」という言葉を持ち出したのは池田信夫氏。

ドーキンスのキャッチフレーズを持ち出して「種を守る『利他的な遺伝子』」などというトンチンカンな説明がなされていたので、ドーキンスはそんなこと言っていないでしょうと指摘したのだ。それが、池田氏の脳内ではなぜか

「NATROMは血縁淘汰がハミルトンの理論であることも知らないらしい」

ということに変換されたようだ。


『「いまどき種淘汰か」って何のことかね。「種淘汰」なんて概念はないのだが。彼のいおうとしているのは、群淘汰(あるいは集団選択)のことだろう。』


「種淘汰」なんて概念はないのですかそうですか。池田氏にとったら、天動説なんて概念もないのであろう。

「概念がない」「概念が否定された」を区別しよう。

まあ、概念がないでもいいし、否定されたでもいいけれども、とにかく、「種淘汰」と「群淘汰(あるいは集団選択)」とが異なるものであるというのはいいよね?

後者については、池田氏が紹介している(たぶん理解はできていない)Sober-Wilsonで扱われている。

で、池田氏はどのように書いたか。



『動物の母親が命を捨てて子供を守る行動は、個体を犠牲にして種を守る「利他的な遺伝子」によるものと考えられる。』


Sober-Wilsonの本をちゃんと理解している人は、絶対に種を守るなんて書かないと思うぞ。

種淘汰なんて概念はなくても、「個体を犠牲にして種を守る」なんて概念はあるのかね。まさしく、「エイズ菌」レベルの間違い。「エイズは細菌によるものだ」と書いてあるのを馬鹿にして「エイズ菌かよ」と指摘したら「エイズ菌なんて概念はない」などと反論された気分。



『E.O.ウィルソンによれば、遺伝子を共有する親族の利益をBk、集団全体の利益をBe、血縁度(relatedness)をr、利他的行動のコストをCとすると、

rBk + Be > C

となるとき、利他的行動が起こる。ここでBe=0とおくと、ハミルトンの理論になる。つまり多レベル淘汰理論は、血縁淘汰理論の一般化なのだ。』


それでWilsonとSoberは、動物の母親が命を捨てて子供を守る行動を、個体を犠牲にして種を守る「利他的な遺伝子」によるもの、なんて言ったのかな?

池田信夫に問う。いったいなんでまた、「集団を守る」でもなく「個体群を守る」でもなく、「種を守る」なんて書いたのか?

池田氏こそが、古典的な群淘汰と、現在議論になっている「多レベル淘汰理論」との違いを理解していない証拠に思えるのだが。




追記:2007/4/29


池田信夫先生は、いったいなんでまた、

「集団を守る」でもなく「個体群を守る」でもなく、「種を守る」なんて書いたのか?

という質問に答えられず、遁走のようである。予感は当たりつつある。池田氏によるコメントより引用。



『彼の話がお笑いなのは、「『種淘汰』なんて古い。ドーキンスが正しい」というアマチュアらしい夜郎自大の主張をしていることです。実際は逆で、この知識そのものが古いということを実験の例まであげて説明したのに、これについては何も反論できないで、最初の記事と同じ話を繰り返すだけ。Sober-Wilsonを読んだかのごとく書いている(読んだとは書いてない)が、本当に読んだのなら、ちゃんと反論してみろよ。』


「『種淘汰』と『群淘汰(あるいは集団選択)』とは異なるだろ。
群淘汰はあってもいいかもしれんが、それにしても『種を守る』ってどういうことよ?

いくらなんでも酷くねえか?」


とちゃんと反論していますがな。反論できないのは池田氏のほうである。

Sober-Wilsonの本に書かれているような多レベル淘汰は新しいが、種淘汰なんて古いのは当然のこと。

多レベル淘汰を理解するにはまず、その基礎となるハミルトンの理論を理解しておく必要があるのだが、「種を守る『利他的な遺伝子』」なんて書いちゃう人が理解しているとは思えないというのが元々のエントリーの主旨。

Sober-Wilsonを読んだのなら、ちゃんと『(個体群や集団ではなく)種を守る』ような行動や遺伝子があるのか示してみてはどうか。できないから逃げるしかないのをわかってて言っているけど。


「ドーキンスの言説がすべて正しいとする立脚点そのものの脆弱さ」

などどブクマコメントしていた人もいたけど、ここではドーキンスがすべて正しいなどと主張している人はいないのだ。ハミルトンやドーキンスが否定した群淘汰とは異なる、もっと微妙な形での新しい群淘汰理論があるのは承知の上。でもね、そういう新しい群淘汰は、かつて否定された群淘汰とは異なるものだ。だから、群淘汰ではなく、集団淘汰とか、多レベル淘汰とか名称を変える努力をしている。

そういう努力を、本を一冊か二冊読んでわかった気になったどっかのアマチュアが「種を守る『利他的な遺伝子』」などと書いて台無しにしたのを笑っているの。


医師である私が生物学を語ると、『??』なことも多いかもしれない。ただ、『??』なことも多いなどと言いつつ具体的な指摘がなければ、私が間違っているのか、それとも

「ケチをつけたいけど能力的に無理なので、専門家を自称してNATROMの発言の信頼性を貶めよう」

という意図があるだけなのか区別できないので、適宜指摘してくださるとありがたい。どっかのブログのように、都合の悪いコメントを検閲して載せなかったり、自分の間違いが明らかになってしまうトラックバックを削除したりはしません。



追記:2007/10/18


「池田先生が勘違したか、NATROMの主張をすりかえたのかではないか、説明を求む」という大学生さんのコメント*2に対し、池田先生が長い時間をおいて返事をされた(返事になっていないのであるが)。


『このNATROMなる人物は、群淘汰という言葉を知ったかぶりで使っているだけで、理解していません。
「集団選択と群淘汰」などと書いているのが、その証拠です。これは両方ともgroup selectionの訳です。』*3
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/5b3a2daecd4aa5db9cca0069d85c4b80


私は「集団選択と群淘汰」などとは書いていないので、池田氏が私の主張をすりかえたのかと思ったが、おそらくは私の、


「でもね、そういう新しい群淘汰は、かつて否定された群淘汰とは異なるものだ。だから、群淘汰ではなく、集団淘汰とか、多レベル淘汰とか名称を変える努力をしている。そういう努力を、本を一冊か二冊読んでわかった気になったどっかのアマチュアが「種を守る『利他的な遺伝子』」などと書いて台無しにしたのを笑っているの。」


という主張を受けてのことだと思われる(それ以外には思い当たる発言はない)。さて、三中信宏(三中が専門家だということには池田氏も納得してくれるであろう)による書評に、


『辻さん[今年の生態学会・宮地賞の受賞者の一人である辻和希(富山大・理)]が授賞講演の中で注意深く「群淘汰」という言葉を回避したことからも想像されるように(代わりに「集団淘汰」という言葉を耳にした)、群淘汰的説明の妥当性をめぐっては、現在もなお進化生物学の論議の火種を提供しています。』*4
http://cse.niaes.affrc.go.jp/minaka/files/UntoOthers.html



とある([ ]内、強調は引用者による)。三中(あるいは辻和希)にも、池田氏は「群淘汰という言葉を知ったかぶりで使っているだけで、理解していません」と言うのであろうか。もちろん私はアマチュアだから、いくら池田氏よりかは進化生物学について詳しいとは言え、専門外のことを書くのは慎重になる。なので、上記引用した三中の書評を読んで「集団淘汰とか、多レベル淘汰とか名称を変える努力をしている」と書いた(ように記憶している)。


_______



ああ 2007/04/29 11:42
トンデモの相手乙




Evreux 2007/04/29 12:21
池田さんはある種の能力や知識という点でかなり優れた方で、情報源として有益です。しかし知的な誠実さ?が欠けていることがこれまでの活動で明らかになっています。長く議論されず適当に切り上げることをお勧めします。





地下に眠るM 2007/04/29 12:39
>知的な誠実さ?が欠けていることがこれまでの活動で明らかになっています
それはオイシイね。

なとろむ のトンデモセンサーにはいつも敬服し、ただのりさせていただいていますにゃ。
でもにゃー、池田センセイのブログ、コメントをつけようとしても本人の承認ナシでは反映されにゃーみたい。いい加減なことを書いては突っ込まれることに慣れていらっしゃるご様子ですにゃ。




koneko04 2007/04/29 12:58
池田さんという方のブログは時々読むのですが、ご専門らしき経済学を離れた分野での見解というか意見などについては、理解していない対象に対して、なぜ断定的な言い方で批判するのでしょうね。

アタシが多少は詳しい分野で、上に書いたようなことがありました。何がおかしいのか説明してTBしようかなと考えたのですが、行動には移すことなく、今日に至ります。
かなりご自分に対して自信があるようなので、ご自分の勘違いや間違いなどを指摘されたら、逆上しそうな感じがするので、あまり関わらない方が良さそうだなと躊躇していることもあるのですが。。。






アンチ池田 2007/04/29 15:15
社会・人文科学のエリート連中の多くは相手を言い負かすことが全てだと思っているから、自然科学流の知的誠実さなんて求めても無駄です。やつらは権威に弱いから生物学の専門家がたくさんあつまってあんた間違ってるよって書けば意外に簡単に屈服すると思います。




ゆんゆん探偵 2007/04/29 15:32

メモ:群淘汰を語るのに「種」という言葉を持ち出してしまうのがとてつもないミステイクだと気づいていない(そこが重要な論点だと把握していない)こと自体が、進化のメカニズムの重要な部分を「きちんと」理解していない証拠。

「一知半解」という言葉がありますが、自分の専門でない分野の知識にこういう基礎的な無知を露呈してしまう人を見ると、私はその人自身の専門分野への理解も怪しく思ってしまうんですよね。

ひとつの分野を深く収め、その深さに感じ入ったことのある人は、他の分野の「深さ」に対して敬謙になるものだと思うんです。その敬謙さが見えないのはそもそも自身の専門をすら深く収められていないのではないか、と思っちゃうんですね。

池田氏の名前は私の中では「普通に信頼する論客」のカテゴリにあったんですが、今回のことでちょっとランク下げるかも……。






やまき 2007/04/29 15:49
私なんかはむしろ、池田信夫氏が言ってることだというだけで疑う習慣がありますけどね。社会的問題についてジャーナリスティックに鼻がきく人ではありますが、科学や技術に関する理解力は絶無です。学生時代に講演を聞いたことがありますが、あまりのでたらめっぷりに呆れて途中で出てきてしまいました。





akihiro-matsui 2007/04/29 16:06
ここまで読めば、大体わかります。誤った点を指摘し終わったのだから、この辺で終わりにすればどうでしょか。





shinpei02 2007/04/29 16:12
>アンチ池田さん

自然科学の人も人を言い負かすと価値だと思ってる人はいますよね。血液製剤の人とか冥王星の人とか。

ただし人文科学に比べて実物の証拠が突きつけられることが多いから淘汰圧がかかって繁殖しにくいのは確かだけど。

池田氏のブログでコメント掲載してもらえました!(■人類史のなかの定住革命)
彼の新古典派&ゲーム理論大嫌い性癖をこっそりと揶揄したのですが、読解してもらえなかったみたいです。





地下に眠るM 2007/04/29 16:22
>akihiro-matsui
そのセリフ、池田ダイセンセイにいったら?
ちなみに、池田ダイセンセイのブログに僕がつけたコメントは掲載されず。
自分に都合のワリイコメントは一切掲載しにゃーという、立派な方針みたいね
池田ダイセンセイのしていることは、言論ではなく「公開オナニー」
都合のワリイ言論はすべて抹殺。最低のカス。






地下に眠るM 2007/04/29 16:25
ついでね
>アンチ池田
論者がカスかどうかは文系理系は関係にゃーだろ?

ただし、池田はカス。都合のワリイ指摘からションベンちびってにげまわる哀れなチンカス。






良かったじゃないか 2007/04/29 19:39
顔を真っ赤にして反論した結果、アンチ池田からの援護射撃のコメント多数。これで安心して眠れるね。




うわー 2007/04/29 20:52
>良かったじゃないか
うわー、池田顔真っ赤!





hamster 2007/04/29 21:33
(池田氏のブログにもコメントしたけど、反映するかどうかわからないので)

●どっちが専門家でアマチュアか●

議論については、どうせ瑣末なことでしょうからどうでもいいとして、ちょっと気になったのは、どっちが専門家でどっちがアマチュアかという表現です。

notrom氏はいちおう内科医ですから、生物学には専門家と言っていいと思います。池田氏はいちおう経済学の教師のようですから、生物学にはアマチュアということになります。




地下に眠るM 2007/04/29 21:51

ご報告
本日の12;47に以下の投稿を池田センセイのブログにしたけど、反映されず
*******************
多レベル淘汰を人類集団に適用してよい、とHamilton なりSober-Wilsonなりがいってるんですかあ?
センセイの頼みの綱の「自称」生物学者は、具体的な反論がまったくできてないんですけど? 
*******************

さあ、みんなも、センセイのブログに投稿して反映されなかったコメントをこちらにあげよう!!

池田センセイは、都合のワリイ意見は全て抹殺のファシストだということ。

惨めな惨めな屑。

もしかして、センセイのブログのコメントって、センセイの自作自演なんでないの? 

都合のワリイコメントを掲載しにゃーとなると、そういわれても有効な反論はにゃーよな。言論人としては自殺。虫けら。カス。(げらげらげら






NATROM 2007/04/29 21:56
内科医だから生物学の専門家であるとはさすがに言えないなあ。むしろ、NATROMのIDで進化論について発言してきたことはネット上に残っているのでそちらを見て欲しいです。要点は、専門家でなくとも、「種を守る『利他的な遺伝子』」というのはいくなんでも酷いのが分かるってことです。




NATROM 2007/04/29 22:02
えー、池田先生はファシストなんかじゃないですよ。私の、「NATROM氏による非建設的な議論の例」というコメントはちゃんと載っています。議論相手の主張はそれぞれ、

「血液型を保育に利用しても差別とは言えない」
「タバコを吸うと肺ガンになるという説は怪しい」
「アニメ美少女の声の質感が神の存在証明になる」

だったんですけどね。これらのリストに、池田先生の

「動物の母親が命を捨てて子供を守る行動は、個体を犠牲にして種を守る利他的な遺伝子によるもの」

が加わりました。




yas 2007/04/29 22:26
NATROMさん。確かに「種を守る『利他的な遺伝子』」はご指摘のように池田さんの間違いだよ。

しかし、このやり取りを見ててNATROMさんのコミュニケーション力に疑問を持った事もあるよ。たとえ誰であってもいきなり「とんでも」とレッテルを張られて批判されると、まともな論争なんて出来なくなるのは当然だよ。もちろん勘違いもあるだろうし、負を滑らせただけかもしれない。少なくともあなたがあなたの主張をちゃんと理解してもらおうと思えば、オブラートに包んだ言葉の使い方をしておくべきだっただろう。といえますね。相手にとってみれば「とんでも」と言う言葉に罵倒を感じれば当然「アマチュア」という罵倒もかえってくる事は予測出来る事です。

僕がNATROMさんに厳し目に言うとしたら、あなたは患者相手の商売をしているわけでしょ?ということだ。ブログレベルの論争で相手の心を理解した上で言葉をちゃんと伝えられないで、患者の不安をちゃんととれる様な医者になれるんだろうか?と言う事ですね。

「とんでも」『アマチュア』の罵倒合戦を見て思うのはお前達(NATROMさん/池田さん)良い年して子供っぽい事するなよ。言葉は違えどやってる事は子供っぽいと思ったって事さ。情けない連中だと思ったくらいだ。





やまき 2007/04/29 22:38
>yasさん

池田氏の過去の言動を知っていれば、そういう配慮をすべき相手とはとても思えないはずですがね。今までもトンデモ発言を繰り返しているわけで、そう言われることには慣れている(いまさら動転などしない)はずですし、自分の無知にもとづいて他人をけなす言動をさんざんしてきた人なんですけども。むしろその忠告は池田氏のほうにしてさしあげたらいかがでしょうか。





地下に眠るM 2007/04/29 22:41
>yasくん

池田が言論で飯を食っているということをチミはどう評価するんだ?
ま、池田に対する「厳しめ」のコメントが池田のブログで反映されることはにゃーわけだが(げらげらげらげら
このネタで中立を装うとするのってむなしくない? 恥をしっていればできにゃーと思うけど


>なとろむ
僕の投稿内容は修正するにゃ。池田センセイは、自分のブログにつけられたコメントが誰に利するかをきっちりとは判断できない無能なファシスト、としておく




NATROM 2007/04/29 23:06
>少なくともあなたがあなたの主張をちゃんと理解してもらおうと思えば、オブラートに包んだ言葉の使い方をしておくべきだっただろう

子供っぽいとか情けない連中とか言われて冷静になれません。yasさんのコミュニケーション能力に疑問を持ちました。相手の心を理解した上で、オブラートに包んだ言葉の使い方をしてください。

とか冗談は抜きにしてマジレスすると、池田先生は私の患者じゃないもの。私の外来に受診されたのであれば、エイズ菌などとアホな言おうとプロとして対処します。でも、ここは診察室ではありません。レッテル貼りをしたのはむしろ池田先生のほうでしょう。少なくとも私は、どこがトンデモであるのかを明確にしていますし、批判に対して開かれています。ついでに言うならば、私のエントリーの想定読者は池田先生ではありません。そもそもの想定読者に対しては言葉はきちんと届いているようです。

それから、進化生物学と経済学のESSを介した関係は、専門的にではないですが、もちろん知っています。だからこそ、池田先生のような進化生物学を(もしかして経済学も?)理解していないような人が知ったかぶりで語って欲しくないのです。池田先生自身が、「手を滑らせた」程度の記述だったのではない、自分は正しいのだ、って言っていますが、それについてはどうお考えですか?オブラートに包んだ言葉の使い方をしようが、相手の心を理解した上で言葉をちゃんと伝えようが、池田先生は理解できないと思いますよ。






地下に眠るM 2007/04/29 23:22

ひきつづきご報告
以下の投稿を本日21:50ごろにしたけど、もちろん反映されず。

***********************
>相手にされないと、自分のブログで遠吠えを始める

君は虫けらかね?

このブログは君に都合の悪い意見は掲載されないのだろう?
都合の悪い意見を抹殺しておいて、自分のブログで吠える、などとよくいえるものだ。

言論で飯を食う者として、自らを虫けらと認定されても一言も言い訳できないようなまねをしている。

**********************

あまりに屑っぷりにちょっと楽しくなってきたにゃ。
もちろん、さきほども池田センセイブログには投稿しましたにゃ。
反映されなかったらこちらでご紹介。




やまき 2007/04/30 00:06
池田氏のblogを覗いてきました。「ウェブ・ストーカー」ですってw
それと yas さん、仮にも言論で飯くってるプロ(のはず)のひとに、「トンデモっていわれて逆上しただけですよね。それで間違い認められないんですよね」(意訳)ってのは失礼すぎませんか?




shinpei02 2007/04/30 00:16
[経済学一般]科学的思考
というタイトルでここと池田氏のブログにトラックバックを出しました。
向こうのは削除されちゃうかもしれません。




地下に眠るM 2007/04/30 00:47
例によってご報告
以下の投稿を4/29 23;19にしたけど、もちろん反映されず
********************
>少なくとも「種淘汰」のように世の中に存在しない概念ではありません。

あったんだよ。否定されただけ。チミはド素人で生物学の啓蒙書もまともに読んでないことが明らかだから知らないのはわかるけど、種淘汰って昔はフツーにいわれてたよ。ローレンツを読んだなら知っているはずだけどね。
それにしても、そのあたりは なとろむ のブログでも書かれていることなんだよ。

なとろむのブログを読んでるの? 字が読めないの?


>彼の「母親は個体群を守ろうとしているのではない」という主張こそ、現在の生物学ではトンデモなのです。

多レベル淘汰がどういう条件で成立するかわかったうえでそんなことをいってるの?

ああ、もちろん、この発言は保存済み。チミが自分に都合のワリイ意見を反映しないなら、なとろむ のブログにあげるだけさ。

恥知らずは扱い慣れてるんでね。
***************************

池田は腐ったサンドバッグだにゃ。
こういうカスが呼吸をして酸素を消費していることは赦しがたいね。
無論、さきほどもコメントをした。ここで報告することになるだろうけど。





shinpei02 2007/04/30 08:54
池田氏からトラックバックの掲載を拒否されました。





yas 2007/04/30 15:54
あまり本音は言いたく無かったんですが、こちらではクソッかすに書きましたよ。

それは余り書かない方が良かった事だと言う事はわかってるけど、あえて厳し目に書いた。たしか、池田さんは患者ではないよ。そこに見られる姿勢にちょっと問題があると判断しただけだよ。池田さんには罵倒癖はあるのは知ってるし、たびたび、子供じみた論争をしていますよ。やはり普段からの姿勢は大切にしてもらいたい。

たしかに、言論で食ってる人に書く言葉としては適切ではなかったかもしれませんね。それにしても、日本のブログ界にまともな議論が出来る連中がいない事が悲しいと思ってるよ。出来る論者探してるんだが。





地下に眠るM 2007/04/30 18:09
>yasくん
君はここを最初からちゃんと読んでいるかい?
僕が最初からカスだのなんだのというコメントを池田センセイにつけたかどうか、字を読めればわかるはずにゃんが。

一応いっておくと、池田センセイに承認されなかったコメントはここで紹介したものだけではにゃーんだ。

まさか、恥知らずにも言論統制をしているとは思っていなかったので、コピーをとっておらず、正確な内容を紹介できにゃーからここでは書かなかっただけ。

ちなみに、最初に池田センセイに無視された投稿内容というのは

「多レベル淘汰は限定的に成立すると なとろむ は書いてあるはず。多レベル淘汰を人類集団に適用できるとする根拠はあるのか?」

という内容だったのだにゃ。

で、都合のワリイ指摘を反映しにゃーのはカスだからカスといっただけ。


>日本のブログ界にまともな議論が出来る連中がいない事が悲しいと思ってるよ。出来る論者探してるんだが

チミに字が読めるようにならにゃー限りは探すことはできにゃーだろ?





wood 2007/04/30 23:00
いつもROMしてます。今回の議論がずれてきているのは残念です。
ところで池田氏は「種淘汰」という単語は使用しておらず、その部分、お互いが語句の使い方に拘泥するのは議論としておもしろくありません。
池田氏の反論(というか挑発)に応えていただければ「遺伝子」とやらの理解が深まるのですが。(すいません勝手な言い分ですね、削除願います:NATROM氏には伝えたかったもので)





NATROM 2007/04/30 23:59
池田氏の反論が具体的にどういうものかよくわかりませんが(あれは反論ではなく、単なる負け犬の遠吠えでしょう?)、具体的に引用なりwoodさん自身の言葉なりで質問していただければお答えできると思います。

池田氏は「種淘汰」という言葉は使っていませんが、「種を守る利他的な遺伝子」とは言いました。yasさんは「手を滑らせた」程度のことかもしれないという好意的な見方をしましたが、実際のところ、池田氏は「種淘汰は世の中に存在しない概念」と言っています。でも、種淘汰という概念はあるんですね。”species selection”もしくは”種淘汰”という言葉で検索してみればわかると思います。単に、池田氏が知らなかっただけ。

それを踏まえて、群淘汰という概念について、不正確を承知で大雑把に説明すると、既に否定された古い群淘汰理論と、新しくて現在議論の対象になっている群淘汰とがあるのです。古い群淘汰理論とは、たとえば「○○という行動は種を保存するためにあるのです」といったものです。こうした古い群淘汰理論が間違っていることを示すためにドーキンスは「利己的な遺伝子」というキャッチフレーズで本を書いたのです。

それとは別に、SoberとWilsonが提示したような新しい群淘汰理論があり、多分池田先生はこちらのほうしか知らない。でも、こちらの群淘汰は、「種のための」という概念は含んでいません。古い群淘汰と区別するために、わざわざ「多レベル淘汰理論」と呼んでいるのです。だから、「種を守る利他的な遺伝子」という言い方はありえません。そういう言い方をする人は、古い群淘汰理論と新しい群淘汰理論を区別できていないと疑われて当然だし、実際に池田先生は区別できていませんでした。用語の些細な使い方の問題じゃないんです。理論の成り立ちを理解しているかどうかの根本的な問題なのです。

私の説明が疑わしいとお思いなら、「『種淘汰は世の中に存在しない概念』と池田先生は仰っていますが、ネット上や進化生物学を扱う本や論文中に『種淘汰』という言葉が出てくるのはなぜですか?」と池田先生に尋ねてごらんなさい。無視されるか、罵倒されてまともに質問に答えてもらえないかのどちらかですから。




pt 2007/05/01 00:34
私はこの話題について素人ですので「『種を』守る利他的な遺伝子」というのがどれくらいありえない発言なのか判断しかねるのですが、『種淘汰』と『群淘汰(あるいは集団選択)』とは全く異なるのですか?群の一部に種という群(集合?)もあるので池田さんのblogの「多レベル淘汰理論は、血縁淘汰理論の一般化なのだ」というのに、まぁそういうものかと思っていたのですけど。





yas 2007/05/01 01:06
あ、NATROMさんの質問に答えてなかったね。念を押して考えのおかしな部分を明確にする方にしてた。最初からとんでも認定しちゃうと、学者としてのプライドは高そうな方ですからそれは話し合いにはならなくなりますよ。だから意図的であるという事を確認してからじゃないと、踏み込んだ事は後にしたかったかな。段階を踏んでやらないといけないところがある。結局踏み込まずに、教科書を読めという事くらいしか言ってないけど。

これは、当事者が理解してようがしてまいが率直に言ってどうでも良くて、第三者に状況を正確に理解させる事が目的なので。理解を示さない部分があるのは実は織り込み済みです。

ただし、一つ大きな問題があるのは「肩書き」で騙される人の方が多い為に、どうする事も出来ないところはある。水伝が科学だと思い込む輩が多いご時世ですから。

しかし、池田さんの「NATROMさんをストーカー」といってたりするあたり、ちょいと理的な行動に見えない為に残念ですね。前も彼には下品な行動をやんわり慎んで建設的なやり方をとってほしいとは伝えたんだがね。山形論争でも相手を素人と罵倒しちゃってたわけだが、同じタイプの人が池田さんを見れば同じ様な罵倒をされる今回のないようですね。




hamster 2007/05/01 03:15
やっぱり池田のコメント欄には反映されませんでした。
専門家専門家ってえらそうに言うわりには、たいした研究歴もない底辺学校のネット教師ですから、こんなもんでしょう。






akira 2007/05/01 05:23
情報の非対称性というものを、ブログにおいても考えると面白いかもしれませんね。

あちら側から見れば、

1.自分の専門ではない分野で、
2.自分が主張したい主題と関連が弱く、
3.既に時間が経って興味を喪失した対象に、
4.正体不明の相手から、
5.忙しいのに唐突に時間を求められている

わけですから、あまり良い印象は持たないでしょう。しかもいきなりトンデモと呼ばれ、こういう間違いをする著者はその他の部分でも信頼できないとか、阿呆とか書かれ、謝絶したつもり(もちろん下手すぎ)が、その一派と思える人からのコメントやトラックバックまで送られてくるのでは、冷静に応対できなくても不思議はありません。

こちらから見れば、

1.自分の詳しい話題で、
2.自分が主張したい話題で、
3.今も興味があり、
4.相手は人物がはっきりしており、
5.時間を選べる

のですから、やはり何らかの配慮が必要かと思います。

今回のケースは、1~5の項目について非対称であり、もともとまともな議論を成立させるのは困難ではないでしょうか?




NATROM 2007/05/01 08:50
:ptさんへ、
>。リ種淘汰』と『群淘汰(あるいは集団選択)』とは全く異なるのですか?

用語の使い方で混乱させてしまったようです。少なくとも「種淘汰」と「多レベル淘汰理論」は異なります。混乱の一因は、どちらも群淘汰とも呼ばれることがあることです。池田先生は、自分では「多レベル淘汰理論」のことを話していたつもりになっていたのでしょうが、「種を守る」などと書いたので全然理解していないことが明らかになったのです。


:yasさんへ
既に想定読者の話をしましたが、私は別に池田先生に理解してもらおうとエントリーを書いたわけではないんですよ。私が想定した読者はある程度進化生物学を理解している人(つまり池田先生は想定外)です。「理解を示さない部分があるのは実は織り込み済みです」。それともプライドを傷つけないように優しく諭してあげたら理解できたのでしょうか。


:akiraさんへ
akiraさんが多分誤解されているのは、私は「忙しいのに唐突に時間を求めた」わけではないということです。私は、別に池田先生に返事などは求めていません。池田先生は私のエントリーなど放っておいてもよかったのです。本当に「相手にする価値もない」ものならね。

専門外の分野もしくは主題と関連が弱いがゆえに間違えてしまったというのならわからないでもありません。しかし、だったら撤回なり保留なりすれば良かったところを、あの反応ですから。しかも、「アマチュアなので根本的な認識がずれている」とか私のことを批判しているんですよ。ご自分はアマチュアではないつもりなのでしょうか?さらに、「専門外だから間違えた」レベルの間違いではないってことも付け加えておきます。HIVに関する最新の論文をわかったつもりになって紹介しているくせに「エイズ菌」とか書いている人がいたら、突っ込みたくもなりますわな。

私も専門外ゆえに間違ったことをたくさん書いていると思います(そういう場合は、自己の無謬を疑わない傲慢な人間でなければ誰でもするように、断定的な表現を避けるようにしていますが)。そういう部分についてコメント欄やトラックバックで指摘をいただけるのには感謝しています。そういう態度をとっていれば、言葉尻をとらえて批判する人の方がかえって滑稽に見えると思います。





Isshin 2007/05/02 21:21
もう既に終わった話かもしれませんが、先方のコメントに

>専門でない分野を論ずるには謙虚さが必要だということがよくわかりました。
>自戒とせねばなりませんね。

これが削除されずに載せられたという事実に思わず笑ってしまいました。
誰のことを言っているか理解できなかったのでしょう。





Med_Law 2007/05/03 00:43

自分の主張を行うのに他人の主張を借りるとして、自分の専門外の領域に手を出すのは煙に巻くなら良いけれど、本筋からは白目で見られるんだよね

池田氏のHPも見ましたが彼の礼賛者だけのコメント群。。。みるとブログ主が選別しているだけ(笑)
どれが批判で、どれが非難で、どれが批評か、もう識別付かないくらいプライドがグチャグチャになっているんでしょうね。大爆笑です

山形浩生先生の尊大さも大好きですが、池田氏の不恰好さも笑えます
大人になってから他人からの修正を受け入れるのって大変なんですねぇ

我々医師は、自分の理論と経験、能力で手に負えない事態であるとか、患者であるとか、軌道修正の嵐に揺れているのが通常だから、他人からの批判も素直に聞けちゃうところもあるのだけれど、自己完結的な理論で批判を許さない城を築いた文筆家ってのは窮屈そうだ





koga 2007/05/03 02:16
どうなんでしょう。これまでの両陣営の文脈からすると、二者択一でどち
らか一方のシンパにならないといけないんでしょうか。あはは、こりゃあ
究極の選択ですねー。

まあ、端から見ているとどっちもどっち(いや、申し訳ないけど、そんな
些細な学問上の定義を検証しているほど暇人じゃないんで区別が付きませ
ん)なのですが、社会生物学という分野について少しだけ再考できたのは
収穫でした。

どうも有り難うございました。






外山哲 2007/05/03 04:58
>どっかのブログのように、都合の悪いコメントを検閲して載せなかったり、自分の間違いが明らかになってしまうトラックバックを削除したりはしません。

少なくとも池田氏は本名でやっているわけですから、匿名に隠れてあちこちでケンカを売っている卑怯な人間よりも責任をとっていると思います。対等な扱いをしてもらいたいならば本名でやるべきです。ゴミみたいなトラックバックや投稿にいちいち誠実に対応する必要もないでしょう。




谷庵 2007/05/03 05:41
本名で言論統制のような恥ずかしいことが出来るのは、組織を背負っていないからです。あるいは組織に迷惑をかけることを何とも思っていないかです。本名であろうと恥ずかしい行為、みっともない行為は批判されるべきです。そもそも学術的な誤りを指摘されたのなら、きちんと反論すればよいのであって、指摘自体を削除するのは卑怯でしょう。批判は発言内容に対して行うべきで、ゴミと判断するなら、どのようにゴミなのか批判すればよいことです。相手の発言を封じた時点で、通常はTKOされたと見なされます。




shinok30 2007/05/03 05:51
>自分の間違いが明らかになってしまうトラックバックを削除

東大院生の堀部君のトラックバックは残っていますね

>群淘汰というのは誤解を招きやすい概念だなとこの記事を見て改めて思う。自然選択を
>人に説明するときは、レミングが種の保存のために集団で海に飛び込むというのは間違
>いだといい、淘汰は個体レベルでかかるというのが王道。ここで、淘汰のかかる単位と
>いうのは様々なレベルが考えられて、それが個体ではなく集団になることもある、とさ
>らなる説明を加えるとやっぱり種の保存のためにレミングは飛び込むんじゃないか、と
>言われてしまったりする。善美ならぬ偽善美であったとしても人はこれを信じたがる
>と植木不等式が書いていたが、そういうこともかかわっていそう。
http://dolphin.c.u-tokyo.ac.jp/~nhoribe4/pukiwiki/index.php?2007%C7%AF04%B7%EE

やっぱり,まじめに進化生物学の基礎的な勉強をしている人には
池田氏がトンデモさはバレていますね





まぐ 2007/05/03 06:42
池田氏のブログには大量にトラバが来るらしいので逐一反論するのは大変なのかもしれないにしても
削除までする必要は全くないはずでは??
ゴミのような批判があるならそんな批判をする人が恥ずかしいだけでしょうし




NATROM 2007/05/03 10:05
>少なくとも池田氏は本名でやっているわけですから、匿名に隠れてあちこちでケンカを売っている卑怯な人間よりも責任をとっていると思います。対等な扱いをしてもらいたいならば本名でやるべきです。ゴミみたいなトラックバックや投稿にいちいち誠実に対応する必要もないでしょう。

なるほど、外山哲さんも、「NATROMのトラックバックに対して池田先生は誠実に対応しなかった」と思われるわけですね。本名を出そうと内容がゴミだったら馬鹿にされ、匿名であろうと内容がよければ誠実に対応すべきということは私にとっては当然ですが、中には内容を判断する能力のない人たちもいらっしゃるようなので、本名/匿名でどのような対応をとるか決める人もいらっしゃるのも仕方のないことです。

ただ、池田先生は本名/匿名で対応を決めているのではないように思います。ちゃんと内容を読んで、「自分の主張に賛成しているかどうか」を基準にしていらっしゃるように見えます。実名で、池田先生の主張を正確に批判する、池田先生に都合の悪いコメントをしても削除されてしまうと私は思うのですが、外山哲さんはどうお考えでしょうか?(正確には、池田批判であっても池田先生が理解できないときは載るでしょうが)。池田先生マンセーなら、ゴミみ
23:777 :

2011/10/26 (Wed) 21:47:00

host:*.bbtec.net


池田信夫の逝かれっぷり10



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           /::::::::/:::::::/:::/::::::/::::::::::::|  l         ____r'´
         /:::::/:::::::/::::::::::::/::::::::::::::|          `7′知ったか振りして何も知らない学問を引用するからよ
     /::::::/::::::::::/:::::::::::::/ :::::::::::/           /
    /:::::/::::/::::/::::::::::::::/ :::::::::::/二`ヽ、  `iヽ 、____/
   /:::::::::/:::/::::::::/::::::::::::彡.:::::::::::/三ミヽ、``=ヽ
   |:::::::::|::/::::::::::::/:::::::/:::/彡:::::∧`ヽ、\三ミr'ヽ、








一知半解ではなく無知蒙昧 2007年12月19日 (水)


以前このブログで、池田信夫氏に「一知半解」という形容を進呈しましたが、それは間違いだったようです。読者の皆様にお詫び申し上げます。正しくは、「無知蒙昧」と云うべきでした。

最近、あちこちに誤爆をしでかして、すっかりトンデモの仲間入りをされたらしい池田氏ですが、何を思ったか、また日本労働史への無知を暴露しているようです。

http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/87a589c70b31090d1f7557c9855d9d2b





『世界の労働』原稿
「雇用の格差と人生の格差」    濱口桂一郎


 「今年の労働経済白書は、就業形態の多様化との関係で所得格差の問題を大きく取り上げ、特に若年層における非正規雇用比率の高まりが職業能力開発機会の格差を通じて将来的な格差拡大につながって行きかねないことに警鐘を鳴らしている。OECDの対日審査報告書でも、所得不平等と貧困の問題に一節を割いて論じている。構造改革路線に対する熱狂の季節が過ぎ、格差拡大に対する懸念が政治的課題としてクローズアップされて来つつあることは、安倍内閣の再チャレンジ政策にも窺える。

 本稿では、非正規労働という形で現れる雇用の格差と、所得格差という形で現れる人生の格差の関係をどう考えたらよいのかという視点から、この問題にアプローチしてみたい。
 
 非正規労働自体は古くからある問題である。また、パートタイム労働者の均等待遇/均衡処遇問題は、1993年のパート労働法制定時からの課題でもある。しかし、近年格差問題との関係で非正規労働が取り上げられる際の問題意識は、これまでのものとはかなり違っている。パート労働問題が、どちらかと言えば男女平等問題や仕事と家庭の両立といった問題意識とつながった形で論じられてきたのに対して、近年の非正規労働問題はなによりも若年フリーター問題であり、とりわけ90年代後半の就職氷河期に正規労働者として就職できなかった年長フリーター世代の問題である。

 この両者の社会学的問題点とそれに対する政策的課題は相当に異なっており、きちんと仕分けした議論が必要である。労働法学の立場からは、ややもすれば、非正規労働に対して均等待遇・均衡処遇の一点張りの議論が多くなりがちであるが、それはかえって政策を混迷させる嫌いがある。
 
 日本でも戦前や戦後のある時期に至るまでは、臨時工と呼ばれる低賃金かつ有期契約の労働者層が多かった。彼らは本工の雇用バッファーとして不況になると雇い止めされ、好況になると再び採用される柔軟な縁辺労働力であった。彼らの待遇は不当なものとして学界や労働運動の関心を惹いた。ところが1950年代後半以降の高度経済成長の中で、労働市場の急激な逼迫に押される形で臨時工の本工登用が急速に進み、この言葉は死語となっていった。しかし、柔軟な縁辺労働力への需要がなくなったわけではない。高度成長期にこれに応える形で急速に拡大していったのが、主として家事に従事していながら家計補助的に就労する主婦労働力としてのパートタイマーであり、主として学校に通って勉強しながら小遣い稼ぎ的に就労する学生労働力としてのアルバイトであった。

 興味深いのは、パートやアルバイトの存在はかつての臨時工のような社会問題とならなかったことである。これは、パートの主婦にせよアルバイト学生にせよ、確かに就労の場所では正社員とは明確に区別された低賃金かつ有期契約の縁辺労働力であるに違いないが、そのことが彼らの社会的な位置づけを決めるものではなかったからであろう。パート主婦はパート労働者として社会の縁辺にいるのではなく、正社員である夫の妻として社会の主流に位置していたのであるし、アルバイト学生にとっての雑役就労は正社員として就職する前の一エピソードに過ぎない。

 この「アルバイト」就労が学校卒業後の時期にはみ出していったのが「フリーター」である。しかし、そのいきさつがバブル期の売り手市場の中であえて正社員として就職することなく、アルバイトで生活していくという新たなライフスタイルとして(一部就職情報誌業界の思惑もあり)もてはやされて拡大していったこともあり、若者の意識の問題として取り上げられるばかりで、かつての臨時工問題と同様の深刻な社会問題としての議論はほとんど見られなかった。

 1990年代半ば以来の不況の中で、企業は新卒採用を急激に絞り込み、多くの若者が就職できないままフリーターとして労働市場にさまよい出るという事態が進行した。地域によっては、高卒正社員就職の機会がほとんど失われてしまったところすらある。フリーター化は、彼らにとっては他に選択肢のないやむを得ない進路であった。ところが、彼らを見る社会の目は依然としてバブル期の「夢見るフリーター」像のままで、フリーター対策も精神論が優勢であった。この認識構図が変わったのは、ほんのここ数年に過ぎない。
 
 家計補助的主婦パートとして特段社会問題視されなかったパートタイマーが労働問題の土俵に乗ってきたのは、一つには男女平等の観点から、家事育児責任を主に負っている女性が家庭と両立できる働き方としてパートタイムを選択せざるを得ないにもかかわらず、そのことを理由として差別的な扱いを受けることが社会的公正に反するのではないかという問題意識からであった。したがって、この問題意識から発する政策課題は何よりも正規労働者との均等待遇ないしそこまで行かなくても均衡処遇をいかに実現するかにあり、その待遇の中味も賃金を中心とする報酬や福利厚生であって、能力開発機会といったことはそれほど重視されなかった。

 パート労働者が正社員の夫の収入を補完する家計補助者である限り、パートの賃金格差問題はそれ自体社会的格差の問題ではなかった。しかし、不況の中で正社員の夫が失業したり、あるいは離婚等によりシングルマザーとなったりした場合、パート労働者の低賃金は直ちにその世帯の低所得として跳ね返ってくる。経済社会的な変動が進行し、パート労働者が家計を維持しなければならない状況がじわじわと拡大してくる中で、パートの差別的待遇問題は単にジェンダー視点から不正であると批判されるにとどまらず、社会階層的視点からも疑義が提起されてくることになる。後述の生活保護との関係がここに姿を現すのである。

 いずれにせよ、現在労働政策審議会雇用均等分科会でパート労働法に現行指針の均衡処遇努力義務を規定しようとする動きが進められているが、これはどうしても主婦パート中心に組み立てられてきたこれまでのパート対策の延長線上のものに過ぎず、同じ非正規労働とはいいながら、求められるフリーター対策とは大きなずれがある。なぜなら、フリーターの最大の問題は現在の低賃金自体ではないからである。
 
 今年の労働経済白書が見事に摘出しているように、若年フリーター層の最大の問題は、彼らが中核的労働者に与えられている職業能力開発機会から排除され、いわばどんなに長く働いても技能が向上せず、より高いレベルの仕事に就いていくことがなく、それゆえに将来的に賃金の上昇が見込めないという点にある。欧米と異なり、労働者の教育訓練が主として企業内で行われる日本では、その企業内訓練から排除されるということは職業キャリアのメインストリームから排除されるということに等しい。

 このまま若年フリーター層が年齢を重ねていけば、やがて技能なき中年フリーター層として社会に堆積し、社会保険資格のないまま老後に突入して膨大な福祉受給者の塊となっていくことになる。既に、90年代前半期にフリーター化した層は30代から40代にさしかかりつつある。彼らが将来の日本社会に落とす影は極めて大きいものがある。彼ら年長フリーター層を職業キャリアのメインストリームに引っ張り込んでくることこそが最大の政策課題であり、そのために公共政策として何ができるかが論じられるべきであろう。

 もちろん、一番望ましいのは企業が彼らを正規労働者として採用し、初めは賃金が低くても企業内訓練を繰り返す中で徐々に技能を向上させ、同年輩の者の後を追いかける形で賃金水準が上がっていくことであろう。しかし、企業の本音はまっさらの新卒者を採用したい、フリーター経験は評価できないというところにあり、労働市場が逼迫しても選別された優秀な一部を除き、なかなか正規労働者として吸収されるには至らないと思われる。では、どういう処方箋が考えられるだろうか。
 
 近年注目を集めている就労形態にいわゆる請負労務がある。マスコミのキャンペーンや行政の偽装請負摘発などもあり、請負の要件を充たしていない偽装請負を合法的な労働者派遣に切り替えていくべきというのが大きな流れであるようである。もとより、労働法制の遵守は重要であり、偽装請負をそのままにしてよいわけではないが、それでは適法な派遣形態にすることによって上述のようなフリーター問題が解決していくのかには疑問が残る。派遣労働者として派遣先が一定の使用者責任を負うことはもちろん望ましいことではあるが、逆にそれによって派遣就労が一定期間経過することで断絶し、技能形成されないまま中年になっていくとしたら、結局将来の所得格差の原因となることに変わりはない。

 日本では、戦後下請の系列化が行われ、企業の生産ラインの一部を外部化するような形で協力会社の請負が整理されたという経緯がある。この方向性がこれからも可能であるならば、現在単なる労働力供給元に過ぎない請負企業を協力会社として系列化し、いわば企業グループとしての一定のキャリアパスを提供していくという道があり得るのではなかろうか。親企業の正規労働者として雇い入れることには躊躇するにしても、会社別人事管理の下で親企業の労働者とは一定の賃金格差を維持しつつ、協力会社の労働者として教育訓練を行い、それなりのキャリアを提供していくというやり方で、相当部分を掬い上げることができるように思われる。

 これは何も現在構内請負形態で就労しているフリーターに限られない。現在直用の非正規労働者として就労しているフリーター層を社会的にメインストリームに乗せていくために、あえて別会社の正規労働者として採用して、一定の労務コスト削減を可能にしつつ、将来的な社会的排除のリスクを少なくしていくというのは、現実的な政策として考慮に値するように思われる。
 
 さて、しかし、非正規労働問題はフリーター問題にとどまらない。かつてはもっぱら主婦の家計補助的就労と見なされてきたパートタイマーが、シングルマザーの増大によって家計を支える労働力としての側面を大きくしてくる中で、パートの低賃金は単親家庭の低所得とそれに伴う社会的排除の原因としてクローズアップされてきている。シングルマザーの増大は欧米先進諸国でも共通の問題であるが、福祉給付の寛大な欧米では、シングルマザーの大部分が生活保護に頼って生活するという実態にある。そして、いったん福祉に頼って生活を始めるとそこから抜け出すのが容易ではなく、それがさらに子どもの世代に引き継がれるという悪循環が見られる。そこで、近年の欧米諸国では、ワークフェアとかメイク・ワーク・ペイといった標語を掲げて、福祉受給者の就労促進に力を入れている。 これに対して日本では、シングルマザーの就業率が世界的に見て極めて高いのが特徴である。上記OECDの対日審査報告書でも、無職のひとり親よりも就労しているひとり親の方が貧困率が高いことを驚きの念とともに記している。生活保護の大部分を食い尽くすアメリカのシングルマザーを見た目からすると、働く方が損になるのに懸命に働いている日本のシングルマザーの健気さは感動的であったのであろう。

 生活保護を受給していい暮らしをするより、低賃金で働いて貧しい暮らしをしようとするこの健気さに報いるためには、日本にもメイク・ワーク・ペイ政策を導入する必要があろう。欧米では働いていない福祉受給者を労働市場に連れてくるための政策であったが、日本では働くシングルマザーたちが苦しさに堪えかねて福祉の世界に行ってしまわないようにするための政策として必要なのである。一般的に同一労働同一賃金政策をとるなどということはもとより不可能であるし、最低賃金の引上げといっても限界がある(とはいえ、地域最低賃金額が単身者への生活保護額をも下回るという現状は、何らかの修正が必要であろう。)ことから考えれば、恐らく対象を限定した何らかの賃金補助によるしかないと思われる。この問題は、シングルマザー本人だけではなく、その子どもの将来の人生の格差に直接につながっていくものであるだけに、全体社会的取り組みが必要と思われる。」

http://homepage3.nifty.com/hamachan/koyounokakusa.html






私の「日本の労務管理」を読んだらしく、


『20世紀初頭までは技能をもつ職人が腕一本で職場を転々とするのが当たり前だった。請負契約を蔑視するのも間違いで、これは産業資本主義時代のイギリスでも19世紀の日本でも「正規雇用」だった。しかし第1次大戦後、重工業化にともなって工程が大きな工場に垂直統合され、職工を常勤の労働者として雇用する契約が一般的になった。いわば資本主義の中に計画経済的な組織としての企業ができたのである。』



というところはなんとか正しい理解をしているのですが、その第一次大戦後に生み出された「臨時工」について、その下のコメントのところで、こういう莫迦なことを云っているのですね。



『>ちなみに、彼の自慢の『世界』論文も、あまりにお粗末な知識に唖然とします』:
http://homepage3.nifty.com/hamachan/koyounokakusa.html




『(日本でも戦前や戦後のある時期に至るまでは、臨時工と呼ばれる低賃金かつ有期契約の労働者層が多かった。[・・・]彼らの待遇は不当なものとして学界や労働運動の関心を惹いた。)
というように、戦前の雇用形態について問題を取り違え、「臨時工」は昔からかわいそうな存在だったと信じている。そんな事実がないことは、たとえば小野旭『日本的雇用慣行と労働市場』のような基本的な文献にも書いてあります。こんな「なんちゃって学者」が公務員に間違った教育をするのは困ったものです。』





をいをい、明治時代と大正後期~昭和初期をごっちゃにするんじゃないよ。

後者の時代における大きな労働問題が臨時工問題であったことは、ちょっとでも社会政策を囓った人間にとっては常識なんですがね。


(尊敬する小野旭先生が『日本的雇用慣行と労働市場』のどこで、昭和初期に臨時工は何ら社会問題でなかったなどと馬鹿げたことをいっているのか、池田氏は小野先生の名誉を傷つけて平気のようです。)


『労働行政史』第一巻の351頁から356頁で、大正末から昭和初期の臨時工問題とこれに対する対策が略述されているので、まずはそれを読みなさいというところですが、私が『季刊労働法』210号に書いた「有期労働契約と雇止めの金銭補償」において、臨時工問題の経緯をやや詳しく書いているので、それを引用します。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/yatoidome.html






>1 戦前の臨時工問題

 さて、有期労働問題は昨今始まった問題ではありません。この問題の歴史は実はかなり古いのです。かつては「臨時工」問題という名で呼ばれていました。臨時工問題がホットなテーマとなったのは今まで2回あります。1回目は戦前の1930年代、2回目は戦後の1950年代です。

 戦前の臨時工問題については、労働事情調査所(矢次一夫)の『臨時工問題の研究』(1935年)が詳しく説明しています。従前から欠員の一時的補充、試傭、繁忙期対策として用いられてきた臨時工がこの時期に急増して社会問題となったのは、解雇手当を回避するためと、低い労働条件でコスト切り下げを図るためであったといいます。「軍需工業も輸出工業の景気もいつまで続くか分からない。いつまでも続けばよいが、或は近いうちに沈滞するかも知れない。その時には解雇問題が起こる。そして現在雇入れてゐる職工を常傭工にして置けば、その時解雇手当を出さなければならない。また面倒な労働争議も起り勝ちだから、その時に備へて、新規採用の職工を試傭期間を超過しても出来るだけ臨時工若くは人夫名義の職工にして置いて、事業家の負ふべき種々の義務から免れようとしてゐるのが最近の臨時工増加の社会的原因」というわけです。しかも、その賃金水準はおおむね常傭工より2割ほど低く、時間外の割増率も低く、健康保険にも加入できず、昇給もなければ福利施設も劣悪でした。

 これに対し労働者は反発しました。1933年9月、三菱航空機名古屋製作所で日雇職工を一切手当を払わずに解雇したのに対し争議を起こし、内務省社会局に対する抗議運動に発展したのです。これは結局予告手当14日分に加え、解雇手当80日分、帰国手当5円(家族1人につきさらに2円)等を支給することで解決したようです。

 一方、大阪の戸畑鋳物木津川工場では、1年7カ月勤務した臨時工が実質的には常傭工だから解雇手当を支払えとの訴訟を起こしています。1935年7月の大阪区裁判決*1は、就業規則上臨時工を除外する旨明確に規定されていなかったことを理由に30日分の解雇手当支給を命じましたが、1936年9月の大阪地裁(控訴審)判決*2は就業規則の解釈ではなく、採用時には臨時工であっても雇傭期間中に実質上本工に転化したとして解雇手当の支給を命じました。

 当時の労働組合もこの問題に対して積極的に対応しています。右派の日本労働組合会議も、左派の日本労働組合全国評議会も、臨時工制度の廃止、臨時工の常用化を要求していました。もっとも、実際には臨時工を常用化することは、常用工を中心とする組合にとっては必ずしも好ましいものではなく、臨時工制度を認めた上でその労働条件を改善しようという傾向が生じていると同書は分析しています。ここまで見てくると、近年の有期労働問題とあまり変わらないようにも感じられます。

 興味深いのは、この問題に対する政府、すなわち内務省社会局の対応方針です。当時の北岡寿逸監督課長は、『法律時報』(第7巻第6号)に載せた「臨時工問題の帰趨」において、「臨時工の待遇は本来よりすれば臨時なるの故を以て賃金を高くすべき筈」なのに、「常用職工より凡ての点に於て待遇の悪いのを常例とする」のは「合理的の理由のないことと曰はなければならない」とし、「最近に於ける臨時工の著しき増加に対して慄然として肌に粟の生ずるを覚える」とまで述べています。





2 戦前の臨時工対策

 では実際の臨時工対策としてどのような措置がとられたのでしょうか。当時は工場法施行令第27条の2によって14日分の解雇予告手当の支給は義務化されていましたが、それを超える解雇手当は事業主の任意に委ねられていたため、基本的には内務省社会局の所管する工場法の解釈通達という形で、臨時工名義による脱法行為を取り締まるという施策が講じられました。

 まず、1930年6月3日付の「定期臨時工に関する件」(収労第85号)は、「期限付雇傭契約と雖も従来の事例作業の状況等の客観的事情より見て期限に至り契約更新せらるるや期限と共に終了するや不明にして期限終了に際して更新せられざる場合には新に其の旨の申渡しを為すことを要するが如きものに就ては斯かる申渡は工場法施行令第27条の2の雇傭契約の解除と同視すべきものにして2週間の予告を為すか或は賃金14日分以上の手当を支給することを要す」と指示しました。

 また、上記三菱航空機争議が発生した直後の1933年11月1日付の「工場法施行令第27条の2の解釈に関する件」は、「同条の雇傭契約なる語は形式上の契約書等に関することなく事実上の使用関係を謂ひ、雇傭契約の解除とは工場主の一方的意思に依り雇傭関係を終了せしめるを謂ふものにして、日々に雇入れの形式を採るもの又は請負人の供給するものと雖も事実上特定せられ且相当継続して使用せらるる場合には事実上期間の定めなき雇傭関係成立したるものと見るべく其の雇入れの停止は事実上契約解除と見ることを要するの義にこれあり」とし、具体的には「30日を超えて継続使用せられたる職工は日々雇入れ又は労務供給の形式に依る場合と雖も施行令第27条の2の適用あるものと解する」としました。

これがおおまかな見取り図です。ちなみに、臨時工問題について「肌に粟の生ずるを覚える」と述べた北岡寿逸監督課長は、その後東京帝国大学経済学部で社会政策を講じますが、池田氏にかかれば彼も「天下り教授。氏ね」の仲間入りなんでしょうね。まあ、北岡氏の前任の河合栄治郎も農商務省で工場監督官補でしたから、池田氏流には『天下り教授。氏ね」か。

ここでさらりと触れた三菱航空機争議については、今年8月にこのブログで詳しく紹介しました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_642c.html
(昭和8年の三菱航空機名古屋製作所争議)


私がこのエントリーで云いたかったことは、



>日本の近代史を考える上で大変重要なのは、それまで争議のたびに悲惨な負け方を繰り返していた労働組合側が、この(リベサヨさんのいうところの)ファッショな時代になると、そう簡単に負けなくなって、いやむしろこの事件のように勝つようになるということです。ここのところを抜きにして、百万言費やしてみたところで、昭和史の本質が分かったとは言ってはいけないんですよ。

ということであり、赤木問題から井上寿一さんが云われていたことを具体的に示そうということだったんですが、昭和史の本質以前に、そもそも労働史が全然判っておらず、明治時代の請負職人の話と昭和初期の本工と臨時工の身分差別が歴然と生じていた時代の区別も付かないような似非学者には高級すぎたようです。

こういう無知蒙昧な手合いが、どこのディプロマミルで手に入れたのか知りませんが、自分の博士号を後生大事に自慢して、




『この天下り「なんちゃって学者」の問題は、学部卒で研究者としての教育を受けていないのに、教授になっていい加減なことを好き放題言っていることだと思います。日本の大学は博士を持った人間だけを雇用するようにすべきです。このようなことは、欧米ではほぼありえないし、そうでないと、学生にも失礼です。』




などとほざいてくれるのですから、呆れてものも言えませんね。まあ、こういうおつむの中味よりも「博士号」という包装紙だけで人間を判断すべきであるという発想が、彼の云うところの「ギルド」的発想であるということは、慧眼な読者の方々は良くお判りでしょう。

なお、うえの季刊労働法論文とかなり重なりますが、最近書いた「労働史の中の非正規労働者」は、組請負時代から現代までこの問題を概観していますので、この問題にまともな関心を持つ方はお読みいただければと思います。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/aomori.html






コメント



こんにちは

ここまでくると池田氏ってなんなのかと思います。
いろいろな博士号を持っている人の知り合いがいますがここまで変な人はいません。いるわけないです。

投稿: 地方に住む人 | 2007年12月19日 (水) 12時01分



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 心理学の分野で修士号を持つ者です。池○氏は内側から壊れはじめてるのかなー、なんて感想を持ちます。おそらく愛情飢餓感が強く、自我の脆い人なのでしょう。それゆえに、全ての労働者をフリーターに!なんて熱く語っておきながら、自分は博士号という権威に知らず知らずにすがっていく。

 また、ノンキャリアに修士が必要ないという発想も、彼が日頃から熱く語っている労働者の生産性の向上と矛盾します。民間企業に限らず官庁においても、新たな課題は会議室でなくて現場で発見されるという意識を共有した組織のパフォーマンスが上がっていくというのは、昨今マネジメントの大きな流れです。キャリア・ノンキャリアに関わらず、現場の労働者・公務員が力を付けていくことは今後必須です。

 池○さんは、知的でエネルギッシュな人です。ただ、愛情飢餓感は着地点を誤らせます。hamachan頑張って下さい。  

投稿: 愛情飢餓感 | 2007年12月19日 (水) 14時14分


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池○さんとはひたすら関わらないようにしておりますので、貴殿の英断に敬服いたしますw

池○さんはブログ&ネット界では古くから「やたら大きな声で珍妙なことを書いてる変な人」として知られ、実社会へ及ぼす悪影響はないってことで、みんな笑って放置してたんですが。。。

ですから、あまりまともに関わらないことが得策です。何をいっても通用する相手ではないし、そもそも個人に対する尊敬の眼差しとか人権感覚のない方なので、分が悪くなってくると口汚く罵倒の言葉を繰り返すだけですから。一応、大学などで教鞭をもたれるようなので、せめて社会人としての節度ぐらいは…と思うんですがね(笑)

投稿: 通りすがりのミーちゃん | 2007年12月19日 (水) 23時30分



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むしろQWERTY配列を巡る稲葉先生と安岡先生の小競り合いを思い出しましたが。

「愛情飢餓感」なんて概念は不要で、なんでも経済学的手法のナイフで切ろうとするのはいいが学問の方法論に疎いので足場を踏み外す、というだけでしょう。

ご当人にしてみればマル経のものまねとアラン・ソーカルを託(かこ)っているんでしょうけどねえ。


投稿: 臆病者 | 2007年12月19日 (水) 23時52分




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一知半解、無知蒙昧

語彙が増えました(爆)


池田先生のブログのコメント欄に書き込みしている池田説信奉者がどんな方達なのか興味があります。

池田先生のご主張はほんの少し前までは結構世間受けしていたんですね。その世論の振幅が正直怖いです。

投稿: NSR初心者 | 2007年12月20日 (木) 00時53分




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 いよいよ彼が本性を露呈しはじめました。

「~貧乏人が努力することなしに彼らが豊かになることはできないという事実だ。」・・・だそうです。


 彼の主張と世論の流れが逆を向いてきたために、孤立への不安が彼を苛立たせ、何を書いたら自分が損をするかという冷静な判断力さえ消えかけているように見えます。


また、「~そのために必要なのは、結果の平等ではなく機会均等である。」・・・だそうです。


 努力の機会が均等なのに結果が不平等なケースってご存じない?

投稿: 本性 | 2007年12月20日 (木) 09時23分



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役所の仕事からあぶれた二流の人間が、自分は学位を持たないのに学位を施すというのはどう考えても無理があると思うが。実務家ということで正当化しているようだが、学問的業績がない人間が学位を出すとはこれいかに?そんなことで院の教員になれるなら労働基準監督署のおっさんでも教授になれるだろうが。ブログで粘着する暇があったら働けよ公務員。

投稿: さとる | 2007年12月20日 (木) 19時52分


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>労働基準監督署のおっさんでも教授になれる

 そもそも、なってはいけない理由は無いだろうに。

 低学歴云々言うのなら、高卒(短大中退)で実作しかしてない安藤忠雄が東大の教授だったのをまず批判したら?

投稿: enceladus | 2007年12月20日 (木) 20時40分



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学問的業績なんてこと言えば、池田信夫の方が怪しいと思うが、、、、。

投稿: ueppi | 2007年12月20日 (木) 20時52分




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労働基準監督署のおさんが大学院で学位を授与してたらおかしいだろ。専門学校で実務教育やるなら別だけどねえ。

安藤?確かに世界の安藤だからね。そりゃ学位はなくても。しかも建築学は実学そのものだからね。世界の安藤と仕事にあぶれた二流官僚といっしょにするなよ。

これが勤めてる大学院そのものの存在も教授陣のいかがわしさ(それ自体雇用対策w)もお話にならんだろ。博士号に価値がないなら、インチキ博士の量産からそもそも手を引けよww

投稿: さとる | 2007年12月20日 (木) 21時08分




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ようやくイナゴさんたちの登場ですな。

しかし、池田氏にせよ、イナゴさんたちにせよ、自分で勝手に私の「世界」論文に噛み付いておいて、しかも小野旭先生の本に書いてあるなどと嘘っぱちを並べて、その間違いを指摘されると上で指摘した労働史上の問題には一言も触れられず、人の学歴を笑いものにすることしかできないところが情けない。

上のイナゴたちの文章をよく読んでください。ある種の性格が良く出ているでしょう。労働基準監督官を笑いものにして喜んでいるこの連中の底意地の悪さがにじみ出ています。私は労働基準監督官では残念ながらありませんが(一時監督課長はやりましたが)、どこぞの学術博士よりも、優秀な監督官の方がよっぽど労働問題の本質はつかんでいると思います。

学問の本質は博士号にのみ在ると心得ている人々なのでしょう。ディプロマミルが流行る所以ですね。

投稿: hamachan | 2007年12月20日 (木) 23時03分




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労働基準監督官のほうが池田信夫氏より世の中の役に立っている。

博士でこんな変な人見たことがない。

投稿: 地方に住む人 | 2007年12月21日 (金) 06時16分


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これだけ完膚無きまでに論破されても、蛙の面にションベンほどにも感じないのか、この期に及んで3法則氏、なお同じことをだらだらと書いていますな。

もっとも、さすがに小野旭先生の本に全然書いてもいないことを、あたかも書いてあるかのごとく捏造したところは知らんぷりして済ませているようです。まあ、その程度の常識のかけらはあるんでしょうね。

言ってる中身が歴史的事実に反するくらいはまだ見解の相違でごまかせますが、労働経済学の大家が言ってもいないことを言ってるかのごとく虚偽を振りまくという所業は、研究者としての最低限の知的誠実さに欠けるということですから、同じ労働経済学者からみれば、研究者としての資格のない人間としか言いようがないでしょう。。

いかに政策メディア博士とはいえ、慶應義塾が付与した博士号ですからね、清家先生。

投稿: hamachan | 2009年5月 4日 (月) 21時48分


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話は変わって池田氏って誰かに似てるなと思えば、スポーツフィクションライター(笑)と失笑されている金子達仁とそっくりだなと思います。

二人とも「真実への侮蔑」を平然とやらかすし、無節操に多くのジャンルに首を突っ込みあたがるし、とどめに自身が自慢げに主張する事が逆の事態を招くという点が正に瓜二つだと思う訳です。

もし池田氏から明確に何か学べる点があるとすれば、「自らの姿を見失った者は、はなはだしく醜悪と化す」という点に尽きるという点でしょうか。

反目教師という意味では、池田氏からは多くの事を学べる貴重な存在な訳で、その辺大いに評価されるべきと思う次第です。(笑)

投稿: ふみたけ | 2009年5月 6日 (水) 13時34分



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問題はあくまでも、

>言ってる中身が歴史的事実に反するくらいはまだ見解の相違でごまかせますが、労働経済学の大家が言ってもいないことを言ってるかのごとく虚偽を振りまくという所業は、研究者としての最低限の知的誠実さに欠けるということですから、同じ労働経済学者からみれば、研究者としての資格のない人間としか言いようがないでしょう。。

というところにあるわけで、そのような下劣な人物に、「オレ様は博士だぞ、えらいだろ」と言わせるような原因をつくったことに、慶應義塾関係者としてなにがしかの意識をもっていただければそれでいいのです。


ちなみに、その近辺に同じように第3法則剥き出しの無恥で卑劣で傲慢な人物がいますが、だからといってその出身でとやかく言うつもりはありません。ただ、そんな人物を世間に出荷してしまったことになにがしかの意識を持っていただければというだけです。

投稿: hamachan | 2010年8月20日 (金) 20時40分

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_c013.html











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 な.     /:l::::!::::ヽ!::ヽ:::::::ヽ:::::::\:::ヽ、::::::::ヽ:::ヽ::::::::!::i:::::::!  だ 
 ん   ハ:::l:::::、::::ヽ::::\:::::\:::::::\:::`ヽ、:::ヽ::ヽ:::::!:::!:::::l
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        / ^ヽ  ヾ!  ヽ _,,、'´    /  j/











池田信夫氏と信者たちの麗しき世界 2007年12月20日 (木)


依然としてご自分のブログで役所と労組を口汚く罵り、それにカルト信者たちが唱和するという麗しき世界のようですが、論点自体はスルーということのようですな。まあ、歴然と間違っているんだから、如何ともしがたいでしょう。あとは形容詞の激烈さで勝負、と。

しかし、女工哀史や富岡日記が出てきましたな。今度は山形浩生さんや田中秀臣さんと共闘ですか。またぞろ明治初期と大正期の取り違えで恥をかくだけなんですが。知ってるのがそれだけだからって。やみくもに出すものじゃありません。本当に、日本労働史を勉強し直した方がいいですよ。

この辺は次を参照のこと :




第4章 特定の諸問題 第2節 女性労働者と男女差別
 
 
 今までお話ししてきた日本の労務管理の仕組みは、主として重工業の男性労働者を対象とするものです。しかし、産業化初期から戦争直前に至るまで、日本の雇用労働者の半数以上は女性でしたし、現在もまた労働力の女性化が進みつつあります。女性労働者に対する労務管理を抜きにして日本の労務管理を語ることはできません。しかし、日本型雇用システムが確立するまでの、主として繊維工業を中心とする女性労働と、日本型雇用システムが確立した後の、主として事務作業を中心とする女性労働とでは、その意味合いが全く異なっています。また、近年の女性労働を考える上では、前回お話しした非正規労働者としての就労形態が重要な意味を持ちます。

 いずれにしても、女性労働者は正規労働者であっても、企業へのメンバーシップを中核概念とする日本型雇用システムの中では異分子的な存在であり続けました。逆にいえば、女性労働者の視点から日本型雇用システムを見ることで、その意味合いをよく理解することができます。


 
1 繊維工業の女工
 
 明治期から大正期にかけて、日本の労働者の過半は繊維工業の女工でした。その出発点に位置するのが、1872年に開業した官営富岡製糸工場です。当時の女工たちは誇り高い士族の子女で、十代半ばの若さながら、その賃金は校長並みで、食事や住居など福利厚生も手厚く、まさにエリート女工でした。その一人であった松代区長の娘横田(和田)英の『富岡日記』には、その誇りがよく出ています。

 やがて日本各地に彼女らを教婦として民間の製糸工場が続々と開かれていきますが、なお女工は良家の子女であり、通勤女工が主で、地域のエリートとして誇りを持って働いていたのです。ところが製糸工業が急激に発展し労働力需要が激増するとともに、1870年代末には女工の出身は主として農村や都市の貧しい平民層に移行し、生家の家計を助けるために口減らしとして労働力を売る出稼ぎ女工が主になりました。

 一方、近代的な紡績工場も幕末から創業が始まり、初期には士族の子女が紋付きを着て工場の門を出入りするような状態でしたが、やはり業種の急拡大とともに農村や都市の貧民層が主たる労働供給源となっていき、それとともに遠方から募集した女工を寄宿舎に収容するのが一般的になっていきました。

 当時の企業にとって最大の問題は女工の募集難でした。そのために悪辣な募集人を使い、おいしいものが食べられる、きれいな着物が着られるなどと言葉巧みに十代の少女を誘惑して工場に連れてくるといったやり方が横行し、時には誘拐という手段も用いられました。その実情は、農商務省の『職工事情』に生々しく描かれています。このような弊害に対処するため、この頃から都道府県レベルで募集人の取締りが行われるようになりました。これは後に国レベルの規制に格上げされます。

 一方、工場の中の労働条件も、富岡時代とはうってかわって長時間深夜労働と低賃金に彩られていきます。高価な機械を使うことから昼夜フル操業が要請され、そのために昼夜交替制の12時間労働で、休憩時間は食事時間15分ずつといった有様でした。女工たちは家計補助のための就労ということで、女工一人の生活を維持する程度の低賃金でしたし、工場や寄宿舎は不衛生で、多くの女工が結核等に感染し、死亡するものも多かったようです。こういう状況に対して女工たちがとったのは逃亡という手段でしたが、これに対しても企業側は、逃走を図ったといった理由で、殴打、監禁、裸体引き回しといった懲罰を加えていました。

 この状況についても上記『職工事情』に詳しく描かれていますが、政府は主としてこの女工の労働条件改善対策として、工場法の制定を図ります。繊維産業界の猛烈な反対の中で立案から30年かかりましたが、同法は1911年に制定され、1916年から施行されました。これは女子と年少者について深夜業を禁止するとともに労働時間を12時間に制限したものです。もっとも、企業側の反対で、施行後15年間は、交替制の場合は深夜業が可能と骨抜きにされました。

 一方、企業側もいつまでもこのような原生的労働関係に安住せず、募集よりも保護・育成に力を注いで、女工の定着を図る施策を講ずるところが出てきます。鐘ヶ淵紡績(鐘紡)をはじめとして1890年代から義務貯金制度が始まりますが、これは逃亡すると没収されるので移動防止策として用いられました。鐘紡は、女工に対する福利厚生の手厚いことで有名です。特に寄宿舎に教育係を置き、国語算数に加え裁縫などを教えました。

 労務管理史上重要なのは、繊維工業では重工業や鉱山と異なり、親方職工による間接管理ではなかったという点です。作業管理も生活管理も企業の直轄で、賃金制度は個人ベースの出来高給です。しかし、上で見たように大部分は使い捨ての労働力であって、企業のメンバーシップがあったわけでもありません。とはいえ、彼女ら主に未婚の女工たちがジョブに基づく労働市場を形成していたとは言えないでしょう。出身家族へのメンバーシップに基づき、家計補助のために就労するというのがその社会的位置であったと思われます。

 鐘紡を先駆者として、大企業は次第に福利厚生や教育訓練を充実していきます。年少の女工が対象であるだけに、これはまさに使用者の温情主義として現れることになります。工場法制定に反対する企業側はこの温情主義を根拠としたのです。鐘紡の武藤山治は、これを「大家族主義」と呼び、1919年のILO総会に出席して、いかに職工を優遇しているかを説明しています。

 なお、有名な『女工哀史』は、東京モスリンの職工だった細井和喜蔵が1925年に書いたもので、職工事情に見られるような原生的労働関係が経験に基づいて描写されているとともに、上記温情主義施設に対する社会主義的立場からの批判も見られます。しかし、この頃にはかつてのような悪辣な募集と逃亡のいたちごっこは影を潜め、特定地域からの固定的な採用と結婚退職までの定着化が進んでいました。また教育内容は花嫁修行化していきます。さらに、この温情主義の流れから、例えば倉敷紡績の大原孫三郎のように、労務管理の科学的研究が始められたことも重要です。 



 
2 女事務員
 
 ホワイトカラー職員の世界では、明治期から女性が徐々に進出していましたが、第一次大戦後大きく増加し「職業婦人」と呼ばれて注目されました。彼女らは出身階層も高く、学歴も高等女学校卒業が多く、職工よりも高く位置づけられていました。女工には縁のないデパートでのショッピングも、彼女ら女事務員には親しいものでした。もっとも、職場の仕事は男性職員の補助的なものが多く、結婚までの若年短期型就労であることに変わりはありません。

 そのため、1930年代には「婚期を逸することのないよう」、わざわざ女性の定年を25歳や30歳に引き下げる企業が続出しました。これが女子若年定年制の始まりです。もっとも、これは年功賃金制が確立してきた大企業において、女事務員をいつまでも雇用していると補助的な仕事に釣り合わない高給を払わなければならなくなるために、導入したという面もあるでしょう。

 1936年の退職積立金及退職手当法は退職手当の支給を義務化しましたが、その際、「女子労働者が結婚するとき」は労働者が退職を申し出た場合であっても自己都合退職とはしないこととされました。これは結婚退職制を規範として認めたものですが、興味深いのは経営者側が「退職奨励になる」と反対しているのに対し、全日本労働総同盟婦人部をはじめとする女性側が「家族制度の維持」を理由に賛成していることです。女性の主たるメンバーシップは家庭にあるという意識は女性の間でも強いものがありました。




 
3 戦時体制と女性の職場進出
 
 戦時体制に向かうにつれ、日本の産業は重化学工業にシフトしていき、これに伴い労働者の性別構成もそれまでの女性が多数を占める状態から男性が多数を占めるようになりました。しかし、戦争が進行するにつれ多くの成人男性が兵士として戦場に送り込まれるようになり、これを補うために女性の職場進出が国策として推進されるようになりました。

 1939年から国家総動員法に基づき毎年労務動員計画が策定実施されましたが、そこでは新規労務給源として、女学校、女子青年団その他の婦人団体と協力して女子就労者希望者を開拓し、労力資源の確保に努めることとされています。1941年の国民勤労報国協力令は、14歳~39歳の男子とともに、14歳~24歳の未婚の女子についても国民勤労報国隊に参加し、1年30日以内の総動員業務への協力を義務づけました。

 労務動員計画は1942年から国民動員計画と改称され、その中で「わが国の家庭制度や女子の特性を勘案しつつ」女子の勤労動員を進めるべきこととし、特に「書記的または軽易な業務等、女子で代替するのが適当なものについては男子の就業を禁止または制限」することとしています。これを法制化したのが1943年の労務調整令改正で、一定業務における男子の就業が禁止制限されました。対象は事務補助者、現金出納係、店員売子、外交員、集金人、出改札係、車掌など17職種です。これにより、ホワイトカラー職場への女性の進出が加速されました。

 戦局が進行すると、女子勤労動員はさらにブルーカラー職場にまで拡大されました。1943年の「女子勤労動員の促進に関する件」は、14歳以上の未婚の女子を対象に、女子勤労挺身隊を結成させ、航空機工場をはじめとする作業場への自主的な出動を図りました。翌1944年には女子挺身隊への加入が強制化され、女子挺身勤労令が制定されたのです。これまで女性がほとんどいなかった職場に大量の女性が送り込まれてくるわけですから、政府は女子挺身隊受入側措置要綱を策定して受入態勢の整備を図りました。

 こういった戦時女子労務動員は終戦時には300万人に達し、この時期の就労経験が戦後の女性の意識に何らかの影響を及ぼしていると思われます。





 
4 戦後改革と女性労働
 
 今まで繰り返し、戦後労働運動は戦時体制下で作られたシステムを再確立したと述べてきました。しかしながら、女性労働のモデルについては話はやや複雑です。戦時下の長期雇用システムや年齢に応じた生活給の論理は、女性を家庭のメンバーシップ中心に考えるものであったからです。実際、戦後の急進的な労働運動は、1946年の電産型賃金体系に見られるように、本人の年齢と扶養家族数に応じて生活保障給を定めるという方向に進み、同一労働同一賃金原則に対しては極めて否定的な姿勢をとっていきます。

 しかし、戦時中の女性の職場進出の影響は大きく、多くの労働組合には婦人部が作られ、活発に活動しました。当時の女性労働モデルは、戦前と同様に基本的には結婚までの若年短期就労型であったと思われますが、その限りにおいては男性と対等の地位を享受するものと考えられていたようです。しかし、戦争未亡人も数多く、既婚女性の就労も多く見られました。

 労働分野に限らず、女性の地位向上は民主化の一環として占領軍の重要な政策課題であり、このため1947年に新設された労働省には婦人少年局が設置され、その局長には戦前社会主義者として活躍した山川菊栄が就任しました。同局は女性の地位向上に向けてさまざまな周知活動を行いました。法制面では、労働基準法によりホワイトカラー職場の女性労働者にも労働時間等の保護規定が適用されるようになりました。




 
5 OL型女性労働モデルの確立
 
 1950年代以降、経営側のイニシアティブで日本型雇用システムが再度修正されていくことになりますが、その中で女性労働のモデルは結婚までの短期的メンバーシップとして純粋化していきます。つまり、男性正規労働者が採用から定年退職までの長期間のメンバーシップを持つのに対して、女性正規労働者は採用から結婚退職までの短期間のメンバーシップを持つわけです。場合によっては、女性労働者は男性労働者の結婚候補者的存在でもありました。こういった事務職場の補助業務を中心とする女性労働モデルを、高度成長期まではビジネス・ガール(BG)、その後はオフィス・レディ(OL)と呼ぶことが普通です。

 男性労働者が長期勤続を前提にして、手厚い教育訓練を受け、配置転換を繰り返していくのに対して、短期勤続が前提の女性労働者はそういった雇用管理からは排除されています。しかし、短期勤続である限り正規労働者としてのメリットは十分享受できる仕組みになっており、それを男女差別と捉える考え方はほとんど見られませんでした。むしろ、家庭において妻が夫を支えるように、会社でも女性社員が男性社員を支えるのだという認識が一般的だったようです。女性の家庭へのメンバーシップになぞらえる形で企業へのメンバーシップを構築したと言えましょう。

 短期勤続が前提とはいえ、ある程度の期間は勤続して貰わなければ、事務補助業務といえども円滑に回りません。そのため、結婚適齢期まである程度の勤続が見込まれる高卒女性がもっぱらその対象となりました。これはやがて学歴水準の上昇とともに短大卒に移行していきますが、4年制大学卒の女性は長らく排除されていました。これは、短期勤続を前提にすることは困難であるが、とはいえ長期勤続を前提とした男性正規労働者並みの処遇をすることも考えられないという状況を反映しています。




 
6 パートタイマー
 
 前回お話ししたように、高度成長期に入って急激に減少していった臨時工の穴を埋めたのは、パートタイマーと呼ばれる主として家庭の主婦からなる労働者層でした。彼女らは、学校卒業後結婚退職するまで短期間正規労働者として就労した後、出産、育児に専念し、ようやく子育てが一段落した頃に労働市場に復帰してきた女性たちです。

 詳しくは前回お話ししたとおりですが、彼女らは自らをまず何よりも家庭の主婦として位置づけ、その役割の範囲内で家計補助的に就労するという意識が中心でしたから、職場における正規労働者との差別待遇が直接問題化することはありませんでした。

 パートタイマーの問題が政策課題として論じられるようになるのは1980年代になってからであり、それが法律として現実化してくるのは1990年代、通常の労働者との均衡処遇が具体的な労務管理課題とされるようになるのは2000年代になってからです。


 


7 男女平等法制と労務管理へのインパクト
 
 上述のようなOL型女性労働モデルは、高度成長期に僅かながら揺らぎます。それは少数とはいえ長期勤続して働いてきた女性労働者が、結婚退職制や男女別定年制の正当性を裁判に訴えることで始まりました。この思想がようやく裁判例に達したのが1966年12月の住友セメント事件で、結婚退職制を民法90条違反で無効としました。男女別定年制については、1969年7月の東急機関工業事件(男性55歳、女性30歳)以来様々な裁判例が出されましたが、1981年3月の日産自動車事件(男性55歳、女性50歳)最高裁判決で最終的に決着がつけられました。そして、1985年の男女雇用機会均等法(いわゆる努力義務法)において、定年、退職、解雇についての女性差別とともに、結婚、妊娠、出産を退職理由とすることも明示的に禁止されました。

 このいわゆる努力義務法は、募集・採用、配置・昇進、教育訓練、福利厚生など広範な労務管理分野において、男女均等待遇を努力義務にとどめました。これは、女性労働に対する社会通念や就労の実態を考えれば、いきなり男女均等待遇を法的に義務づけることは不可能だという現実的判断に基づくものと言えますが、努力義務とはいえ法律上に男女平等が明記された以上、それは企業の労務管理実務に大きな影響を及ぼしました。

 大企業を中心として、男女均等法に対応すべく導入されたのがコース別雇用管理といわれるものです。これは通常、「総合職」と呼ばれる基幹的な業務に従事する「職種」と、「一般職」と呼ばれる補助的な業務に従事する「職種」を区分し、それぞれに対応する人事制度を用意するというものです。「職種」と言っても、いかなる意味でもジョブとは関係がなく、要はそれまでの男性正規労働者の働き方と女性正規労働者の働き方をコースとして明確化したものに過ぎません。ただ、女性でも総合職になれるし、男性が一般職になることも(実際にはほとんどありませんが)あり得るという仕組みにすることで、男女平等法制に対応した人事制度という形を整えたわけです。

 実際には、総合職の条件として転勤に応じられることといった条件が付けられることが多く、家庭責任を負った既婚女性にとってはこれに応えることは困難でした。もちろん、頻繁な配置転換が日本型雇用システムの重要な要素であることは確かですから、転勤要件自体が必ずしも不合理というわけではありません。しかし、やや皮肉な言い方をすれば、女性を総合職にしないために、企業がわざわざ転勤要件を要求したという面も見られるよ
24:管理人 :

2011/10/26 (Wed) 23:16:34

host:65.49.14.82

管理人は特別な設定をしていませんが、Fc2側の設定で、長文の場合自動的に途中で省略されてしまうようです。
長文の投稿は分割して下さい。

それ以外にもFc2側が禁止ワードを設定しており、それが含まれていると投稿できません。何がFc2が設定している禁止ワードかは公開されていません。
25:管理人 :

2011/10/26 (Wed) 23:48:07

host:65.49.14.79
うです。

 その後、1997年には男女均等法が改正され、募集・採用、配置・昇進等も努力義務ではなく法的義務となりましたが、女性であることを理由とした差別でなければ禁止の対象とはならず、コース別雇用管理の問題は残りました。2003年改正では間接差別という形でこの問題にアプローチされ、総合職における全国転勤要件や昇進における転勤要件に正当性が求められることになりました。

 これより先、既に企業の方も女性の活用の観点から、地域限定の総合職といった形で、転勤を要求することなく基幹的業務に積極的に就かせる傾向も出てきています。この背景には、女性の大学進学率が急上昇し、その能力活用が社会的にも重要な課題になってきたことがあります。また、これとともに、女性も男性も含め、職業生活と家庭生活の両立を図るべきという考え方が徐々に浸透してきたこともあります。この考え方の展開については次回お話ししましょう。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/joseirodosha.html




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コメント


話が全く噛み合っていません。

投稿: hamanako | 2007年12月21日 (金) 00時32分



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噛み合うも何も・・・。

池田氏は私の論文の中の政策的なところには一言も触れていないのですから、普通の議論の意味において「噛み合う」はずがありません。

切り込み隊長さんも、そこのところがわかっておられないようで、

http://kirik.tea-nifty.com/diary/2007/12/post_e50a.html


>何度か、濱口氏と池田氏の議論を読んだけど、何か噛み合ってない気がする… その方面のことは良く分からないからぐちゃぐちゃになってるとしか言いようがないが。

政策的な論点が噛み合うような話ではないのです。彼は私の政策論に文句をつけたのではない。あたかもそうであるかのように天下り云々とごまかしていますが、要は、戦前から戦後にかけての時期に臨時工が差別された存在であった(と同時代的に認識されていた)という事実を、彼が小野先生の著書に書いてあるなどとでっち上げをして否定したということが唯一の論点なのであってね。端的に「事実問題」なのですから、反論したければそこを実証すればいいだけのこと。それができないで悪罵を投げつけていることをとらまえて「噛み合っていない」と云われたのでは、まともな議論をする人はいなくなりますよ。

この事実関係について彼がきちんと謝罪(とりわけ小野先生の云ってもないことを云ったとウソをまき散らした点について)をするのであれば、『世界』論文で私が論じた労働時間やら請負と派遣やら解雇規制やら、いくらでも議論してあげていいんですよ。

投稿: hamachan | 2007年12月21日 (金) 16時49分


http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_4fd0.html










池田信夫氏の「書評」 2009年8月30日 (日)


捏造を批判されて逆上したのか、急いで拙著の「書評」をアップしたようですね。

http://www003.upp.so-net.ne.jp/ikeda/hamaguchi.HTML


ただ、「読んではいけない」という理由が、

「俺も同じことを言っていたんだぞ」

ということと、わたくしの属している組織への攻撃だけというのは、いささか悲しいところがあります。



もう少し、「こいつのこういう政策論はこのように間違っている」といった正々堂々たる正面攻撃があるかと思っていたのですが、拍子抜けというところです。

属性攻撃でもって中身の批判に代えるというのは池田氏の毎度おなじみのやり口ですので、まあ、リンク先の文章をじっくり鑑賞してもらうことにして、もう一点の

「俺も同じことを言っていたんだぞ」

について。



これは、労使関係史研究者の金子良事さんの批判がもっとも適切です。拙著の序章で示している認識枠組みは、労働研究者の中ではごく普通に共有されているものの一種であって、たかが10年前に池田氏が博士論文を書いて始めて提示したようなものではありません。

http://ryojikaneko.blog78.fc2blog.us/blog-entry-44.html




『日本的経営論、日本的賃金論にある程度、親しんだ人ならば、欧米=契約、日本=所属という対立構造は受け入れやすいものなのかもしれない。実は、濱口さんの『新しい労働社会』の序章で雇用契約を欧米=職務、日本=メンバーシップと捉えているのもこのアナロジーとみてよい。言ってみれば、これは戦後数十年にわたって議論されてきたことを素直に継承したら、このような議論になるというような典型例なのである。』



金子さんへのリプライでも述べましたが、わたくしの場合、その原型は孫田良平さんや田中博秀さんといった労働省出身の官庁エコノミストから得たものです。この辺については、金子さんへの応答の一環として、そのうちきちんと彼らの著作を引用しながら示したいと思っています。

いずれにしても、金子さんの感想ではありませんが、

http://ryojikaneko.blog78.fc2blog.us/blog-date-20090809.html




『ここ数週間、濱口さんのブログで、御自身が一生懸命、探して紹介している(本当の意味でインタラクティブ!)『新しい労働社会』の書評を楽しみに読んでいると、彼のメンバーシップの議論に蒙を啓かれたという人が結構、いるらしいことが分かった。』



金子さんから見れば、序章で言っていることはもう昔から労働研究者の間では共有されている今更の話であって、論ずべきは第1章から(とりわけ)第4章で論じられている政策論の是非なわけですが、その今更の論をたった10年前の自分の博士論文を盾に

「今後、著者が「メンバーシップ」について言及するときは、拙著を必ず参照していただきたい」

と言える神経も不思議なものでしょう。

まあ、この「読んではいけない」のどこにも、わたくしの具体的な政策論のどこがどのようにけしからんのか、片言隻句の記述もないということが、すべてを物語っているように思われます。

書評は書評の対象となった書物について語るよりもより多く書評氏自身の人間性を明らかにするものですが、この「書評」ほどそれに当てはまる指標も、ちょっとほかに思い浮かびません。




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コメント


ちょっと補足します。

メンバーシップと職務の比較は労働研究まわりの人だけかもしれませんが、メンバーシップ論の共有については、労働研究者というより、もうちょっと広い範囲の人を想定していました。具体的には1990年代以前の経営学(ジャーナリスティックな話も含めて)をかじった人を考えていました。ちなみに、昔(1950年代から60年代)、産業社会学は人間関係学派を介して経営学ともファミリーでしたので、そこも含めていいのかな。何れにせよ、そのあたりの人たちにとってもこの議論はファミリアだという話です。

それから、私が第4章を取り上げたのは、多分、それが私の役割だろうと勝手に考えたからで、もっとも大事なことかどうかは分かりません。個人的には一番大事なのは「生命を守る」という基本的な価値観をはっきりさせるようという提言だと思ってます。これは動かしがたいですね。現実には法律の運用は大事ですが、問題の性質からいえば労基法以前の話です。もちろん、仕事に命を賭ける(賭けさせられるではなくて)という生き方にどの程度、他人が介入できるのかという難しい問題はありますが、そんな各論を議論する前に、とりあえずは誰もがちゃんと頭に入れておくべき考え方だと思います。

投稿: 金子良事 | 2009年8月30日 (日) 13時17分


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そうですね。経営学方面の方々も含めて「労働研究者の間で共有」と言ったつもりでした。

一つ裏話をしますと、今回の新書、私の最初の企画案では序章はなかったんです。労働時間、非正規労働、セーフティネット、労働組合という4つの政策論だけで構成するつもりだったんですが、岩波書店の担当者の方が、一般の読者向けに序章に当たるところを入れた方がいいと強く勧められたのです。

さまざまな批評を読んでいくと、結果的に、それは「当たった」ことになります。

金子さんにとっては「今更」でも、一般の読者の方々にとってはあながち「今更」ではないんですよ。


投稿: hamachan | 2009年8月30日 (日) 14時39分

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「今更」という風には思ってませんよ(笑)。

内容というか根幹は伝統的でも、語り口は新鮮でした。それは魅力でもありますが、ひょっとしたら、問題でもあるかもしれませんね。

たしか、ヴァレリーの名言に、哲学とは出来れば知りたいと思っていることを知っていることで説明するものだ、という趣旨のものがあったと思うのですが、それとちょっと似てる現象です。私はインテリ層を立派だと思いませんので、あまり意識が高い読者層というのは嫌なんですが、岩波新書の読者層がそういうものであるならば、おそらく、日本的経営論はご存知だろう、と。だから、新しい話?いやいや、知っている話じゃないですか、と語りかけてみたのです。多分、皆さんもある程度の知識を前提にして読んだからこそ、ああそうか、と思われたんだと推測しています。研究者も含めて、本当に新しい内容の議論をすぐに理解できる人はきわめて少数ですしね。

とはいえ、分からないと読む人は付いていけないので、出版戦略はズバリ、お見事だと思います。実際に効用も多いと思います。ただ、その一方で、古い皮袋に新しい酒を入れない、というごとく、こういう枠組みだと、医療・介護関係者の労働問題には拡張していきにくいですね。生命が大事、という線だったら、そこまですんなり拡張できたと思います(非資本主義セクターへの拡張)。経営学では徐々に非営利組織への関心が高まりつつありますが、労働研究も同じ道を辿る必要がありそうです。

投稿: 金子良事 | 2009年8月30日 (日) 15時33分



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社会学では一般的な議論だと思います。ドーア先生も類似の議論をしています。大事なのは、それを体系的に展開したかどうか、また今後、それが多くの研究者に受け入れられるかどうかです。

投稿: 博樹 | 2009年8月31日 (月) 09時35分


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佐藤博樹先生のおっしゃるように、労働問題は経済学者、経営学者、社会学者、人類学者等々々の十字路で、少しずつ違うディシプリンから同じようなアプローチがされていると感じます。

私はそのいずれでもないので、政策論に必要な限りでざっくりとまとめてみることができるのかな、と。

もともとこの序章は、政策研究大学院で外国からの留学生に教えるために作った講義メモがもとなので、ざっくりしすぎているのは判っているのですが。

投稿: hamachan | 2009年8月31日 (月) 10時55分




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池田信夫氏の「書評」

厚生労働省の家父長主義を解説したパンフレット
濱口桂一郎『新しい労働社会』 岩波新書


『岩波書店といえば、この反書評の常連だ。かつては日本の文化を担っていた出版社が、1970年あたりで時計が止まり、社民党御用達の泡沫出版社になってしまったのは、日本の文化のためにも惜しむべきことだ。本書も、規制によって労働者を「保護」する厚生労働省の家父長的な労働行政を厚労省の官僚に解説させたもので、本というより役所のパンフレットに近い。

著者は日本の雇用関係が「メンバーシップ」にもとづいているという大発見を最近したそうだが、そういう議論は経済学では昔からある。日本では少なくとも私が1997年に書いた本の第5章で、Hart-Mooreに代表される所有権(ownership)によるガバナンスに対して、Krepsなどの評判によるガバナンスを会員権(membership)という言葉で紹介し、第6章「メンバーシップの構造」でそのインセンティブ構造を論じている。

著者はこのメンバーシップ(長期的関係)がなぜ成立したかというメカニズムを説明していないが、これはゲーム理論でおなじみのフォーク定理で説明できる。彼が「日本の雇用の特殊性」として論じている問題は、気の毒だが、20年以上前に経済学の「日本型企業システム」についての研究で論じ尽くされたことなのだ。先行研究があるときは、それを引用するのが学問の世界のルールだ。新書はかまわないが、今後、著者が「メンバーシップ」について言及するときは、拙著を必ず参照していただきたい。

また著者は、このメンバーシップが「日本の労使関係の特質」だとして、それを前提に議論を進めているが、いま日本で起こっている問題の本質は、このようなメンバーシップを支えてきた成長によるレントの維持が困難になってきたという変化だ。それがなぜ生じたかは、日本で長期的関係が発達したメカニズムを分析しないと理解できないが、スミスもケインズも読んだことがない著者にそれが理解できないのはやむをえない。

他は欧州の労働市場などの紹介で、特に独創的な見解が書かれているわけでもないが、「ネオリベ」に対する敵意だけはよくわかる。結論は「ステークホルダーの合意が大事だ」ということだそうだが、これは「みんな仲よくしよう」といっているだけで、何も内容がない。企業の所有権をもたない労働組合が強いステークホルダーになって効率的な意思決定を阻害し、欧州企業の競争力を弱めている、というのが最近の経済学の実証研究の結論だ。

著者は厚労省から政策研究大学院大学に派遣されて「なんちゃって教授」をしばらくやっていたが、最近は「労働政策研究・研修機構」という独法に戻ったようだ。そこに勤務していた若林亜紀氏の『公務員の異常な世界』によれば、研究員が足りないと事務員を「昇格」させて埋め、彼女がまじめに研究して本省に都合の悪い結論を出したら、報告書を握りつぶす所だそうだ。無駄な組織には、無駄な人物が棲息しているわけだ。この独法は、行革で何度も廃止の対象にあげられながら労組の反対で生き延びてきたが、「聖域なき無駄の削減」をとなえる民主党政権はどうするのだろうか。』




この中でかろうじて「書評」の名に値するのは、「メンバーシップ」論に対する


「俺も10年前に博士論文に書いていたんだぞ」

というところだけであり、実はその点については、池田氏に限らず、労使関係論の世界では昔から言われていることですね、と上のエントリの本文で述べています。

ほかのどの論点でも過去の先行研究を挙げるなどということはしていない一般向けの新書版ですから、いささか難癖の嫌いはあるといえ、その点については池田氏の指摘を私は認めています。しかし、「書評」の名に値するのはそこまでです。


それ以上に、


「岩波書店といえば、この反書評の常連だ。かつては日本の文化を担っていた出版社が、1970年あたりで時計が止まり、社民党御用達の泡沫出版社になってしまった」

だの

「規制によって労働者を「保護」する厚生労働省の家父長的な労働行政を厚労省の官僚に解説させたもので、本というより役所のパンフレットに近い」

だの

「著者は厚労省から政策研究大学院大学に派遣されて「なんちゃって教授」をしばらくやっていたが、最近は「労働政策研究・研修機構」という独法に戻ったようだ」

だの

「無駄な組織には、無駄な人物が棲息しているわけだ。この独法は、行革で何度も廃止の対象にあげられながら労組の反対で生き延びてきたが、「聖域なき無駄の削減」をとなえる民主党政権はどうするのだろうか」



といった単なる悪罵の連続に対してまともに対応する必要はないというのが私の判断であり、 同次元の「書評」を書く気にはなれないというのが正直なところです。


池田氏の「書評」なるものは、拙著の政策提言の何一つとして一言一句たりともコメントしていません。ホワエグ論でも休息期間規制でも、請負と派遣の話でも偽装有期の規制でも、教育費や住宅費の問題でも、集団的労使関係の話でも、何一つとして論じようとはしていません。それが歴然たる事実です。

投稿: hamachan | 2009年10月24日 (土) 17時12分


http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-5545.html








池田信夫症候群-事実への軽侮 2007年12月21日 (金)


池田氏やイナゴさんたちの書き込みを読んでいると、彼らには共通して「事実への軽侮」という特徴があるように思われます。

労働問題であれ、何であれ、およそ社会に生起する現象について論じようとするときに、最も重要なことはそれが事実に立脚しているという点であるはずです。事実に立脚しない、つまりそれが事実ではないのではないかと指摘されても何ら反論できないような虚構の上に百万言を費やして壮大な理論を構築しても、それはテツガク作品としては意味を持つこともないとは言えませんが、少なくとも社会を対象とする学問としては無価値であるといわざるを得ないでしょう。

今回の池田氏の行動は、自分から、私の論文中の独自の意見にわたるところではなく、労働問題を知っている人間にとっては常識に類する程度の前提的な部分にのみ噛み付いて、罵倒した挙げ句、間違いを指摘されると何ら反論もせずに人格攻撃のみを繰り返している点に、最大の問題があるわけです。

(労働時間から偽装請負から派遣から解雇規制に至るまで、論点はてんこ盛りにしておいたはずなんですが、そういうところには噛み付けないんですね。)

おまけに、小野旭先生(私も何回もいろいろ教えていただいた労働経済学の大家ですが)が云ってもいないことを云ったとでまかせを並べて、小野先生に対して「そんなとんでもない莫迦なことを云う人物なのか」と誤解されかねない事態を招いた点、私を天下りと罵るのは自由ですが、小野先生を池田一派であるかの如くでっち上げたという点では、これはほとんど名誉毀損と云うべきでしょう。

まあ、しかし、池田氏やそのイナゴたちにとっては、そんな「事実」などはどうでもいいのでしょう。


事実への軽侮。

これが彼らを特徴づけるもっとも重要な思考行動様式であるように思われます。



(追記)


私はここ4年間、東大の公共政策大学院で労働法政策を講義していますが、その冒頭で、「職工事情」と「資本論」を読むと日本とイギリスの原生的労働関係の実情がよく判りますよ、といっています。

え?資本論?

そうです。ただし、労働価値説とか何とか難しい理屈を並べたところはスルーしてよし。読んでもよくわからんだろうし実を云えば私もよく判らん(笑)。

しかし、資本論第1巻には、厖大なイギリス政府の工場監督官報告が引用され、分量的には半分近くを占めています。これが大変役に立つ。マルクス先生がこうやってダイジェストを作ってくれていなかったら、大英博物館にこもって調べなければならなかったものが、文庫本で手軽に読めるのですから有り難いことです。

マルクス先生の理論は100年経って古びても、彼がダイジェストしてくれた工場監督官報告はいつまでも役に立ちます。

池田氏の「学術博士」論文は、”IT革命のお陰で日本的経営は古くなった”という10年前にマスコミで流行した「理論」をもっともらしく飾り立てた代物のようですが、そういう議論は10年で古びていますが、古びたあとに残る事実の重みがかけらでもあるのでしょうか。

事実を軽侮する者は、ピンの先で天使が踊る議論が崩壊した後に何ものをも残すことはないのです。


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コメント



『資本論』の一巻といえば、ミョウバンを混ぜた粗悪なパンの話が一番頭に残っています。

あれをみれば昨今の食品問題など…といつも思うわけですが、誰もが簡単にアクセスできる形で産業革命後のイギリスの状況を詳しく知ることが出来るのですから、大変便利なものです。

マルクスの理論的貢献も、それがあるからこそ生きてくるわけですから、ちゃんと調べずに勢い言い立ててもどうにもならないということは博士だと分かってるはずなのですが、困ったものですね。

投稿: hogehoge | 2007年12月21日 (金) 11時04分



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こんにちは あるサイトに下のように書いてありました。

池田氏はもう、何十年も同じようなことをいろんな場所で同じことを繰り返しているのでしょう。

以下引用です。 ◇「ネット・ストーカー」について(2003.10.1)

http://homepage3.nifty.com/martialart/sikou.htm

(略)


  この人にならって昔話をすれば、私は幾度かこの人を見かけたことがある。

彼は学生時分に西部氏の追っかけのようなことをしていて、かまって欲しいのか、うるさくがなり立てては西部氏に一喝され 、しゅんとして逃げ出すといったことを幾度か繰り返していた。

しばらく見かけなかったが、インターネットという利器を得て、またぞろ学生時分の恨みを晴らそうとしているらしい。 追っかけても受け入れられないので妄想にかられつつ「一派」にまで執拗なストーカー行為を及ぼすわけだ。

まあ、こう した例を見せつけられると、 淋しい人にとって、ネット社会は憂さ晴らしの天国に違いないと 改めて感じる。それでいてこうした人物に限って「信頼できる制度」うんぬんと説教するのだから、たまらない。

投稿: 地方の住人 | 2007年12月24日 (月) 19時23分

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_a9de.html









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池田信夫氏の3法則 2007年12月21日 (金)


いうまでもなく、私の『世界』論文にいきなり噛み付いてきたのは池田信夫氏です。


『世界の労働』原稿
「雇用の格差と人生の格差」    濱口桂一郎
http://homepage3.nifty.com/hamachan/koyounokakusa.html




『ちなみに、彼の自慢の『世界』論文も、あまりにお粗末な知識に唖然とします』




『(日本でも戦前や戦後のある時期に至るまでは、臨時工と呼ばれる低賃金かつ有期契約の労働者層が多かった。[・・・]彼らの待遇は不当なものとして学界や労働運動の関心を惹いた。)

というように、戦前の雇用形態について問題を取り違え、「臨時工」は昔からかわいそうな存在だったと信じている。そんな事実がないことは、たとえば小野旭『日本的雇用慣行と労働市場』のような基本的な文献にも書いてあります。こんな「なんちゃって学者」が公務員に間違った教育をするのは困ったものです。』




労働問題を専門にしている以上、その誤りを指摘するのは当然の義務でしょう。それが

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_c013.html
(一知半解ではなく無知蒙昧)

であったわけですが、現在までの所、池田氏は上で彼が断言した内容について一切触れていません。その代わりに、


『彼の記事には「戦前や戦後のある時期に至るまでは」と書いてあるんだけど、「~時期に至るまでは」という言葉には、明治時代は含まれないんですかね。彼は、もしかして日本語もできないのかな。』




という罵倒でごまかしているだけです。これで、まともな人が納得するとでも思っているのでしょうか。彼は、昭和初期を含む「戦前や戦後のある時期まで」に「臨時工がかわいそうな存在であった」ということを否定したのですよ。

ましてや、小野旭先生の立派な本にホントにそんなことが書いてあるのかという問いは無視。そして彼のブログは、もっぱら役人や労働組合に対する罵倒で埋め尽くされる。



ここから、池田信夫氏の議論の仕方について、3つの法則を導き出すことができるように思われます。



池田信夫氏の第1法則:

池田信夫氏が自信たっぷり断言していることは、何の根拠もない虚構である蓋然性が高い。


もし根拠のあることをいっているのであれば、批判されればすぐにその中身そのもので反論できるはずでしょう。できないということは、第1法則が成り立っているということですね。




池田信夫氏の第2法則:

池田信夫氏がもっともらしく引用する高名な学者の著書は、確かに存在するが、その中には池田氏の議論を根拠づけるような記述は存在しない蓋然性が高い。


もしそういう記述があるのであれば、何頁にあるとすぐに答えればいいことですからね。





池田信夫氏の第3法則:

池田信夫氏が議論の相手の属性(学歴等)や所属(組織等)に言及するときは、議論の中身自体では勝てないと判断しているからである蓋然性が高い。



ここのところ、池田信夫氏があちこちで起こしてきたトラブルにこの3法則を当てはめれば、いろいろなことがよく理解できるように思われます。

まあ、いずれにしても、現実社会でまっとうに、真摯に生きている多くの人々の生き方を、薄ら笑いを浮かべてあざ笑い、どんな「研究」で得た学術博士か知りませんが、博士号に立てこもって人を攻撃することのみに専念するこのような人物に、学問的誠実性のかけらもないことだけは確かなようです。

私は、現実社会に生きる人々の側に立ちます。労働する人々の側に立ちます。そのために乏しいとはいえ労働問題に関する学問的知見を活用したいと考えています。それが私の学問的誠実性です。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/3_a7ad.html
26:管理人 :

2011/10/26 (Wed) 23:55:40

host:65.49.14.79

>>25 は777氏の投稿の切れてしまった部分を管理人が代わって投稿してあげただけであり、他意はありません。
管理画面には残っていたため。
27:777 :

2011/11/02 (Wed) 23:24:22

host:*.bbtec.net

池田信夫の逝かれっぷり11




池田信夫氏の「内田樹氏の知らない比較優位」について
http://www.asyura2.com/11/senkyo121/msg/582.html


投稿者 あっしら 日時 2011 年 11 月 02 日 22:42:14: Mo7ApAlflbQ6s



TPP参加推進の立場からと思われるが、「真相の道」さんが転載されている池田信夫氏の主張をみてみたい。

 ダイレクトなTPP参加問題は気が滅入るので気分転換...内容的には経済板がふさわしいと思われるが、元の投稿がここなので失礼させていただいた。


■ 内田樹氏の知らない比較優位 (池田信夫blog)
http://www.asyura2.com/11/senkyo121/msg/453.html


 まず、池田氏は、このなかで、「「アメリカが強硬に日本のTPP参加を要求」しているというのは、何を根拠に言っているのだろうか。たとえばNYタイムズで"TPP"を検索すると、2件しか出てこない。その一つでBergstenは「大統領も共和党もTPPに関心をもっていない」と嘆いている。アメリカにとってTPPは、小国を相手にしたローカルな通商協定にすぎない。そこに主要な輸出先でもない日本が入って来ても来なくても、どうでもいいのだ」と書いている。

 米国政権が日本政府にTPP参加を要求しているわけではないという根拠の最初に、NYTの記事検索を持ち出すのには驚いた。
 それは、TPP(や対日通商交渉)が米国国民やメディアにとってそれほど大きな関心事ではないことを意味しているとしても、米国政権が日本政府にTPP参加を要求していないという傍証にすらならない。
 TPPのキーワードでNYTの記事を検索せずとも、米国政権が日本政府にTPP参加を強く望んでいることは、日本で報道されている米国政権の言動から十分にわかることである。

 日米の貿易関係は、「水平分業」で棲み分けがうまくいっている構造になっていると考えている。
 韓国企業との関係とは違い、それほど激しいつばぜり合いを演じることはなく、品目や対象地域(市場)で棲み分けている。(韓国企業とは、市場と品目(完成品)の両方で深刻な角逐状況にある)

 池田氏は、米国にとって日本が主要な輸出先ではないという説明を否定せずそのまま使っているが、ちょっと調べればわかるように、カナダ・メキシコ・中国に次ぐ第4位の位置にあり、英国やドイツよりも上位なのである。(対日輸出512億ドル:輸出全体の4.8%)

 池田氏は、さらに、「TPP反対派は、高校の政治経済レベルの経済学も理解していないことが多い」と指弾し、その根拠として、『比較優位の原理』を持ち出している。

 池田氏は、クルーグマン氏の教科書から説明を引用し、「各国で生産費が異なるときは、相対的にコストの安い財に特化して輸出することによって世界全体の生産量が増え、双方の国が利益を得るWin-Winが実現するのだ。これがリカード以来知られている(そして内田氏の知らない)比較優位の原理である」と教示している。

クルーグマン氏の教科書からの引用部分:
『アメリカでは1000万本のバラを栽培しているが、これに使う資源で10万台のコンピュータを生産できるとしよう。他方、南米では同じ資源で3万台のコンピュータしか生産できないとする。アメリカでバラの生産をやめて全量を南米から輸入したら、南米のバラの生産は1000万本増えてコンピュータの生産は3万台減るが、アメリカではバラの生産がゼロになってコンピュータの生産が10万台増える。つまり世界全体では、バラの生産量は変わらないが、コンピュータの生産量は7万台増える』


 この論理で、南米にコンピュータ製造をやめさせバラ栽培に傾注させられると考えているのならお手並み拝見である。

 まず、近代経済学は物理的量ではなく金額的量が基本の考察ベースである。

 バラ1000万本の付加価値とコンピュータ3万台の付加価値を比較しなければならない。それが同じなら、とりあえずは比較優位の論を受け入れよう。
 しかし、バラの付加価値が100万Gでコンピュータの付加価値が130万Gなら、南米はご冗談でしょとバラ栽培への特化を拒否するだろう。

 付加価値は同じだとしても、商品の性質も関わってくる。

● バラの盛りは短く、売り時に売れなければ、腐らせてしまい収入が大きく減少する。輸送にも気をつかわなければならない。
  コンピュータは、コストダウンペースや技術革新が速く生鮮食品とも揶揄されるが、バラほどではない。見切りをつけ安売りすればバラほどの大損は食わない。経済的腐敗はあるが、物理的腐敗はほぼない。

● バラの栽培も奥行きは深いと思っているが、近代資本制産業を発展させる動因はあまりない。コンピュータの方は、半導体・映像表示装置・ソフトウェア・製造装置など近代資本制産業を発展させる要素が詰まっている。
  近代国家として今後も成長を遂げたいと思っている国であれば、現段階の生産性は低くとも、コンピュータの製造を放棄したりはしないだろう。


 池田氏は、「比較優位の原理」を使って、「日本のような製造業に比較優位をもつ国が農産物に高率の関税をかけて農業を保護するのは、製造業を犠牲にして世界経済を収縮させているのだ」という結論を導いているが、製造業従事者がこの3年間だけで100万人も減少し(総数900万人)、若年労働者層の8%以上(200万人)が失業しているこの日本で、「製造業を犠牲にして」というロジックは通用しない。

 世界最高レベルの競争力を持つがゆえに、日本の製造業は、日本国内で労働力を使いこなせなくなったのである。日本の製造業にとって日本の労働力人口は過剰なのであり、農業を保護しようがしまいが、それは変わりないのである。

「比較優位の原理」は、そのような状況ではまったく通用しないのである。

 池田氏が批判している内田氏のブログは申し訳ないが未読なので、池田氏が引用している『貿易において一国が輸出によって大きな貿易黒字を得る場合、その相手国は輸入超過となって貿易赤字が増えることになっている。ふつうはそうである。貿易では(グローバリストの好きな)Win-Win はない。片一方が黒字なら、片一方は赤字になる。』 という部分のみについて感想を述べたい。

 貿易収支の不均衡からWin-Win はないということらしいが、貿易黒字の多寡がWINの指標だというのなら別だが、経済成長や国民生活の向上を指標にするのなら、Win-Win はありえる。

 池田氏の誤りは、内田氏の主張を「比較優位の原理」で裁断していることだ。
比較優位は、静態的一時的な話としては通用しても、持続的なWin-Win が論証できているわけではない。

 持続的なWin-Winの条件は、

○ 一つは、米国のように、膨大な貿易赤字にお構いなしで、旺盛な財貨の輸入ができる国があること。
 戦後世界の経済発展は、国際基軸通貨ドルの発行国で軍事的にも破格の力を持つ米国が、鯨飲馬食とも言える輸入超過構造を継続してきたことに支えられている。

○ もう一つは、米国の輸入超過構造を頼りに、近代的製造業の移転を通じて途上国の国民所得をアップさせるような貿易関係。
比較優位ではなく、コストの比較どころか製造条件さえない国に先進国が製造拠点を築き、そこに生産財や部品を輸出し、そこから米国や自国などに完成品を輸出するという構造だ。それにより、雇用された人々の所得が増加し、その所得が消費を通じてその国の経済社会全体に回る。進出先の国の所得水準が上がることで、製造拠点の生産量が増えたり、自国からの製品輸出が増える。

 というようなもので、「比較優位の原理」は、Win-Winの条件でもなければ、その論証にもなっていない。


※ 参考投稿

「【経済学理論の虚妄】 「比較優位」というリカードの“詐欺的理論”が今なお生き延びている不可思議」
http://www.asyura2.com/2002/dispute3/msg/570.html


 

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コメント
01. 2011年11月02日 22:46:51: VakF4nKSH2
>TPPのキーワードでNYTの記事を検索せずとも、米国政権が日本政府にTPP参加を強く望んでいることは、日本で報道されている米国政権の言動から十分にわかることである。
具体的には?

具体的なエビデンスがなければ投稿主の思い込みだと言われてもしかたがないだろう。





02. 2011年11月02日 23:16:35: FKKgD5g6Og
>>01
以下のリンク先の比較は参考になりますよ。
野田オバマ初会談―各紙は何を書き何を書かなかったか
http://d.hatena.ne.jp/oguogu/20110923/1316769113

オバマ大統領

『大統領は初顔合わせにもかかわらず、具体的な結果を明確に求めてきた』(朝日新聞)、『オバマ大統領が示したビジネスライクな要求』(毎日新聞)、『一変した大統領の実務的な口ぶりに、同席の米高官らも驚いたという』(産経新聞)、『初顔合わせで、米大統領が懸案を巡り、ここまで単刀直入に善処を迫るのは異例といえる』(日本経済新聞)。

オバマ大統領の口調が、これまで行われた日米首脳会談とは違っていた事を各紙が伝えています。しかし、どうしてオバマ大統領が、そういう口調で話さなければならないのかという事まで触れた新聞社は一社もありませんでした。私は、各社の論説委員が国内の事だけしか考えていないからだと思わざるを得ません。オバマ大統領が日本との外交で結果を求めたのは、それだけアメリカ国内で追い詰められているからです。実際に世論調査では再選が危ういと言われていますから。

結局、オバマ大統領は、野田総理に得点になるような物を寄越せと言っているわけです。


28:777 :

2011/11/04 (Fri) 19:20:03

host:*.bbtec.net





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時代錯誤の「比較優位の原理」を鵜呑みにしている自称経済学者 池田信夫


内田樹氏の知らない比較優位 (池田信夫blog)
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51752213.html


自由貿易で交易が活発になることによって、経済が成長すると思っている人が多い。この理論的根拠の一つがリカードの「比較優位の原理」である。

このリカードの理論は供給サイドだけで経済の成長を捉えている(需要は無限で生産したものは全て消費されるといった前提)。交易によって余った生産要素が他の物の生産に振り向けられ、経済が成長するといった理屈である。つまりデフレ経済の今日の日本には全く当てはまらない幼稚な経済理論である。

しかし教科書でこのリカードの「比較優位の原理」を学んだ学校秀才は、いかなる時にもこの理論が適合できると思い込んでいる。そしてこの自由貿易の障害が、関税であったり、また非関税障壁と呼ばれている補助金や各国の規制と考えている。

中でも最大の交易の障壁が関税という認識である。したがって関税撤廃を目指すTPPは、自由貿易の信奉者に熱烈に歓迎されている。しかしリカードの「比較優位の原理」が唱えられたのは、18、19世紀の牧歌的経済システムの時代を前提にしている。また後ほど述べるが、今日では関税以外の大きな貿易の障壁があることが常識になっている。

http://adpweb.com/eco/eco651.html





【経済学理論の虚妄】 「比較優位」というリカードの“詐欺的理論”が今なお生き延びている不可思議 

- 「自由貿易主義」は「保護貿易主義」である 


「国家破産15」ボードにも「比較優位」学説が散見されたので、それを俎上に乗せたい。

まず、「自由貿易主義」は、それが有利だと考える国家が主張する「保護貿易主義」だと考えている。

自由貿易がお互いの国民経済にとってメリットがあるという理論的根拠としては、「比較優位」という考え方が示されている。

「比較優位」は経済学で幅広く受け入れられている(流布されている)理論であるが、現実と歴史をとてつもなく捨象したモデルにおいでのみかろうじて成立するものでしかない。

ここで取り上げる「比較優位」の理論は、リカードの「比較生産費説」と「ヘクシャー=オリーンの定理」とし、その対抗理論(政策)としてリストの「幼稚産業保護論」を取り上げる。

経済学から少し離れ、経済が国民経済であり、国民経済が近代国家の基盤であることを考えれば、「比較優位」がどれほど“現実離れ”したものであるかわかる。
「比較優位」を根拠として、鉄鋼産業や機械産業を確立せず、それらを外国に依存した近代国家が、国際政治の荒波を乗り越えることができるのか?

「比較優位」を根拠として、食糧を外国に依存した国家が、農業の自然規定性と自然変動や国際政治の変動を考えたとき、それで長期的な国民生活の安定を維持できるのか?

諸外国と対等に交渉できる自立した国家をめざす統治者が「比較優位」を受け入れることはないだろうし、国民の安定的な生存を第一義とする統治者も、「比較優位」を受け入れることはないだろう。

また、グローバル化が進んだ戦後世界でも、日本を除く先進諸国は「比較優位」を度外視して食糧自給率100%をめざし、自由主義の権化と見られている米国でさえ、繊維・鉄鋼・家電・自動車・半導体と次々に対日貿易規制を強要してきたことなどを思い浮かべれば、「比較優位」が、建前や理論は別として、現実としては受け入れていないことがわかる。

「比較優位」が理論としては受け入れられていても、現実の近代世界史で「比較優位」に基づいて交易が行われたことはないというのが実態である。

(近代産業勃興期の英国も、相手国(インドなど)に強制するかたちで輸出増加を達成したのだから、相互が納得する「比較優位」で交易が行われていたわけではない)

しかし、このような政治論的立場から「比較優位」を批判することが目的ではないので、経済論理に限定してその誤りを考察したいが、先にリストの「幼稚産業保護論」を見ることにする。



■ リストの「幼稚産業保護論」


リカードの「比較生産費説」を批判したドイツのリストは、自由貿易があらゆる国に利益をもたらす政策だとしても、産業構造が不変で、短期静態的な条件でのみ適用できるとした。

例えば、ドイツが近代的な紡績工場を綿糸業の比較生産費を切り下げていけば、小麦の輸出国から綿糸という工業製品を輸出する工業国に変身し、生産が大きく拡大し、経済厚生水準も大きく向上すると説明し、国家の政策で、英国製品の輸入を抑え、綿糸の国内価格を引き上げることで綿糸工業の拡大を実現すべきだと主張した。そして、リストの考えはその死後1879年にビスマルクによって採用され、それが、ドイツの工業化を促進し、重化学工業で英国を凌駕するまでになった。

これは、19世紀末のドイツまで遡らなくとも、戦後の日本を考えれば理解できることである。

米国の産業に較べて劣っていた日本の産業がついには米国を凌駕するまでになった過程を考えれば、「幼稚産業保護論」どころか「幼稚国家保護論」に基づく政策によってそれが実現されたことがわかる。

戦後日本の高度成長期は、保護関税のみならず“舶来品は贅沢”という価値観まで国民に浸透させることで輸入を抑制し、外資の直接投資を原則禁止とし、輸出の増進を国策として取り組んだ成果である。

1960年前半までに「自由貿易」や「外資受け入れ」を政策として実行していれば、今では名だたる輸出優良企業のほとんどがなく、国民生活の水準も現実の歴史過程よりずっと下回るものになったはずである。

(安価な財の輸入により国民生活が一時的に上昇することは否定しない)



■ 戦後の発展途上国


「自由貿易」主義者が戦後世界を取り上げるときは、「幼稚産業保護論」で成功した日本ではなく、戦後独立を果たした発展途上国を対象とするだろう。
発展途上国はその多くが近代化をめざし、「幼稚産業保護論」に相当する「輸入代替工業化政策」を採った。

その具体的な政策は、保護関税・輸入数量割り当て・高い為替レートをベースに、育成対象の産業が生産する財の国内価格を引き上げ、その産業が必要とする資本財の輸入に必要な外貨を優先的に割り当てるという政策を採った。

しかし、このような政策が成果を上げることは稀であった。

戦後日本やかつてのドイツが成功を収める一方で、戦後類似的な政策を採った発展途上国がうまくいかなかった要因が何かを考える。

技術力・経営・活動力という歴史的蓄積の差異を総括的要因として上げることができるが、


● 資本における有機的構成の高度化すなわち固定資本比率と規模の拡大

戦後とっても「産業革命」から既に100年以上が経過し、二つの世界大戦を経ていることから、産業の機械化が生産装置と言えるまで高度化しており、国際競争力を確保するためには、競争優位の規模を実現するためには厖大な資本投入を必要とする。

特定産業を優遇的に育成するためには、他の産業に犠牲を強いることである。
資金(外貨)が不足しているのが途上国だから、国際借り入れを行い、生産した財を輸出することで返済していなければならない。

途上国はGDPの絶対的規模が小さいのだから、対外債務の返済負担が過大なものとなる。

対外債務の過大な負担はイコール国民生活の耐乏を意味するから、国際競争力を確保できるほどの規模で産業を確立するのは無謀な試みとなる。

せいぜいが「輸入代替」という規模に制約され、国内市場向けに販売されることになる。

しかし、産業育成の資金は国際借り入れだから、その債務履行分だけは、国民経済の需要が減少する。

巨額の生産財を国際借り入れで輸入しながら、それによって生産される財が国内市場だけで販売されていれば、その産業の維持さえ困難な国民経済状況になる。



● 自国通貨を高めに設定した為替レート

為替レートが“実力”以上に高ければ、国際借り入れも相対的に軽減でき、財の輸入も有利になる。

ところが、そのために財の輸出競争条件は厳しいものになる。

「輸入代替工業化政策」という国内市場に限定した考えであったが故に、途上国の産業は育成はうまくいかなかったと言える。

国際借り入れの返済のために国内需要は減少するのだから、最低でも、債務履行に必要な外貨を輸出で稼ぎ出さなければならないのである。



■ 東アジアの経済成長


東アジア地域は、ラテンアメリカ・南アジア・中東・アフリカと違って経済成長を達成した。

東アジアが経済成長を遂げたのは、「比較優位」に従った結果でもなく、「輸入代替工業化政策」を採った成果でもない。

成功の要因は、日本を中心とした外資を積極的に誘致し、輸出拡大と国内需要拡大を成し遂げたことにある。

自前の産業育成であれば国際借り入れが必要になるが、外資であれば、生産設備の投資は外資自身が行い、そこで働く人々の教育だけ面倒を見ればいい。

極端な例をあげると、外資の工場で生産される財が全量輸出されるのであれば、財が国内に供給されることなく、そこの勤労者が得る賃金がまるまる国内企業にとっての需要として増加することになる。

財の輸出でデフレ圧力がかかることなく、需要の純増加により産業活動が活発化するインフレ傾向を生み出すことになる。

そのような経済状況であれば、需要“純”増加を梃子に国内企業の力を徐々に高めていくことができる。 そして、産業育成に国際借り入れを行ったり高価な生産財を輸入する必要がないのだから、為替レートは安い状態でいいというか、外資誘致のためにも安いほうが有利である。


国内企業の力が付いて輸出ができるようになれば、安い為替レートが国際競争力の支えとして貢献することになる。

このような発展途上国の経済成長論理は、ここ10年の中国経済を顧みれば理解できるはずである。





■ リカードの「比較生産費説」


「比較優位」の先駆理論であるリカードの「比較生産費説」からまず見ていくことにする。 簡単に「比較生産費説」を説明すると、


「世界に英国とポルトガルの2ヵ国しか存在せず、生産している財も毛織物とワインの2種類しかないと仮定する。英国は毛織物1単位を生産するのに100人、ワイン1単位を生産するのに120人を必要している。

ポルトガルは毛織物1単位を生産するのに90人、ぶどう酒1単位を生産するのに80人必要だとする。そして、英国の全労動量を220人、ポルトガルの全労動量を170人とすれば、貿易が行なわれないときの2ヵ国の毛織物の総生産量は、英国1単位、ポルトガル1単位の合計2単位である。同様に、ワインの2ヵ国の総生産量も2単位となる。



         英国     ポルトガル   2ヵ国の総生産量  
 毛織物    100人     90人     2単位
 ワイン    120人     80人     2単位
 総労働力量  220人    170人


生産性という視点で見れば、毛織物とワインともポルトガルのほうが優位にある。
直感的に考えれば、ポルトガルが両方の財を英国に輸出すればいいということになるのだが、リカードは、“より生産性が優れている財に特化して生産した方がお互いにより利益を得ることができる”と唱える。

ワインを基準にすると、  

(100/120)0.83 < (90/80)1.13

だから、英国は毛織物の生産が相対的に得意ということになる。


毛織物を基準にすると、  

(120/100)1.25 > (80/90)0.89

だから、ポルトガルはワインの生産が相対的に得意ということになる。
だから、英国は比較優位の毛織物に特化し、ポルトガルは比較優位のワインに特化したほうがいいとする。


そうすれば、

        英国     ポルトガル  2ヵ国の総生産量 
 毛織物    220人      0人   2.2  単位
 ワイン      0人    170人   2.125単位
 総労働力   (220人) (170人)  


 2ヵ国の総生産量を見ればわかるように、貿易しない場合に比べて、総労働量に変化がないにもかかわらず、それぞれの財の生産量が増加する。」


このような“詐欺”的説明でリカードは、自由貿易がお互いの国民経済にとって有利なものだと主張した。

財の特性にふれることもなく二つの財だけを比較するだけで、国民経済の利害を論じるとはなんとも雑ぱく話である。

例として上げられたポルトガルは、当時英国の属国同然だったから反論をしなかったかもしれないが、まっとうな統治者がいればきちんと反論していたであろう。
仮想のポルトガル統治者による反論を試みる。



● ポルトガルの仮想反論


「私どもの生産性のほうが毛織物でもワインでも高いということがよくわかりました。しかし、私どもの国では毛織物とワインの生産量と需要はぴったり合っていて、ご提案の内容によって賃金総額が増えることはありませんから、生産量が増えてもそれらの需要は増加しません。余った財はどうなさるのですか?全部お金に代えるとしたら、安く売るしかないんじゃないですか?」

「リカードさん、ではこうしましょう。英国の毛織物とワインの需要量はどれほどですか?私どもでその分を生産して貴国に輸出して差し上げます。もちろん、現状の労働力量では生産量を増加させることはできませんから、おたくの国から労働者に来てもらって結構ですよ。ほら較べて見てください。


        英国   ポルトガル  2ヵ国の総生産量 
 毛織物     0人    220人   2.44  単位
 ワイン     0人    170人   2.125単位
 総労働力  ( 0人) (170人)


        英国     ポルトガル  2ヵ国の総生産量 
 毛織物    220人      0人   2.2  単位
 ワイン      0人    170人   2.125単位
 総労働力   (220人) (170人)


ワインの生産量は変わりませんが、毛織物は2.2単位が2.44単位に増加します。うちで全部生産したほうが毛織物も生産量が増えますよ」


「それがおいやでしたら、英国はワインを、ポルトガルは毛織物をという分担は如何でしょう。毛織物は機械産業も必要ですし、毛織物や機械産業を別の織物業の発展にも貢献します。ワインの生産量が減ることについては、飲酒抑制を呼び掛けて何とかしますから大丈夫です」


現代のリカードは、ポルトガルの反論にどう答えるのだろう。

国民経済の発展が、農業就業人口の減少とそれに代わる工業就業人口と商業・サービス業就業人口の増加という現象を伴ったこと、金額であるGDPでも同じ現象を示し、現在の日本の農林水産業がGDPに占める割合は1.4%しかないことを考えれば、ポルトガルがワインに特化すれば、その後どういう“発展”を遂げなければならないかを推測するのはそれほど難しいことではない。



■ ヘクシャー=オリーンの定理


 比較優位を説明する理論としては、リカードの「比較生産費説」の他に、ヘクシャー=オリーンの定理がある。

ヘクシャー=オリーンの定理は、貿易する2国間で生産関数と消費関数が同一であったとしても、2国間に要素賦存比率の違いがあれば両国で異なる財に比較優位が発生して貿易が有効になると証明したとされるものである。

ヘクシャー=オリーンの定理が成立する条件は、


(1)2国2財2要素モデル
(2)生産関数と消費関数は2国で同一
(3)市場は完全競争
(4)二つの国は一方が資本豊富国でもう一方が労働豊富国
(5)二つの財は一方が資本集約財でもう一方が労働集約財
(6)二つの要素は資本と労働であること。
(7)生産要素は国内では自由に移動できるが、国境を越えて移動できない


である。そして、要素賦存の違いが国内の財の相対価格に反映されるとする。
資本豊富国では、同一の生産関数の下では労働豊富国よりも資本集約財の相対価格が低く、労働集約財の価格が高くなる。

だから、各国は、自国に相対的に豊富にある生産要素を集約的に用いる財に比較優位をもつことになると結論する。

まず、この定理では、類似的な要素賦存比率である先進諸国間や途上諸国間の自由貿易の正当性を説明することができない。

先進国と発展途上国のあいだの自由貿易を正当化する説明として“限定的に”有効性を持っていることは認められるが、自由貿易ではなく、前述した外資導入による東アジア諸国の経済成長論理に較べれば劣った“経済利益”である。

また、発展途上国の位置づけを固定化するものであり、通貨的尺度で測られる資本増殖ではなく、財生産量の最大化や財価格の最小化が経済利益に直結すると考えたときのみ通用するものである。

日本経済や世界経済を見ればわかるように、「近代経済システム」では、財価格の極小化は経済利益をもたらすどころか、「デフレ不況」という経済的大災厄をもたらすことがわかっている。

「自由貿易主義」は、世界レベルで需要規模が大きく付加価値も大きい財の生産分野で国際競争力を誇っている国民経済の国家が主張する「保護貿易主義」なのである。

そして、それを高らかに唱え続けるためには、国内で完全雇用に近い経済状況が維持されていなければならない。

http://www.asyura2.com/2002/dispute3/msg/570.html





貿易とグローバリズム 05/3/7


リカードの「比較優位の原理」


ライブドアのニッポン放送買収劇は、色々な教訓を与えてくれた。日頃グローバリズムを唱えている日本のマスコミが一夜にして国家主義者に変身した。例えばテレビ朝日の広瀬社長は、政府が外資系企業による放送局への出資規制強化へ電波法や放送法の改正を検討していることについて「歓迎したい」と賛成する意向を示している。

今日、日本のマスコミは構造改革派やニュークラシカル経済学派に席巻されており、本来なら、市場至上主義を唱え、あらゆる規制に反対する立場のはずである。ところが自分達に降り掛かった災難に対してだけは、規制をして守れとはたいした了見である。まるで先週号で取上げた昔の社会党の政治家のように、日本のマスコミはダブルスタンダードである。


ところで筆者は、外資規制に賛成である。ただし放送業界だけに外資規制を適用するという考えには反対である(外国でもメディアに対して外資規制があることを根拠にしているらしいが)。全ての企業についても外資の規制を検討すべきと考える。そもそも筆者は、経済のグローバリズムそのものに疑問を持っている。筆者は、それぞれの国がメリットのある範囲で国際的な規制緩和を行えば良いという考えである。何でも規制を緩和すれば、国民が幸せになるという話は幻想と考える。

外国と交易することは、国とって良いことだという意見が強い。この考えの延長で、貿易をどんどん自由化したり、外国から大量の労働者の受入れることが良いことと考える人々がいる。日本にはFTAを積極的に進めることが必要と唱える政治家がいたり、経団連は単純労働者を日本も受入れるべきと考えている。

一般の人々の間には、素朴に日本人は国内に産出しない石油が使え、日本の製品が各国に輸出ができ雇用機会を確保できるという意見がある。しかし貿易というものは双方にメリットがあるから行われるのである。産油国は、その辺を掘ったら石油が出てきたのであり、そんなものを買ってくれる者がいることに感謝しているとも考えられる。交易が一方的に日本だけにメリットがあると考えるのはおかしい。


筆者は、経済のグローバリズムには光と影があり、今日、光の部分だけがやけに強調されていると考える。そこで本誌はしばらく経済のグローバリズムを取上げる。しかし経済のグローバリズムと言うと、テーマとして大きい。そこで経済のグローバリズムを「物の交易、つまり貿易」「資本の移動、つまり外資の進出」「人の移動、つまり外国人労働者」の三つの側面から論じたい。

まず「貿易」を取上げる。貿易が活発になることが、どの国にとっても良いという意見は誰もが主張したがるが、驚くことにこの根拠はとても薄弱である。このような考えの根本を辿って行くと、どうしてもリカードの「比較優位の原理」に到る。これについては中国との交易の関係で、本誌02/7/22(第261号)「中国の不当な為替政策」で取上げた。

「比較優位の原理」が適切に働くには、為替レートが適切な水準にある必要がある。しかし日本のように購買力平価より高い為替水準で推移している国がある一方、中国やインドのように購買力平価より著しく低い為替水準の国がある。さらに中国は、不適切な為替レートを米ドルにぺッグすることによってずっとこの不適切な為替レートを維持している。このようなことが許されるなら「比較優位の原理」が働くのではなく、全ての生産物は中国で生産することが有利になる。

だいたいリカードは18世紀後半の経済学者であり、当時は金本位制の時代である。つまり不適切な為替レートなんて考える必要がなかったのである。さらにリカードの唱える古典派の経済学では「生産した物は全て売れるというセイの法則」が成立っている。つまり「比較劣位」となって競争に破れても、生産者は他の物を生産する道があるという現実離れをした考えが根本にある。



やはり日本は内需拡大を


「比較優位の原理」は為替変動が適切でなければ適切に働かないだけでなく、古典派経済学の前提になっている完全競争下でなければ公正に働かない。ところが現実の経済では産業によって参入障壁の高さがまちまちである。参入障壁が高い産業は、政府の保護政策がなくとも自由貿易で損をすることがない。一方、参入障壁の低い産業は、貿易の自由化の悪影響をもろに受ける。

経済のグローバリズムと参入障壁の関係は、本誌でも

00/5/15(第162号)「経済のグローバル化とNGO」
http://www.adpweb.com/eco/eco162.html

で述べた。参入障壁の高さがまちまちの状態のままで、単純に貿易の自由化を進めれば、貿易の自由化で恩恵を受ける人々と、損害を被る人々に別れる。たしかに日本において所得格差の広がっているが、これも貿易の自由化の進展と関係している。また参入障壁が低い産業(農業などが典型)は主に地方に配置されており、貿易の自由化の進展は今日の地方経済の疲弊と密接な関係がある。

また部品工業を取り上げれば、参入障壁が低い汎用品を生産しているところは貿易の自由化で損害を受け、特殊な部品を造っているところは影響が少ない。たしかに汎用部品なんか作っている時代ではないという意見もある。しかし全ての部品メーカが特殊部品の製造メーカに簡単に移行できるわけではない。ましてや中国のような不当な為替政策を行っている国の台頭を容認することは問題である。

農業についても、北海道のような工作面積広く米に頼ることのない農業をやっている所と、本州のように農家が依然米作にこだわりを持つ地域とでは利害が対立する。北海道は貿易の自由化を容認するかもしれないが、本州の農家は簡単には農産物の自由化を容認できない立場である。このように貿易の自由化と言っても、国民の利害は一様ではないのである。


中国やインドの為替政策は不正であるとか、日本国内の産業構造を見ても競争が公正に行われるはずがないと言っても、貿易の自由化は確実に進んでおり、所得格差は大きくなっている。しかし中国やインドが簡単に政策を変えるはずがない。今日の日本の風潮を前提にするなら、残念ながら競争にさらされやすい産業の人々は、これに対抗する必要がある。物事を深く考える政治家もマスコミ人も少ない今日、これらの産業に携わる人々は自分で防衛手段を考える他はないという立場に追い込まれている。

日本の教科書には、日本は貿易立国であり、貿易で恩恵を受けていると記述されている。しかし単純にこのようなことが言えない時代になっている。貿易黒字が溜まれば、円高になる。円高を阻止するため資本の海外流出を続けると、今度は海外に持つ資産が増え、これからの利息や配当収入が増え、これがまた次の円高要因になる。円高になれば企業は合理化に迫られ、リストラを行い競争力を回復することになる。

政府が内需拡大をしない今日では、企業は輸出に頼ることになる。しかしこれが将来、自分達の首を絞めるのである。つまり貿易が、誰にとってメリットがあるのか分からなくなっている。企業のメリットと言っても、企業の経営者なのか従業員なのか、はたまた株主なのか、メリットを受ける者が分からない。


今期、最高益を記録したある企業では賃金の引下げを計画している。会社の利益は伸びているが、これは国内の販売の不振を海外事業がカバーしたからである。つまり国内従業員の給料を上げる理由がないのである。国内従業員は会社の海外進出に協力し、技術の海外移転に協力した。しかし海外事業発展の成果は、国内の従業員には還元されないのである。特にこの会社は外資の持ち株比率が高く、安易な国内従業員の賃上げはできず、むしろ賃下げに動いているのである。

このように日本は貿易に頼る貿易立国で、貿易によって国民は幸せになるという単純な概念は今日では通用しない。輸出が伸びれば、円高が進み、さらに輸出先の国での設備投資が要請される。会社は成長し生き残るが、国内の従業員や下請け業者はそのうち犠牲になるのである。

受験秀才のマスコミ人や政治家は、教科書の記述通り、貿易が盛んになれば国民は豊かになると信じている。政府も、FTAを推進すれば日本の経済成長率を押し上げると言っているが、これも一時的なものである(それもほんのわずかな数字)。むしろ将来、この反動の方が大きい。

今日では企業の利益が、国民や国家の利益とはならない時代になっている。筆者は、貿易黒字は、日本のODAの額に見合うだけで十分であると考える。もっと言えば所得収支が黒字であるから、さらに貿易黒字く小さくて良い。むしろ日本は、内需拡大を行って、海外に依存する度合いを低くしても成立つような経済に転換すべきである。  



来週は「資本の移動、つまり外資の進出」を取上げる。冷徹な資本の論理が正しく、これに逆らうのは資本市場の働きを歪めると言われている。たとえば「ライブドアの行動は、現行の法律の上で許されているのであり、これを否定することは市場を否定することになる」という意見はこれに沿っている。またこれがグローバルスタンダードとかアメリカンスタンダードと言われている。

しかし今回のようなだまし討ちのようなライブドア陣営の行動は、アメリカでも卑怯な行動と否定される可能性が強い。リーマンブラザースだって、米国なら今回のような商売を行っていたか疑問である。ハゲタカファンドだって、米国ではとてもやれないことを日本でやっている可能性が強い。それを日本のばかで思考力のない政治家やマスコミが、これがグローバルスタンダードと誤解しているのである。

http://adpweb.com/eco/eco380.html




中国の不当な為替政策 02/7/22

比較優位の原理


最初に、交易の有益性の理論的な背景を述べることにする。そのために分りやすい例えを用いる。まず北海道と鹿児島の交易である。

例えば北海道では、「じゃがいも」が極めて安く作れるが、「サツマ芋」の生産コストが物凄く高いとする。反対に鹿児島では「サツマ芋」を安く作れるが、「じゃがいも」の生産費がばか高いとする。このような場合、北海道は余計に「じゃがいも」を作り、これを鹿児島に売ることにし、反対に鹿児島は「サツマ芋」を増産し、増産分を北海道に売ることにする。そして北海道は「サツマ芋」、鹿児島は「じゃがいも」の栽培をそれぞれ取り止める。

このような交易を行うことによって、北海道と鹿児島の双方にメリットが生まれる。北海道は高コストの「サツマ芋」の栽培を止めることによって、生産資源を他の作物に振向けることができ、鹿児島も「じゃがいも」の生産資源を他の有益な作物に振向けられる。つまり北海道と鹿児島は、互いに低コストの生産物を交換することに、生産余力が生まる。さらにこのことによって所得の増加が可能になる。このように交易は、双方の所得増加と言うメリットを与えることになる。そしてここでポイントとなることは、交易が「双方」にメリットを与えると言う点である。

そしてこの交易によるメリットは、国内に止まらず、海外との交易にも広げることができる。このように互に生産コストが安い物を交換する、つまり外国と交易することによって双方の国に所得の増加がもたらされることを始めて理論的に説明したのがリカードである。そしてこれは「比較優位の原理」と呼ばれ、国際分業を推進する理論的根拠となっている。上の例の場合、北海道は「じゃがいも」が、そして鹿児島は「サツマ芋」が夫々「比較優位」と言うことになる。

人々がよく口にする

「自由貿易を推進し、交易を広めることは、双方にメリットがあり、これを阻害する障壁を除去することが大切」

と言うセリフの背景にも、このリカードの理論がある。WTOは、この精神に乗っとって、関税や補助金と言った貿易の障壁をなるべく低くすることによって、貿易の自由化を推進することを目的にした機関である。


たしかに先進国の間では、それぞれの国に得意な生産物があり、これを交易と言う形で交換すれば、互にメリットがあるるような気がする。しかし国際間の交易には、国内の交易とは決定的に違いことが存在する。貿易には為替が介在するのである。もちろん為替レートが適正な範囲に収まっているのなら問題はない。ところが日本のように購買力平価より著しく高く実際の為替レートが推移している場合には問題が生じる。

もっとも現実の円レートについては、購買力平価より高く推移している原因の大部分は日本に責任がある。まず国内需要が慢性的に不足しており、産業が輸出指向型になっていることがあげられる。さらに資本流出(為替介入による外貨準備金の増大も含まれる)による膨大な海外資産の累積があり、これらから発生する利息や配当が円高圧力となっている。本来なら、内需拡大を行ってこなければいけなかったのであるが、これが十分行われてこなかったツケが今日の円高となって跳ね返ってきているのである。


このように円レートはいびつな水準で推移している。しかし一方には、逆に購買力平価より著しく安い水準で推移している為替がある。中国の「元」やインドの「ルピア」などである。特に貿易量が増大している中国の「元」が大問題である。

01/5/28(第209号)「中国との通商問題」
http://www.adpweb.com/eco/eco209.html


で取上げたように、世銀の調査によれば、元の購買力は実際の為替レートのなんと4.55倍もある。ちなみに日本の円は逆に0.78倍の購買力である。これらの数値を元に、円と元の購買力を比較すると、中国の元は日本の円の、実に6倍の購買力があることになる。

今日、公定レートでは1元が15円である。したがって元の本当の購買力は、6倍の90円と言うことになる。また中国の元は米ドルにリンク(ベッグ)しており、特に今日のような円高が続けば、1元は100円、110円になる可能性がある。たしかに世銀の試算はちょっと古いが、中国の「元」が極めていびつな管理が行われているはたしかである。

中国の工業の発展がめざましいことは認めるが、中国の輸出の急増は、品質の向上ではなく、このようなとんでもない為替レートの維持政策によるものである。中国の工場労働者の賃金は、日本の20分の1とか、30分の1と言われているが、これはあくまでも公定レートの換算によるものである。元の購買力平価で換算すれば、3分の1から5分の1と言うのが実態である。

これは本誌で以前から述べていることであるが、こと中国の物価は、6倍で計算すると実態に合う。例えば、中国のGDPは1兆ドルを越えている。これを購買力平価で換算すると6兆ドル超と言うことになり、日本のGDPをはるかに越えることになる。もっともこれでも一人当りのGDPは、日本の8分の1から7分の1程度である。軍事費も公表されている額が200億ドルであるが、米国の国防省は、この3倍以上の650億ドルと見ている。もし国防省の見解が正しいなら、購買力平価で換算した中国の軍事費は45兆円となり、これは50兆円の米国に匹敵する額である。たしかに中国は年間50基ものミサイル基地を増設しいる。とても額面の200億ドルの軍事費ではとても賄えないような軍備の増強を行っているのである。


最初の交易の話に戻す。

「比較優位の原理」が働くには、交易を行う両国の為替が適正な範囲に収まっている必要がある。

日本の場合、対先進国でも厳しい円高を強いられている。しかしこれは日本が内需に依存する経済を実現することを怠ってきた結果でもあり、甘受すべき面もある。しかし対中国は事情が大きく異なる。あまりにも中国は異常な為替水準(常識を逸した元安)を維持している。これでは日本と中国の間ではとても「比較優位の原理」が働かないことになる。今後はほとんど全ての生産活動を中国で行うことが合理的となる。

ところで本来一時的に為替水準が異常な水準でも、しばらくすれば、パラメータである為替が適正な値に動くはずである。中国は、対日本だけではなく、米国を始め各国との貿易収支は大きな黒字である。つまりこのような状態が続けば、元が強くなり、円を始め各国の通貨が安くなるよう動くはずである。しかし中国は米ドルにしっかりリンクさせることによって、安い元を維持しているのである。特に中国の元は国外に持出しが禁止されており、各国が売買することによって元の為替水準に影響を与えることができない仕組になっている。



為替操作の結果


ドイツのフォークスワーゲンは、昨年チェコに自動車工場を造ることを検討したが、最終的にこれを取り止め、ドイツ国内に工場を造ることにした。チェコの人件費は、ドイツの5分の1であり、これはフォークスワーゲンにとっては魅力的である。しかしチェコのインフラの状況などを勘案すると、やはりドイツ国内の生産設備を増強した方が良いと言う結論になったのである。

ところが中国の人件費は、日本の20分1、30分の1である。これではいくら中国のインフラが劣っていても、日本の製造業は全て中国に移転した方が良いと言う結論になる。

このように全く「比較優位の原理」が働かない状態である。まさに中国の為替政策は、日本を始めとして、各国に対する産業の破壊活動である。

実際、日本だけでなく世界的に中国の為替政策の犠牲者がどんどん出てきている。香港は超不況で失業率は7.7%となっており、東南アジアや台湾の生産拠点もどんどん中国に移転している。メキシコの保税工場も、中国製品の対米輸出の急増で、瀕死の状態である。

中国が不適正な為替を是正すれば、人件費はチェコ並(ロシアも同じくらい)になるはずである。こうなれば、フォークスワーゲンの例ように、中国に移転した方が良い工場もあれば、やはり日本に置いておく方が良いと言った住み分けも起るはずである。ちなみにフォークスワーゲンは、中国に生産拠点があり、「サンタナ」などを製造しており、中国で4割以上のトップシェアーを占めている。


筆者が、危惧するのは、中国のこのむちゃくちゃな為替政策があまりも問題視されていないことである。本誌が異常な中国の為替政策を取上げたのは1年以上も前である。それ以降、中国の経済や中国との通商問題は、色々なメディアで取上げられている。しかしほとんど全てが、この不適正な為替操作には全くと言って良いほど触れない。中国の経済を考える場合には、為替を問題にしなければ、全く意味がない。したがって中国の実状を伝えるテレビ番組も全てピントが大きくづれている。


一般の人々も中国の為替政策を放任したまま、「比較優位の原理」が働かない状態が続けば、大変なことになると言うことに気がついていない。

ただ人々は何故か日本の製造業がどんどん移転していく様子を不安げに見つめているだけである。そのうちこの流れも変わると楽観的に考えようと努めている。しかし中国の為替政策が変わらない限り、この流れは止まらない。5年後、10年後には大変な事態になっているはずである。


国際的に中国の為替政策に無頓着なのは、国際機関の主流派となっている人々がほとんど欧米人と言うことと関係があると筆者は考える。まず欧州各国は、国外との経済交流は大きいが、大半がユーロ圏内であり、単一通貨ユーロ導入で、経済は為替変動にあまり影響されない。一方、米国は、元々GDPに占める貿易額の比率が小さい。さらに米ドルは世界の基軸通貨であり、これにリンクしている通貨も多い。つまり米国も為替の変動をあまり気にしなくても経済活動が行えるのである。

米国が多少気にするとしたなら次のようなケースだけである。米ドルが高くなった時の国内産業、特に自動車メーカーからの不満が出る場合である。また反対に米ドルが安くなった場合の産油国からのクレームが起るケースなどである。しかし総じて米政府は、選挙の時でもない限り、あまり為替を気にしていない。このように欧米の経済は、日本ほどには為替水準の動向に影響を受けないのである。

実際、WTOは各国の為替の水準や為替政策をほとんど気にしていない。ここは重要なポイントである。WTOは、交易を活発化させるために障害となるのは、関税と補助金、そして各国の商慣行や国内産業の保護を目的とした法律などの非参入障壁だけと考えている。ところが中国が行っているいる為替政策は、関税と補助金などと比べられないくらい大きな参入障壁である。しかしどう言う訳か、どうしてもWTOはこの事実を公には認めたがらないのである。かろうじて中国のWTOの加盟と同時に、中国に対する特別のセーフガード

(01/9/17(第222号)「対中国、WTOの特例保護措置」
http://www.adpweb.com/eco/eco222.html


を参照)を認めたことに止まっている。どうも米国やWTOの認識はまだまだ甘いようである。

また政治家だけでなく、経済学者やエコノミストも為替に関する関心が低い(米ドルの大幅下落によって米国の製造業は持直したと筆者は考えているが)。ニュークラシカル派の代表的な存在(教祖の一人)であるロバート・ルーカスなどは

「米国に居ながらフランスのワインと日本のスシが味わえる」

「中国へ生産拠点が移るのも、中国人の人件費が安い上に製品の質が向上しているからであり、これは自然の流れである」

と極めて単純に経済のグローバル化を礼讃している。しかしこの程度の発言なら小学生の意見とほとんど変わらない。中国が政策として、とんでもない為替水準を維持し、世界中の経済を撹乱していることには、全く考えも及ばないのである。

教祖が教祖なら、彼の日本の信者も信者である。日本が農産物に対してセーフガードを発動すると途端に反応し、

「自由貿易に反する」とか

「日本は競争力をつけるべき(中国の為替操作によって人件費が20分の1や30分の1になっていては、競争力もへったくりもないであろう)」

とばかな発言をしている。中には「WTOの交渉の進展のためには、日本はもっと農業分野の開放をおこなうべき」と言っている人々もいる。日本の食料の自給率はたったの40%であり、この数値はほぼ世界最低である。これをさらに下げろとまじめに言っているのであるから、本当にあきれる。

日本が行うことは、まずWTOに為替水準が著しく異常な水準にある国に対して是正を求めるよう要請することである。もしこれが認められない場合には、日本独自で、為替不適正国に対する特別関税を設ける他はない。もちろん日本と同じ被害を被っている国と同一歩調をとることも考えられる。そこで中国がこのような動きにクレームをつけるようなら、中国との貿易を大幅に制限するか、最悪の場合は取り止めることも考えるべきである。中国との交易を止めても、今なら日本にはほとんど被害がないはずである。むしろ今日の状況が続けば、それこそ抜き差し成らぬ状況に追込まれるだけである。


最後に、中国の為替政策の変遷について述べる。今日の1元15円と言う為替レートが、何か合理的な経緯で決まっていると誤解している人々が多いはずである。しかしこれには合理性は全くない。実際、1,980年には1元は実に151円であり、1,990年には30円であった。つまり中国は実に簡単(適当)に「元」の信じられないほど大幅な切下げを行っている。ただ当時の中国経済が今日のように大きくなかったから誰も注目しなかっただけの話である。そして以前の為替水準なら、中国の人件費は1,980年で2分の1から3分の1であり、1,990年で10分の1から15分の1と言うことになる。

このように昔から中国は極めていい加減(適当)に為替を操作している。ところが何も知らない経済学者やエコノミストは、昔から中国の人件費は20分の1、30分の1だったと誤解しているのである。中国はおそらく東南アジア諸国との競争で勝てる水準を探りながら、為替をここまで操作してきたと思われる(たしかにここまで元が安くなれば、日本の企業も東南アジアから中国に生産拠点を移すようになった)。

「水が高いところから低いところに流れるようにコストの低い中国に生産拠点が移転するのは当然」

と判ったようなことを言っている識者と言われる人々が実に多い。しかしこの低コストは、中国政府が適当に決めていると言うことに気づくべきである。したがって万が一でも日本がものすごい努力をして、中国とのコスト競争に勝つようなっても、中国にとっては為替の切り下げをもう一度行えば済む話なのである。




このようなめちゃくちゃの中国の為替政策によって、企業倒産や工場の移転によって失業したり、不幸な目にあっている人々が相当いる。しかしマスコミやメディアには、不思議と中国の為替政策の不当性を指摘する声がない。外務省のチャイナースクールが話題となったが、どうも日本のマスコミもチャイナースクール化しているようである。来週はこのチャイナースクール化を取上げる。

小泉首相は、今日の深刻な日本のデフレ経済にもかかわらず、公共投資の削減や数々の公的支出の削減を進める方針である。およそ経済原則に反する政策のオンパレードである。しかしどうもマスコミはこれを悪い政策とは見なしていないようである(たしかに悪影響が現れるまでには時間がかかり、政策と結果の因果関係が分かりにくくなる)。

まず公共投資や他の支出を削減した場合、どう言う経済効果が期待されるのかを明示すべきである。もし財政赤字が減り、金利が低下するとか、投資や消費が増えると言う目算があるなら、そのような説明をすべきである。もう昨年のようないきなり補正予算を策定すると言ったみっともないことは止めてもらいたい。周りも小泉政権に景気対策を求めることを止めるべきである。本人の希望通りにさせる。そのかわり、結果についてはきっちり責任をとってもらうことが大切である。

これまでの小泉首相の行動を見ていて、筆者の知人は

「日本の首相は俺でもやれそうだ」

と言っていた。結果を見ようとしないのなら(失業が増えてもミスマッチで、株価が下落しても米国のせいにする)、どのような政策でも良いし、誰でも首相は勤まる。彼が進める政策の結果、日本の経済と社会がガタガタになっても、おそらく彼は「辞めれば良いのか」の一言であろう。彼を日本の首相に選んだ人々は、真剣に責任を感じるべきである。

竹村健一氏が、久しぶりにまとものことを言っていた。

「日本は、個人だけでなく企業も貯蓄を始めた。つまり巨額のその貯蓄は政府が使わざるを得ない。金利もこれだけ安くなったのであるから、政府は公共投資を減らすのではなく、今こそ増やすべきである。」

と言っていた。まさに正論である。


ただ今日、安易に大量の国債を増発することは難しい。たしかに国債利回りが3%(これでも国際的には一番低い金利)になるまで国債を発行すれば、数十兆円から100兆円程度の資金は調達できると思われる。しかし大手銀行だけでも70兆円から80兆円の国債を既に保有しており、利回りが3%(今日1.26%)と言うことになれば、相当大きな評価損を抱えることになる。地方銀行も大量の国債で資金運用している。預貸率が55%と言う銀行もある。残りの45%近くは国債と地方債の運用である。ここまで野方図に金利低下を放置していた政府の責任は大きい。

したがって今日、公共投資などの積極的な財政政策で、経済を活性化させ、銀行の不良債権問題を解決し、さらに財政再建を実現するには、我々が主張しているセイニアリッジ政策、つまり政府の紙幣発行特権(日銀の国債引受けも含む)を使う他はないのである。ところで竹村氏のこの「公共投資を増やす」と言う意見に対してマネックス証券の若い社長が、思わず反論しようとしていた。今日、公共投資の賛同者はテレビには出してもらえないのであろう。今日、「中国の為替政策」と「公共投資」はタブーである。このようなメディアの言論統制に勝てるのは、よほどの有力者に限られるのである。

http://adpweb.com/eco/eco261.html




関税以外の貿易障壁 11/2/21


WTOの弱体化


現実の経済を理論的に論じることは難しい。ましてや話が世界に及ぶと、整合性を持って経済を語ることが一段と困難になる。そのような事もあってか、中には議論の混乱を見越し、自分達にとって有利な政策を実現したいがために、とんでもない虚言・妄言を発する人々が出てくる。

TPPの議論に関しても、根拠が薄弱な意見がまかり通っている。例えば自由貿易こそが、日本にとって(日本だけでなく世界のどの国にとっても)極めて好ましいと主張する人々がいる。彼等はTPP参加こそ唯一正しい選択とまで喧伝する。

また日本のマスコミ人には「日本は貿易立国だ」という強い思い込みがある。彼等は経済が成長するには輸出を伸ばすことしかないとさえ思っている。しかし日本が高度経済成長していた時代は、主に内需が増えていた。むしろ低成長になってから、日本経済は外需に依存する度合が大きくなったのである。これについては来週取上げる予定である。


このように自由貿易で交易が活発になることによって、経済が成長すると思っている人が多い。この理論的根拠の一つがリカードの「比較優位の原理」であり、本誌は02/7/22(第261号)「中国の不当な為替政策」でこれを取上げた。

しかしこのリカードの理論は供給サイドだけで経済の成長を捉えている(需要は無限で生産したものは全て消費されるといった前提)。交易によって余った生産要素が他の物の生産に振り向けられ、経済が成長するといった理屈である。つまりデフレ経済の今日の日本には全く当てはまらない幼稚な経済理論である。

しかし教科書でこのリカードの「比較優位の原理」を学んだ学校秀才は、いかなる時にもこの理論が適合できると思い込んでいる。そしてこの自由貿易の障害が、関税であったり、また非関税障壁と呼ばれている補助金や各国の規制と考えている。

中でも最大の交易の障壁が関税という認識である。したがって関税撤廃を目指すTPPは、自由貿易の信奉者に熱烈に歓迎されている。しかしリカードの「比較優位の原理」が唱えられたのは、18、19世紀の牧歌的経済システムの時代を前提にしている。また後ほど述べるが、今日では関税以外の大きな貿易の障壁があることが常識になっている。


しかし第二次大戦後、自由貿易を推進する人々が常に問題にしたのが、この関税であった。GATT(関税と貿易に関する一般協定:WTOの前身)やWTOのメインテーマも関税であった。関税は単純であり目に見えやすいためか、これまでの交渉である程度まで引下げが実施されてきた。しかし補助金や規制などのその他の保護政策に話が及ぶと各国の利害がもろにぶつかり、話が進展しなくなった。


このため各国は、妥協が見込める国とのFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)の締結に走り出している。しかしこれは一種の抜け駆けであり、世界中の国の一斉の貿易自由化を目指すWTOの精神に反している。FTAやEPAが結ばれる毎に、今日、WTOは弱体化している。

筆者は、今後の世界の貿易体制は、TPPに見られるようなグループ化による保護貿易と見ている。ところが自由貿易信奉者は、WTOの弱体化については何もコメントしなくなった。おそらくこれも、彼等の頭の中が混乱しているからであろう。


現行、日本の工業品の輸入関税率はほとんどゼロに近い。つまりTPPに加入した場合、相手国の関税が基本的にゼロになるのだから、輸出企業にとって極めて有利になる。したがって輸出企業に携わっている人々がTPPに賛成なのは理解できる。

ところでこれまで規制緩和や郵政改革などの改革運動では、幼稚な観念論者と強欲に自分の利益を求める者が結び付いていた。筆者は今回のTPP推進派にも同じ匂いを感じる(リカードの「比較優位の原理」などを信じるような観念論者と輸出で利益を得ようする者)。しかし今回は彼等がとんでもない矛盾を抱えそうである。



シー・シェパードのような説得不能な国

貿易の障壁が関税だけでないことは周知の事実である。WTOでも知的所有権といったものが問題になっている。しかし知的所有権は法律だけで縛れるものではない。その国の国民性というものが関係してくる。

先週号で取上げた環境問題も、今日、大きな障壁になっている。中国のように環境を無視する国は、環境を気にせず低コストで製品を製造し輸出することができる。しかし自由貿易の信奉者はこのような問題から逃げている。

しかし何度も繰返すが、筆者は、今日、世界貿易で最大の問題は為替操作と考えている。中国は大きな貿易黒字を続けながら、いまだに購買力平価の4分の1、5分の1の為替レートを維持している。実際、貿易の障壁の話なら、為替操作に比べれば関税なんて霞んでしまう。しかし為替操作はWTOで問題にならないし、自由貿易主義者も触れようとしない。


本誌は、昔、1人民元が1ドルだったことを指摘した。つまり1人民元が360円だった時代もあったである。今日の人民元レートは、対円で30分の1に減価しているのである。世界最大の貿易黒字国の通貨が、購買力平価の4分の1、5分の1でしか評価されていない異常な事態が起っている。

訳の分らない評論家は

「東京の中国人のアルバイトはよく働く」、

一方「日本の若者はニートとなって引きこもっている」


と発言している。彼等の考えでは、これが日本経済の低迷の原因らしい。しかし中国人のアルバイトとっては、中国の所得水準が低いことに加え、人民元が購買力平価の何分の1に維持されていることが大きい。

反対に日本の円が購買力平価より高く推移していることを考慮すれば、東京でのアルバイトの時給は、中国人にとって6,000~7,000円程度に感じられるのである。時給が6,000~7,000円ということになれば、日本の若者も目の色を変えて働くはずである。ニートも半減するであろう。

韓国も、近年、為替操作が目立つ国の一つである。KーPOPタレントの本国での低賃金が話題になっているが、これも彼等が日本に進出したことによって気付いたことと思われる。筆者は、これも少なからず韓国の為替操作が影響していると考える。


今日、一番のTPPの推進者は大手の輸出企業である。輸出企業がCMスポンサーとなっているため、メディアも概ねTPPに賛同している。しかしTPPはとんだ問題を孕んでいる。

これは先週号でも述べたように、TPPが中国排除を意識したものと見られるからである。既に中国に生産設備を移した企業にとって、このことが将来痛手になる可能性がある。せっかく中国を世界の輸出基地にしようと思っていた企業にとって、これまでの中国での設備投資が無駄になるのである。


TPP推進の母体である財界にも、中国との親密な関係を望む者が多い。しかし、今後、彼等はTPPを取るか、中国を取るかの選択に迫られる可能性がある。TPPの内容を見れば、両方を同時に取る(具体的には中国のTPP加入)ということはほぼ不可能である。

筆者は、日本のTPP参加の是非について、判断に正直迷っている。もし農業などへの悪影響が最小限に抑えられるのなら、TPP加入もしょうがないと思
29:777 :

2011/11/06 (Sun) 12:01:50

host:*.bbtec.net

池田信夫の判断力は完全にゼロだった:


池田氏は、このなかで、

「「アメリカが強硬に日本のTPP参加を要求」しているというのは、何を根拠に言っているのだろうか。たとえばNYタイムズで"TPP"を検索すると、2件しか出てこない。その一つでBergstenは「大統領も共和党もTPPに関心をもっていない」と嘆いている。アメリカにとってTPPは、小国を相手にしたローカルな通商協定にすぎない。そこに主要な輸出先でもない日本が入って来ても来なくても、どうでもいいのだ」

と書いている。



一方、現実は:


■「日本のTPP参加」を是が非でも実現したいのは、誰か?


TPP問題は、突然議論が沸きあがってきた経緯から考えても、「日本が参加しようとしている」のではなくて、 「アメリカが参加を強要」しています。

アメリカ政府は、政府自身の公式サイトで、TPPの目的は「輸出拡大」であるとし、 『アメリカの輸出品の拡大は、アメリカの景気回復、およびアメリカでの高品質の雇用の創出と維持にとって重大』であると、明確に言っています。各州ごとにTPPのメリットを伝えるサイトを開設するなど、米政府自身がTPP参加に非常に積極的です。

この米政府の背後にいるのが、この「全国貿易協議(NFTC)」という財界団体・同業組合です。『政府関係者にロビー活動を行って自分たちの会員企業に有利な法律を政府に作らせるのがお仕事』という訳です。
このNFTCが米政府にTPP参加を要求した手紙の最後に、企業リストがあるのですが、


インテル、マイクロソフト、IBM、GAP、コカコーラ、ファイザー、シティグループ、ダウ・ケミカル、GE、ヒューレット・パッカード、ジョンソン・エンド・ジョンソン、リーバイス、オラクル、P&G、タイム・ワーナー、Visa、ウォルマート、ゼロックス


などの、大多国籍企業が名を連ねています。



★見事に、ディビット・ロックフェラー系の企業群がほとんどを占めていることに気がつきます。

★つまり、日本のTPP参加を是が非でも実現したいのは、(日本政府ではなく)更なる市場を狙うアメリカ企業と、雇用創出を狙うアメリカ政府、ということになります。

★アメリカ企業・政府、それらの背後にいる国際金融資本家(D.ロックフェラー)の強い圧力の背景には、彼ら自身が相当に追い詰められていて、日本を完全植民地化しないと生き残れない、という状況判断があります。
日本政府は、情けないことに、アメリカからの圧力に屈しているに過ぎません。

http://www.asyura2.com/11/hasan73/msg/892.html

30:777 :

2011/11/06 (Sun) 12:05:49

host:*.bbtec.net


アメリカで「TPP」を推進して米政府を操る黒幕たちの正体


まず、アメリカからTPPはどのように見えているのかという点については、アメリカ政府自身が開設しているTPP公式サイト「Trans-Pacific Partnership | Office of the United States Trade Representative」内に、アメリカの各州がこのTPPによってどれぐらい恩恵を受けるのか?という説明図があります。

State Benefits from Trade with the Asia-Pacific Region

http://www.ustr.gov/trade-agreements/free-trade-agreements/trans-pacific-partnership/state-benefits-tpp





例えば上記ページの地図でカリフォルニア州をクリックするとこうなります




以下のようにして具体的な数値を上げ、わかりやすくTPPのメリットを解説しています。


TPPは米国の輸出業者のために途方もない機会を提供します。消費者の95%がアメリカの国境の外にある世界において、アジア太平洋地域は世界人口の40%で構成されています。これらの国々の経済はダイナミックで素早く、世界平均よりも急速に成長しており、2009年には世界のGDPの56%を生成しています。アジア太平洋地域はアメリカの輸出にとって世界最大の市場であり、アメリカの農産物の輸出の実に3分の2を受け取っています。オバマ政権はこれらの輸出を増加し、TPPを介して自宅でも地域でもより多くの雇用を創出することをお約束します。

・カリフォルニア州は、世界市場に依存

2009年のカリフォルニア州の輸出出荷台数による金額は1200億ドル(約9.3兆円)となりました。カリフォルニア州の総輸出額の829億ドル(約6.4兆円)、または69%はアジア太平洋地域の市場に行きました。2009年に輸出したTPPのメンバーにおけるトップ3つの製品カテゴリは、コンピュータと電子機器、運送設備、機械類製造でした。

・カリフォルニア州は2009年にアジア太平洋諸国へ829億ドル(約6.4兆円)の財貨を輸出

カリフォルニアTPPチャート



輸出はカリフォルニア州の労働者の雇用を支援:カリフォルニア州の輸出に支えられ雇用の数は82万1000程度と推定されています。また、カリフォルニア州の製造業の輸出は、製造業生産高の20.4%を占めています。カリフォルニア州内のすべての製​​造業労働者のほぼ4分の1(23.7%)が輸出する仕事に依存しています。測定されていませんが、カリフォルニア州の輸出サービスに支えられた、追加雇用もあります。

輸出は何千ものカリフォルニアのビジネスを支えます:合計5万5878もの会社が、2007年にカリフォルニアから品物を輸出しました。これらのうち、5万3323(95%)未満が従業員500人の中小企業(SME)でした。

カリフォルニアの中小企業はTPPの条項から利益を得るでしょう。

中小企業は2007年にカリフォルニアの商品の輸出総額の5分の2以上(44%)を作り出しました。特に中小企業は自由貿易協定の関税削減条件から利益を得ます。特に税関の章において透明性の義務は、慣習や規制の官僚的形式主義の中を案内するためのリソースがない可能性がある中小企業には不可欠です。

カリフォルニア州にUSTRアウトリーチについて調べるにはここをクリック。

注:アジア太平洋地域は、APEC諸国のように定義され、TPPのパートナー国は、オーストラリア、ブルネイ、チリ、ペルー、ニュージーランド、シンガポール、ベトナムです。
出典:米国商務省、米国通商代表

ほかの州をクリックしても大体似たようなことが書かれており、とにかくアメリカの各州において利益が出るのだということを具体的数値やグラフを上げて示しており、雇用も創出できると力説しています。

また、TPPによってアメリカがどれぐらいの恩恵を受けるのかというFAQをまとめたPDFファイルまで用意されており、以下のように書かれています。

なぜアメリカは、TPPに参加しているのですか?

アメリカがTPPへの参加を決めたのは、アジア太平洋地域における経済的持分を進めるために最良の乗り物だからです。アメリカの輸出品の拡大は、アメリカの景気回復、およびアメリカでの高品質の雇用の創出と維持にとって重大なことです。急成長および大きな市場という意味で、私たちの貿易の拡大がアジア太平洋地域より重大な地域はありません。

ほかにも、TPPを21世紀型の協定であると定義し、米国政府は商業組合・NGO・個々の会社および他のグループから129の詳細なコメントをもらっているであるとか、国会議員からもコメントを受け取っているであるとか、スケジュールとしては交渉をできるだけ迅速に終えようと努力しているということも明記されています。

このようにして日本の国家戦略室のサイトに用意されている資料と比べると具体性にかなり差があるのが一目瞭然であり、アメリカにとってかなりメリットがあることをアメリカ国内で積極的に宣伝する意向が読み取れます。

また、アメリカ政府のTPP公式サイトは上記解説のように、各州の利益について具体的に数値を出して示しているわけですが、さらに具体的に考えるとTPPの正体が分かるようになっています。つまり、抽象的な「国家」という概念ではなく、このTPPを推し進めているのは誰か?アメリカの誰が得をするのか?という点を知ることができれば、相手の姿が分かり、目的が分かり、日本も誰が何をすべきかということがはっきりと分かるようになります。

次にいよいよその「具体的な誰か」が誰なのかを見ていきます。

では、アメリカの誰がこのTPPを推進している黒幕なのか?以下のサイトがその正体です。

NATIONAL FOREIGN TRADE COUNCIL
http://www.nftc.org/




この「全国貿易協議会」、略して「NFTC」という財界団体・同業組合がTPPの裏にいる存在であり、TPPを強力に推進しているわけです。NFTCは1914年に設立され、オープンでルールに基づいた国際貿易システムを主張する最も古く、そして最大の規模を誇っています。会員社数は300を超えており、ワシントンとニューヨークにオフィスを構えています。つまり、オープンな国際貿易と投資制度を促進する公共政策を主張し、専門知識および主要問題についての情報をフル動員して広め、さらに政策決定者とオピニオン・リーダーとの対話によって公開討論に影響を及ぼすことでグローバルな通商を進めることです。

もっとわかりやすく身もふたもない言い方をすると、政府関係者にロビー活動を行って自分たちの会員企業に有利な法律を政府に作らせるのがお仕事、というわけです。

そして、このNFTCのサイトにあるPDFファイル「Letter to NEC Director Sperling in Support of TPP」に、このTPPに賛成し、推進している企業の名前が連ねられています。「NEC」とは「National Economic Council」の略で、日本語訳すると「米国家経済会議」となります。つまり、業界団体が政府に手紙を2011年2月3日付で送った、というわけです。

この手紙自体の中身はTPPで要求したいことがつらつらと書かれており、途中まではすでに一連の記事で書いてきたことばかりなのですが、問題はその文末にあります。

私たち共通の政府のゴールとして2011年11月までにTPP交渉を終え、アメリカ企業と労働者が外国市場へ適正に参加する能力を制限する障壁の撤廃に取り組みます。この交渉終了を達成するためにアメリカはTPP交渉を通してアメリカ経済全体のキーとなる分野において、高い基準、強い保護、最大限の市場アクセスを要求しなければなりません。
ということで、なんと2011年11月には交渉の中身自体を「終える」ことが既に2月で目標として出ており、2012年に最低あと5回は交渉が行われるという話でしたが、ほぼ中身自体は確定しており、あとは「最後まで走るだけ」というレベルにまで達しています。だからこそ、最後まで走り切れ!という意味の最後の一押しとなる激励の手紙を政府に送っており、末尾にはこのTPPを推進している企業の名前がずらっと並んでいます。

以下がそのリストです。かなり膨大な量になっていますが、インテル、マイクロソフト、IBM、GAP、コカコーラ、ファイザー、シティグループ、ダウ・ケミカル、GE、ヒューレット・パッカード、ジョンソン・エンド・ジョンソン、リーバイス、オラクル、P&G、タイム・ワーナー、Visa、ウォルマート、ゼロックスなどといった有名企業も山ほどあり、つまりTPPでの交渉とは、これらすべての企業を相手にするのと同じ意味なのだ、ということです。

有名企業以外にも日本では知られていないが非常に強力なロビー活動のための組織が山ほどあり、TPPでなぜあれだけ多くの分野が上がっているのか、その理由がわかるはずです。加盟社数、会員社数、構成員数、これまでの歴史、アメリカはTPPのためにこれまでアメリカが築き上げてきたすべてのものを総動員しているというのが、一目瞭然です。

----ここから----

Abbott Laboratories(アボット・ラボラトリーズ、1888年設立の製薬会社、世界130カ国で事業展開を行っており、1985年に世界初のHIV血液検査薬を開発)

ACE Group(エースグループ、生命保険会社で主にロンドンのロイズ保険市場を使っている)

Advanced Medical Technology Association (AdvaMed)(先進医療技術工業会)

American Apparel & Footwear Association (AAPC)(アメリカの服とフットウェアの協会、何百もの下請け業者を代表する産業業界団体)

American Automotive Policy Council (AAPC)(クライスラー、フォード・モーター、ゼネラル・モーターズの自動車大手3社がアメリカの自動車推進政策会議として組織し、国際貿易と経済政策に関する自動車推進の通商政策会議を行っている)

American Business Conference (ABC)(1981年に設立されたアメリカ営業会議、経済の中型の高度成長セクターの公共政策についてロビー活動を行う団体で、主に製造業・公共事業・先端技術・金融サービスがメンバー)

American Chamber of Commerce in New Zealand(AmCham)(ニュージーランド米国商工会議所、フォーチュン500の会社などがメンバーで、45年以上もの間、アメリカとニュージーランドの貿易・投資・観光旅行を促進してきた)

American Chamber of Commerce in Singapore(AmCham Singapore)(シンガポール米国商工会議所。アメリカ国外では最大規模の米国商工会議所のうちの1つ、ASEANで最大の米国商工会議所であり、シンガポールで最大の外国の商工会議所。シンガポールで概算250億ドル(約1.9兆円)の投資を行っている。4500人のメンバーと700を超える会社が加盟しており、1年あたり280を超えるビジネス・イベントを開催し、13の産業に焦点を置いた委員会を所有する)

American Chamber of Commerce in Vietnam (Hanoi)(AmCham Hanoi)(1994年設立のベトナム・ハノイ米国商工会議所。メンバー数は450人、立法および行政改革・ネットワーキング・ビジネス状況報告・貿易使節団・有益な出版物を取り扱い、政府に対して景気を増強するロビー活動も行う)

American Chamber of Commerce in Vietnam (Ho Chi Minh City)(AmCham Vietnam in HCM City)(ベトナム・ホーチミン米国商工会議所。1996年設立で700の会社と1500人の会員を有する)

American Council of Life Insurers (ACLI)(生命保険産業のためにワシントンD.C.でロビー活動を行う業界団体。米国生命保険産業の総資産の90パーセントを占める300社の保険会社を代表している)

American Forest & Paper Association (AF&PA)(米国森林・製紙協会。林業協会と米国製紙工業会の合併によって1993年1月1日設立。米国のパルプおよび製紙業のおよそ80%および木製建築資材キャパシティーの50%のメーカーを代表する林産品産業の国立同業組合)

American Import Shippers Association (AISA)(米国輸入運送協会。1987年設立で、織物・衣服・フットウェアおよび他の消費財のアメリカの輸入業者をとりまとめる世界最大の国際的発送協会のうちの1つ)

American Soybean Association (ASA)(アメリカ大豆協会。アメリカの大豆生産者2万2000人で構成された非営利農業団体で、1920年設立。過去90年間にわたって政府に対するロビー活動、生産者の教育、啓蒙活動を行っている)

ANSAC(ANSAC: American Natural Soda Ash Corporation)(1984年設立、アメリカン・ナチュラル・ソーダ灰株式会社。アメリカのソーダ灰3社のための国際的な物流部門。グラス、洗剤およびいくつかのナトリウムに基づいた化学薬品の製造の中で使用される本質的な原料である炭酸ナトリウム(Na2CO3)であるソーダ灰を扱っている)

Applied Materials, Inc.(アプライドマテリアルズ、アメリカ半導体製造装置最大手で1967年設立。半導体(集積回路)チップ、コンピューターとテレビのための平面パネルディスプレー、家と建物のためのグラスコーティング、産業と光起電力の太陽電池のためのフレキシブル基板コーティング)

Association of American Publishers (AAP)(米国出版社協会。アメリカの本出版産業の国立同業組合で、より小さく非営利的な出版者、大学出版局などアメリカのほとんどの主な商用出版者を含む300人を超えるメンバーを擁する。知的財産と国際著作権を扱う)

Association of Equipment Manufacturers (AEM)(設備メーカー協会。農業、建築、採鉱および公益事業の産業用設備を製造する会社のための同業組合)

AT&T(エイ ティ アンド ティ、アメリカ最大手のモバイルと固定電話の電話会社。1877年にグラハム・ベルが設立したベル電話会社が前身で、現在では1億70万人以上の携帯電話ユーザーを持っている)

Bechtel Corporation(ベクテル、石油コンビナート、原子力発電所、キング・ファハド国際空港、ホンコン国際空港、英仏海峡トンネルなどの建設を請け負う世界最大級の建設会社)

Boeing Company(ボーイング、1916年設立の多国籍航空宇宙および防衛関係請負業者。アメリカで唯一の大型旅客機メーカーであり、ヨーロッパのエアバスと世界市場を二分する巨大企業。民間機だけでなく軍用機・ミサイルなどの研究開発・設計製造も行っている)

Biotechnology Industry Organization (BIO)(バイオテクノロジー産業協会。産業ロビー団体で1100人を超えるメンバーで構成された世界最大のバイオテクノロジー団体)

C.V. Starr & Co., Inc.(CV Starr)(革新的なリスク管理解決策を提供するグローバルな保険および金融サービス組織。飛行機、船舶、エネルギー、財産および超過災害保険を扱う)

Cargill, Incorporated(カーギル、1865年設立のアメリカ最大の個人所有企業で、もし公開企業であればフォーチュン500のトップ10に入ると言われている穀物メジャー。食品、農産品、金融商品、工業用品および関連サポートをグローバルに生産して提供し、63か国でビジネスを展開、総従業員数は13万8000人)

Caterpillar, Inc.(キャタピラー、建設および採鉱設備、ディーゼル機関および天然ガス機関の世界で最大のメーカー。機械類とエンジンを売り、世界的な販売網によって顧客に金融商品と保険も売っている)

Chevron Corporation(シェブロン、1879年創業の石油関連企業。世界の石油関連企業の中でも特に巨大な規模を持つ国際石油資本、いわゆるスーパーメジャーと総称される6社の内の一社)

Citigroup, Inc.(シティグループ、1812年に前身である会社が創業された多国籍金融サービス企業。世界140カ国に1万6000のオフィスを持ち、世界で最大の金融サービス・ネットワークを所有、社員数は26万人、顧客の口座は2億以上開設されている)

Coalition of Service Industries (CSI)(サービス業連合。サービス業全般を代表しており、アメリカの労働力の80%を使用し、全国経済生産高のうちの4分の3を占めている。保険、テレコミュニケーション、情報技術、速達便、オーディオビジュアル、エネルギー・サービス、また他のサービス業を含んでおり、銀行業務から国際的大企業まで世界100カ国を網羅する)

The Coca-Cola Company(コカ・コーラ、多国籍飲料企業大手。現在200か国以上で500を超える商標を展開し、毎日17億杯もコカコーラを売っている)

Corn Refiners Association (CRA)(コーン精製者協会。コーン精製とはコーンスターチ、トウモロコシ油、ブドウ糖果糖液糖(HFCS)の生産のこと)

Council of the Americas (COA)(アメリカ評議会。自由貿易、民主主義および公開市場を促進しているアメリカの事業組織。経済・社会開発、公開市場、法の支配および西半球の至る所での民主主義に対する共通の責任を共有しており、委員会の会員は銀行業務、金融、コンサルティング・サービス、消費者製品、エネルギー、採鉱を含む広範囲のセクター、製造、メディア、技術、輸送を代表する主要な国際会社から成り立っています)

CropLife America(CROP、農業のバイオ企業の国際的な連合)

DHL(ディーエイチエル、世界最大の国際輸送物流会社。国際ロジスティクス会社ドイツ・ポストの1部門)

Diageo(ディアジオ、イギリスの酒造メーカー。世界で最大のビールとワインの主要製造業者でもあり、スミノフ、ジョニーウォーカー、ギネス、キルケニー、ベイリーズ、J&B、キャプテンモルガン、クエルボ、タンカレー、ボーリューヴィニャード、スターリングヴィンヤーズワインなどのブランドを持つ。180か国以上で販売を行い、80か国にオフィスを持っている)

Distilled Spirits Council of the United States (DISCUS)(合衆国蒸留酒会議。数十年間存在した3つの組織(ブルボン研究所、酒精協会およびライセンスト・ビバレッジ・インダストリーズ社)の合併によって1973年に結成された。アメリカで販売されているすべての蒸留酒の80%を代表している)

The Dow Chemical Company(ダウ・ケミカル、世界最大級の化学メーカー。175か国以上に4万6000人の従業員を持ち、1897年設立。米国化学工業協会の会員)

Eli Lilly and Company(イーライリリー・アンド・カンパニー、1876年設立の製薬会社。糖尿病治療のためのインスリン製剤で有名で、今日世界で最大のインスリンメーカーであり、精神医学薬剤の配給元でもある)

Emergency Committee for American Trade (ECAT)(米国貿易緊急委員会。米財界有力者が結成した自由貿易推進団体で1967年結成)

Emerson(エマソン、多国籍企業。広い範囲にエンジニアリング・サービスを提供し、アメリカで最大のコングロマリットのうちの一つ。150か国に12万7700人の従業員を持つ)

Express Association of America (EAA)(アメリカ速達便協会。4つの大きな統合速達便会社であるDP DHL、フェデックス、TNT、UPSが作った新連合)

Fashion Accessories Shippers Association (FASA)(ファッションアクセサリ運送協会。国立ファッション・アクセサリーズ協会社(NFAA)によって1986年に設立され、政府の事務に助言したり、価値のある米国関税情報を供給することが役割)

FedEx Express(フェデックス、物流サービスを提供する世界最大手の会社)

Fluor(Fluor Corporation、石油およびガスの建設会社でフォーチュン500のうちの1社。4万1000人を超える国際的な従業員を雇用し、25か国以上に展開している)

Footwear Distributors & Retailers of America (FDRA)(アメリカ履物配給者・小売り業者協会。フットウェアの小売り業者、配給者、メーカー、サプライヤーおよび国際貿易協会)

Freeport-McMoRan Copper & Gold Inc.(Freeport、世界で最も低コストの銅生産者および金の世界で最大の生産者のうちの1つ)

Gap, Inc.(Gap、アメリカで最大の衣類および付属品小売り業者。13万5000人の従業員がおり、世界中に3076の店舗を展開、そのうち2551はアメリカ国内)

General Electric Company(GE、世界最大のコングロマリット(複合企業)であり、売上高世界第二位のメーカー。1878年創業でエネルギー、技術インフラストラクチャー、資本財政および消費者産業の4つのセクションを持つ)

GlaxoSmithKline(グラクソ・スミスクライン、イギリスの医療用医薬品製薬会社。医療用では呼吸器系・抗ウィルス・ワクチンの分野で高シェアを持っている)

Grocery Manufacturers Association (GMA)(食料品店メーカー協会。1908年以来、食物、飲料およびコンシューマ製品のブランド化に努めており、公共政策に産業規模の効率を増加させるためにロビー活動を行っている。最大のメンバーはコカ・コーラ、ネスレ、ペプシコ、プロクター・アンド・ギャンブル、デル・モンテ・フーズおよびユニリーバ)

Hanesbrands, Inc.(ヘインズブランズ、世界的な一般消費財企業で主にアパレルを扱う衣料品会社。Wikileaksの公電の中では国務省にロビー活動を行ってハイチの1時間あたりの最低賃金を0.61ドルから0.31ドルまで下げさせたことが暴露されている)

Herbalife Ltd.(ハーバライフ・インターナショナル、健康食品とスキンケア商品の企業。210万人のネットワークビジネスを駆使し、76か国でMLM方式のビジネスを展開。社員数は4000人)

Hewlett-Packard Company(ヒューレット・パッカード、製品、技術、ソフトウェア、ソリューション、および政府の顧客を含む個別消費者、中・小型のビジネス(SMB)および大企業に対する製品を提供するアメリカの多国籍情報技術企業)

IBM Corporation(IBM、コンピューター・ハードウェアとソフトウェア、メインフレーム・コンピューターからナノテクノロジーまで及ぶコンサルティング・サービスも含む多国籍技術企業。時価総額では世界2番目の規模の技術会社)

Information Technology Industry Council (ITI)(米国情報技術工業協議会、米国の主要なハイテク企業によって構成される団体で世界各国の首都、WTO(世界貿易機関)におけるロビー活動を最も効果的に行うテクノロジ産業の業界団体として広く知られている)

International Intellectual Property Alliance (IIPA)(国際知的財産連合。1984年に形成された、7つの同業組合の民間部門連合。著作権法によって保護されたコンピューター・ソフトウェア、フィルム、テレビ番組、音楽、本およびジャーナルを対象としている)

Independent Film & Television Alliance (IFTA)(インディーズ映画&テレビ連合。構成は22か国で150を超える会員会社を持っており、販売代理店、テレビ会社、スタジオ関係会社および金融機関などを含む)

Intel Corporation(インテル、世界最大の半導体チップ・メーカー)

J.C. Penney Corporation, Inc.(J. C. Penney、アメリカの中程度のデパートチェーン、50の米国の州およびプエルトリコすべてに1107のデパートを展開している)

Johnson & Johnson(ジョンソン・エンド・ジョンソン、アメリカの医薬品・ヘルスケア製品メーカー。1886年設立で、世界に250以上のグループ企業を保有しており、医薬品・医療用機器・診断薬を製造。救急絆創膏「バンドエイド」で有名。世界企業ランキングでは製薬ヘルスケア部門で世界第2位)

Kraft Foods(クラフト・フーズ、アメリカの菓子、食物および飲料コングロマリット大手。155か国以上で多くの商標を売り、そのうちの12個で毎年10億ドル以上を得ている。キャドバリー、ジェーコブス、クラフト、LU、マックスウェル・ハウス、ミルカ、ナビスコ、オスカーメイヤー、フィラデルフィア、トライデントなどを持っている)

Levi Strauss & Co.(リーバイス、デニム・ジーンズのリーバイス・ブランドで世界的に知られている個人所有のアメリカの衣料品会社)

Mars, Incorporated(MARS、菓子、ペットフードおよび他の食品の世界的なメーカーでフォーブズによってアメリカで5番めに大きな私企業に位置付けられている)

McDermott International(McDermott、アメリカ、中東、カスピ海および環太平洋で事業で主に海を舞台にした国際的なエンジニアリング会社)

The McGraw-Hill Companies(マグロウヒル、出版社。ビジネスウィーク誌などの雑誌の出版や、教育、放送、金融事業などを行っており、スタンダード&プアーズやJDパワーの親会社)

Merck & Co., Inc.(メルク、世界140カ国以上で事業を展開している世界的な医薬品大手企業で1891年設立。従業員数は約9万3000名。世界に七つある巨大製薬会社の1つ)

Microsoft Corporation(マイクロソフト、多国籍コンピューティング企業。マイクロソフト・オフィスとウインドウズで超有名)

Monsanto Company(モンサント、遺伝子組み換え作物の種の世界シェアは90%を占め、研究費などでロックフェラー財団の援助を受けている多国籍バイオ化学メーカー)

Motion Picture Association of America (MPAA)(アメリカ映画協会。映画産業の業界団体であり、ハリウッドのメジャースタジオなどをメンバーとする)

National Association of Manufacturers (NAM)(全米製造業者協会。アメリカ最大の産業同業組合)

National Cattlemen’s Beef Association (NCBA)(全国牧畜業者牛肉協会。牛肉生産者の集まりで、「景気および消費者需要の増強により牛および牛肉生産者のための利益獲得機会を増加させる」のが目的)

National Center for APEC (NCAPEC)(アジア太平洋経済協力会議(APEC)のための米国のナショナル・センター。APECのための唯一の米国商業組合で、APECのプロセスへのアメリカの民間部門としてロビー活動を繰り広げている)

National Confectioners Association (NCA)(国立菓子屋協会。69の菓子会社の代表によってシカゴで1884年に設立され、世界で最も古い同業組合のうちの1つ)

National Foreign Trade Council (NFTC)(全国貿易協議会、TPPの総元締め)

National Music Publishers Association (NMPA)(全米音楽出版社協会。音楽出版社の全米団体で著作権保護を活動の中心としており、1917年設立。800を超える音楽出版社が加盟しており、アメリカの音楽著作権の60%を処理している)

National Pork Producers Council (NPPC)(国立豚肉生産者評議会。国内と世界市場への高品質の豚肉の一貫して信頼できるサプライヤーとして米国豚肉産業を確立することにより、米国豚肉生産者および他の産業ステイクホルダーの成功の機会を増強して、その43の合併された州協会を代表して公共政策に関与するロビー団体)

National Retail Federation (NRF)(全国小売連盟。世界で最大の小売り業協会で、デパート・専門店・ディスカウントストア・通信販売・ネットショッピング・独立小売業者およびチェーン・レストランおよび食料雑貨店を含む。4兆4000億ドル売上、2400万人を超える従業員、160万軒以上の米国の小売店を含んでおり、さらに100を超える協会をも含んでいる)

News Corporation(ニューズ・コーポレーション、アメリカの多国籍巨大メディア企業。タイムズ・20世紀フォックス・FOXテレビジョンなど大手新聞、テレビ、映画会社などを傘下におさめるオーストラリア発祥の世界的なメディア・コングロマリット。)

Oracle Corporation(オラクル、アメリカの多国籍コンピューター技術企業。世界で第2位のソフトウェア会社。世界市場のトップシェアを占めるデータベース管理システムソフトを持つ。)

Outdoor Industry Association(OIA)(アウトドア企業団体。アウトドア産業で4000社以上のメーカー、配給者、サプライヤー、販売代理人および小売り業者に貿易サービスを提供している同業組合)

Pacific Sunwear of California, Inc.(PACSUN、小売り衣料品会社。南カリフォルニアの若者文化および流行に定着している。十代とヤングアダルトのためにデザインされた限定アクセサリーやフットウェアなどが有名で、50の州およびプエルトリコに826の店を展開している)

Pfizer, Inc.(ファイザー、世界売上1位のアメリカの多国籍製薬企業。1849年創業、11万6500人の従業員を抱える。バイアグラを作ったのはここ)

Pharmaceutical Research and Manufacturers of America (PhRMA)(米国研究製薬工業協会。米国で事業を行っている主要な研究開発志向型の製薬企業とバイオテクノロジー企業を代表する団体)

Principal Financial Group(プリンシパル・ファイナンシャル・グループ、1879年に設立された約130年におよぶ歴史を持つ世界有数のグローバル金融サービス機関。傘下の会社を通じて個人や法人の投資家に対してリタイアメント・サービス、資産運用、保険等の様々な金融商品ならびにサービスを提供している)

Procter & Gamble(P&G、プロクター・アンド・ギャンブル、世界最大の一般消費財メーカー。2011年度の売上は826億ドル(約6.4兆円))

Recording Industry Association of America (RIAA)(アメリカレコード協会。アメリカで生産され売られたすべての正当なレコード音楽のおよそ85%を作成・製造・分配している)

Retail Industry Leaders Association (RILA)(小売り業界リーダー協会。公共政策と産業によって消費者の選択および経済的自由を促進することを目的とした同業組合)

Sanofi-Aventis(サノフィ・アベンティス、フランス・パリを本拠とする製薬・バイオテクノロジー企業でヨーロッパ最大手。循環器系・代謝系・中枢神経系・内科系・血栓症・がんなどの医薬品やワクチンを製造している)

Securities Industry and Financial Markets Association (SIFMA)(証券業界および金融市場協会。アメリカと香港で証券会社、銀行および資産運用会社を代表する主要な証券業界業界団体の1つ)

Skyway Luggage Company(Skyway、1910年設立の荷物メーカー。カナダ、メキシコ、ヨーロッパ、オーストラリアおよびニュージーランドへの国際的卸売業者でもあり、アメリカで最大の独立して所有された荷物サプライヤー)

Smart Apparel U.S., Inc.(Smart Apparel、紳士服やスポーツウェアおよび礼装用ワイシャツなどのアパレルメーカー)

Society of Chemical Manufacturers and Affiliates (SOCMA)(化学メーカー協会。国際貿易協会であり、合理的なルールを求める団体)

Target Corporation(ターゲット、小売業者。ウォルマートに次ぐアメリカ2番目のディスカウントチェーンで、アメリカ全企業の収入ランキングでは33位)

AnnTaylor Stores Corporation(アン・テイラー、女性向け衣類小売りチェーン。クラシックスタイルのスーツやドレス、靴やアクセサリーを製造・販売していて、46の州で907の店や工場を展開している)

TechAmerica(テックアメリカ。アメリカを中心としたハイテク技術産業団体で、1200の企業が所属。目標として「草の根からグローバルへ」を掲げています)

Time Warner, Inc.(タイム・ワーナー、世界最大のメディア企業の1つ。CNN、ワーナーブラザーズ、カートゥーンネットワーク、ブルームバーグ、TIME、ニューラインシネマ、DCコミックなどを傘下に持つ)

Travel Goods Association (TGA)(旅行用品産業の全国組織で、製造業者、代理店、小売業、プロモーター、販売店、そして下請け業者までがメンバーに含まれている)

TTI Global Resources, Inc.(TTIグローバルリソース。アパレルや靴下関係のビジネスを背後に持つ投資グループが2001年に作った企業で、最初はタイで細々と事業を営んでいましたが、国際サプライチェーン化して、今やタイの他に中国やベトナムで生産や経営のサポートをしている)

Tumi(トゥミ、スーツケースやカバンを作っているメーカー。ペルーで平和活動を行っていたチャーリー・クリフォードが1975年に設立。世界に直営店舗を120店舗出店している)

U.S.-ASEAN Business Council(米国ASEANビジネス協議会。ワシントンD.C.、バンコク、ハノイ、ジャカルタ、マニラ、シンガポールにオフィスを置き、アメリカとASEAN諸国との間の市場問題を解決している)

U.S. Association of Importers of Textiles and Apparel (USA-ITA)(アメリカ繊維アパレル輸入協会。国内の布や衣類の輸入業者が一体となった主張をするべく1989年に設立。アメリカの小売業者やブランド、輸入業者のニーズを代表し、ビジネスの障害を取り除くべく活動している)

U.S. Chamber of Commerce(アメリカ商工会議所、ロビー団体。多数の企業や産業団体の利益を代弁するためにロビイストのほかに政策専門家や弁護士が所属する、アメリカ最大のロビー団体の一つ)

United States Council for International Business (USCIB)(米国国際ビジネス評議会。1945年に「開かれた国際取引システム」促進のために設立され、300以上の多国籍企業や法律事務所、商業組合が加盟している)

United Technologies Corporation(ユナイテッド・テクノロジーズ、多国籍企業。航空機のエンジンやヘリコプター、燃料電池、エレベーターやエスカレーター、防火や警備などの建物システムなど幅広い製品を扱うコングロマリット。軍事企業でもあり、攻撃ヘリのブラック・ホークやミサイル関連も扱っている)

United Parcel Service (UPS)(ユナイテッド・パーセル・サービス、貨物運送会社。世界中の220の国や地域に展開していて、1日の顧客は610万人、運ぶ荷物の数は1500万個以上)

US-New Zealand Council(アメリカ・ニュージーランド評議会、超党派非営利組織。アメリカとニュージーランドとの間の貿易拡大や投資、業務提携促進のために活動している団体。評議会メンバーやスポンサー合計38社のうち34社はアメリカ企業や多国籍企業、4社がニュージーランド企業)

Visa Inc.(ビザ、カード会社。200カ国以上で使用可能なクレジットカードのブランド。クレジット以外に支払いと同時に引き落としが行われるデビットや先に入金して積み立てておくプリペイドのサービスも行っており、アメリカでは70%以上がこちらの利用方法)

Wal-Mart Stores, Inc.(ウォルマート、ディスカウントショップ最大手。従業員数が200万人もいる世界最大の企業で、収益も世界18番目。世界15カ国にいろいろな名前で合計8500店舗を展開している)

Xerox Corporation(ゼロックス、印刷機器製造会社。世界160カ国に展開しており、従業員の数は13万6000人。イギリス女王エリザベス2世とチャールズ皇太子の「御用達リスト」に加えられている)

----ここまで----



これらのリストを見れば分かるのですが、「アメリカ」という国一つを相手にしているのではなく、その裏にいるこれだけの多国籍企業をTPPは相手にしており、TPPでアメリカと交渉するということは、これらすべての企業を代表するアメリカ政府と交渉する、ということを意味します。果たして、日本がTPP交渉の席に着くことができたとして、それで何ができるのか、交渉に適した人物はいるのか、日本の企業はどうするのか、そういうことすべてが問われることになります。

http://www.asyura2.com/11/bd60/msg/326.html
31:777 :

2011/11/06 (Sun) 14:25:25

host:*.bbtec.net


TPP加盟後は、日本の公共事業はすべてアメリカの会社が今の1/4の値段で落札する。

年収80万円の中国人社員にやらせるから安くできるんだな


確かに日本人は一度痛い目に遭わないとわからないから、TPPやった方がいいな。

日本の仕事を請け負ったアメリカの会社は仕事を年収80万円の中国人社員にやらせるからな。

農業も工業も全部潰されて、日本中がチャイナタウンで溢れる様になったら
今迄甘やかされていた日本人も眼が醒めるんじゃないか。
32:777 :

2011/11/08 (Tue) 00:14:22

host:*.bbtec.net

『TPP賛成派の意見を要約すれば』

TPP賛成派の中身ですが、アメリカ系投資銀行勤務でブログ『金融日記』の藤沢数希が実に判りやすく解説しているが、普通の神経なら怒りが必ず湧いて来る腹立たしい代物。
もっと露骨に『自由競争』を解説しているのが、米国カリフォルニア大学バークレー校に留学MBA(経営学修士)を取得したという日本人の会社社長の『お話』で羅列して見ると、


★日本人は、電気、機械、自動車などの輸出産業のおかげで食っていられる。
金を稼いでいるのは輸出産業であって、農林水産業も、国内向け小売業、飲食業、サービス業もみんな、輸出産業が食わせてやってるんだ。

★非正規雇用、派遣社員は、能力が無くて努力もしてこなかったんだから、政府や企業を批判する資格なんて無い。
失業も、リストラも、賃下げも、今の境遇は全部自己責任だ。
企業は、今まで賃金を払ってやってたんだから、企業に感謝こそすれ批判するなんて、恩をアダで返すようなもんだ。

★大企業を優遇して、金持ちをさらに金持ちにすることで、日本は豊かになる。
大企業や金持ちを批判するのは、怠け者の僻(ひが)みだ。

★労働者の賃金はどんどん下げて、株主配当を増やすべきだ。
なぜなら、経済のために貢献しているのは、いくらでも取替えがきく労働者ではなく、経済を主導する株主だから。

★お金持ちや大企業は、お金を増やすのが上手いのだから、お金は大企業とお金持ちに持たせるのが良いのだ。
貧乏人がお金を持っても、ロクなことに使わない。
自由主義社会なんだから、カネや豊かな生活を望むなら、貧乏人はもっと努力をしろ。

★日本には資源が無く、人的資源、および労働力以外に国際競争力は無い。
なので、国際競争力を維持するためには、労働者の賃金を上げてはいけない。
賃金を上げると、国際競争力が無くなり、中国やインド、その他賃金の安い新興国に負けて、日本がダメになる。

★収入格差を是正するために、日本国民は、もっと株式投資をするべきだ。

★能力が無いから、非正規雇用になったり、低賃金の仕事にしか就けないんだ。
それがイヤなら、資格や能力を身につけたり、人一倍の努力をしろ。

★企業は法律に則って運営し、利益を出し、税金も払ってるのだ。
だから、内部留保を使って(派遣切りに会った)元従業員のためになんかビタ一文援助してやる必要など無い。
クビになった従業員は、一文無しだろうと、真冬に住むところが無くなろうと、即刻、社員寮から出て行くべきだ。
また、そんな境遇は自己責任だから、税金で救ってやる必要もまったく無い。(湧泉堂さんの2009.07.21記事から拝借 )
日本でドラッカーの経営学が流行らなくて、一般の普通の日本人にとっては幸せな話であり大正解ですよ。



自称マクロ経済学者池田信夫は『全員がユニクロになれ』(そうすれば成功する)と主張する。

良く似たことは竹中平蔵も言っています。曰く

『みんながビル・ゲイツになれ』ですよ。


池田信夫や竹中平蔵ですが、ユニクロやビル・ゲイツが全員ではなくて、その正反対。唯一の例外的な存在だから、大儲け出来たのですね。
全員が同じように真似たら、誰一人も儲からないのです。

規制緩和で料金が自由化されて大阪では初乗り500円、5000円超は半額のタクシー会社が現れて、最初この会社は大流行りで大いに儲けることが出来た。
ところが直ぐに真似する同業者が現れ、今では殆どの会社が採用してしまい、全員の売り上げは大幅に落ちるし、それを何とか解消しようと運転手が無理をするので交通事故が頻発する。
規制緩和は一時的には良かったのですが、結果的には会社も運転手も客も誰一人も得する者が無い。恐るべし、新自由主義。
スポーツでも経済でも同じで、自由な競争の為には、全ての規制の撤廃ではなくて、公平なルールの確立であるとの当然の話が忘れられていたのです。
ルール無しなら自由な競争など起きなくて、それは殺伐とした弱肉強食の殺し合いしか起きないのです。

我が日本国は、テレビなどの家電製品は輸出黒字国ではなくて、生産の海外移転の結果純粋な赤字国に転落しているのが現在の状況なのです。

http://www.asyura2.com/11/hasan73/msg/905.html
33:777 :

2011/11/08 (Tue) 23:06:50

host:*.bbtec.net

上のTPP賛成論者のどこがおかしいかも指摘しておきますね:



人口100人の青い目の人達の村_TPP village があった。

4人の資本家に支配された労働者庶民96人が住んでいた。

資本家の年俸は2億円、残りの庶民は年俸200万円
全体で9億9200万円の紙幣が循環していた。

TPP village では、自動車は6〜7台しか売れず、他の者は自転車だった。
暴動や略奪や薬物中毒・犯罪が頻繁に起こっていて
ズタズタなスラム社会になった。


その村の隣に、ジパングという人口100人の島国があった。

20人の知恵者をリーダーとした職人庶民80人いた

リーダーの年俸は1440万円、残りの職人は年俸500万円

全体で TPP village より少しすくない6億8800万円の紙幣が循環していた。

その村では、自動車は100台売れた。 自転車も売れた。

あらゆる産業が学問が医療が社会福祉が発展し
インフラが整備されていき、すばらしい街を形成していった。

34:777 :

2011/11/12 (Sat) 15:21:46

host:*.bbtec.net


TPP賛成者は経済板の恥


1 :ぞうさん ◆LiWT5qNyJI :2011/11/12(土) 11:13:06.94

経済のブロック化は
経済学の見地からは愚策。
自由貿易こそが国民に富をもたらすのだ。

経済学学の皆様が反対しないのはなぜだ?





2 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2011/11/12(土) 11:14:32.93

TPPが国内法に優越することを知らなかった

10年間で関税全廃することを知らず、保護できる関税があると思ってた

今からでは交渉参加は半年後。条件闘争出来ないことを知らなかった

ISD条項を知らなかった

TPPよりASEAN+6が国益であることを隠してた


ついでに、TPP加入でGDPが10年間で2.7兆円増という試算は

「農水業関連の現在の関税や規制を守ったまま」という条件での試算だったことが判明。

おしめえだ





4 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2011/11/12(土) 11:16:11.09

日本人は一度痛い目に遭わないとわからないから、TPPやった方がいいよ。

日本の公共事業を請け負ったアメリカの会社は仕事を年収80万円の中国人社員にやらせるからな。

農業も工業も全部潰されて、日本中がチャイナタウンで溢れる様になったら今迄甘やかされていた日本人も眼が醒めるんじゃないか。



5 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2011/11/12(土) 11:17:07.76

日本列島をシナ人にくれてやり、世界へ雄飛する日本人!

カッコイイ!!

ユダヤ人の亜流誕生wwwwwwww





6 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2011/11/12(土) 11:18:29.67

メキシコを見て行動しよう。メキシコは日本の未来だ・・。





9 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2011/11/12(土) 11:21:38.86

中国は農業用水はおろか飲み水もないからな。

何故シナ人が日本の水源地を買い占めてるのかと思ったら、TPPに加入したら
言い値で日本政府に買い取らせる事ができるからなのさwwwwwwwwwwww


日本の水資源がある地域の土地を外国人が買い占める事例があるが、TPP加盟によりISD条項が導入されると、外国資本により日本の水資源が奪い去られる恐れがあるということだ。
どのような可能性が具体的にあるかは触れられなかったようだが、 僕が思いつくだけでも、

地下水汲み出しについての権益化、つまり、

一定地域の地下水を有料にしていくということや、そもそも、その外国資本だけが地下水の汲み出し権を独占してしまうこと。


そして、もし何らかの地下水汚染が発見された場合、日本政府への賠償要求だ。

特に、原発事故による地下水汚染はほぼ永久に続くだろうし、その風評被害はいかようにも解釈できるから、
ある意味、ほぼ無限の金のなる木を外資は見つけることになる。



15 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2011/11/12(土) 11:43:06.16

まあ、中国人は日本に移住する以外は生き延びる道はないんだ。

水銀・鉛入りの水しかなければ生きていけないからね。

その為にアメリカとグルになって、日本人を日本列島から追い出そうとしてるのさ。






14 :ぞうさん ◆LiWT5qNyJI :2011/11/12(土) 11:41:37.91

怖いのは外国資本なのか それとも国内資本、政府なのか?

原発事故の教訓はないのか?
日本政府や企業は外国よりも信用できるのか?






16 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2011/11/12(土) 11:45:03.01

<怖いのは外国資本なのかそれとも国内資本、政府なのか? >

中国とアメリカ金融資本は一体なんだよ。

トヨタやキャノンも同類。

多国籍企業には国籍は関係ないのさ。



17 :ぞうさん ◆LiWT5qNyJI :2011/11/12(土) 12:00:15.14
>>16
意味不明だな。


18 :yasu ◆.ZySJZQLas :2011/11/12(土) 12:00:57.89

以前MPJの板で、TPP賛成なのか反対なのか、はっきりさせろ。
それから論評しろと何回言っても、賛否をはっきりさせず、言いがかりのような論難ばかり繰り返すレスがあったが、
やはり、頭が弱くて賛成か反対か意志決定できないのだろう。 だが一連情報や韓米FTAの状況からTPPの危険性が人口に膾炙してきたようだ。

http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/news/5223/1299817817/

もはや、極端なTPP推進派は、経済板ではレスできなくなっているようだ。

それに野田首相がTPP交渉に参加すると言ってみたところで、今更話が進んでいる条約の内容をどうこうできるわけでもなし、批准も危うい
向こうから断ってくるのではないだろうか。




19 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2011/11/12(土) 12:05:25.26

<怖いのは外国資本なのかそれとも国内資本、政府なのか? >

ロスチャイルドは日本に中国人2億人を移住させる計画だ。

その為にはTPPで日本人を失業させて追い出すしかない。

小澤や鳩山の政策はすべてロスチャイルドの指示通り

道県制も夫婦別称も外国人参政権も子供手当もすべて中国人を入れる為の準備






20 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2011/11/12(土) 12:14:18.67

日本の最大の障壁は日本語なんだ。

非関税障壁で特に問題にされるのが役所や学校で日本語を使っている事

これではアメリカが日本の会社を乗っ取っても、運営できない。

フィリピンみたいに日本の公用語を英語にさせるのがTPPの本当の目的

小学校で英語を教える様にさせたのはその布石さ。





21 :yasu ◆.ZySJZQLas :2011/11/12(土) 12:44:36.95
>>20
アメリカが本当にそう考えているのなら、日本はアメリカと再び戦争するしかあるまい。
国とは国語のことなのだ。

もし国語を消滅させようとアメリカが画策しているなら、武力をもってしても、そんなことは排除しなければならないだろう。








23 :ぞうさん ◆LiWT5qNyJI :2011/11/12(土) 13:06:20.91
>>19
>ロスチャイルドは日本に中国人2億人を移住させる計画だ。

どうしてこの狭い日本に?
しかも日本人を失業させて治安を強烈に悪化させた上に攻撃対象となる中国人を移住させる?

妄想にしてももう少し・・・(ry



24 :ぞうさん ◆LiWT5qNyJI :2011/11/12(土) 13:09:00.11
>>18
>一連情報や韓米FTAの状況からTPPの危険性が人口に膾炙してきたようだ。

そういう各論の問題ではなくて 「ブロック経済」を「自由貿易の推進」と置き換えて議論しているところに
欺瞞と誤解がある。

俺はそこを指摘している。




25 :幸福実現党のがロスチャイルドの指示:2011/11/12(土) 13:11:13.47

自民党中川秀直らは「1000万人移民計画」を画策していました。
石原慎太郎は更に、「移民法」を制定し、日本をアメリカ並の多民族国家にせよと主張しています。

幸福の科学を母体とする、幸福実現党は「移民大量受け入れで人口3億人」を掲げていました。
どの数にしろ、日本にそれだけの移民を“輸出”できる国は、現時点では****ぐらいです。

また、****で国際社会が****を批判し、国際的な投資と援助に枯渇した****の鄧小平は
「中国が崩壊すれば、億単位の難民が日本、香港、東南アジアに流入するぞ」と国際社会を恫喝しています。
****にとって膨大な人口は、政治的兵器でもあるのです。



宗教法人『幸福の科学』(大川隆法総裁)を支持母体とする政治団体『幸福実現党』が5日、
大川氏の妻きょう子氏を****首とする人事を発表した。

きょう子氏は

「移民を受け入れ、人口を3億人に」などを語った。




27 :バカ一筋:2011/11/12(土) 13:16:25.82

もう.ダメダ.TPPで.百姓は.こうナレバ.田んぼ.を売り.都会に行き
5年後の.壊滅前に.早く.生活保護を受けなくては

5年後では.360万の百姓の生活保護は出来ないし.他にも.失業者で.生活保護は受けれない
速く生活保護を受けた者の勝ちだ.

速く生活保護を受け様.ミエなど.張らずに.先に生活保護を受けた人の勝ちだ

6反百姓  5年後では生活保護は受けれないぞ.速い人程.受けれる
 



28 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2011/11/12(土) 13:18:56.23

賛成派の売国奴の名前を覚えておこう





29 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2011/11/12(土) 13:22:36.70

[中国人待ってるアルよ!民主党は例の2法案の強行採決を急ぐアルよ!]

民主党は中国人が大量移民し易いように、夫婦別姓を早く強行採決するアル!

中国人はみんな夫婦別姓アル!

民主党は外国人参政権を早く強行採決するアルよ!

中国から2億まで移民できるアル!

日本人が妊娠したら中絶させて、どしどし漢民族を移民するアル!

日本は第2のウイグル・チベットあるよ!

50年で漢民族の単一国家できるアルよ!

民主党は早く強行採決を急ぐアルよ!

夏の参院選も中国マネーで大丈夫アルから強行採決急ぐアル!

03/18 08:24 By:中国人は民主党が大好きあるヨ! URL




30 :ぞうさん ◆LiWT5qNyJI :2011/11/12(土) 13:24:44.95

あのさ、
TPPは中国を除外する目的のものだろ。

的を外しすぎだぞ。




31 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2011/11/12(土) 13:28:02.05

アメリカが日本の公共事業を落札したら、年収50万円で中国人を雇って

日本に連れて来て請負業務をさせる。

中国人はアメリカ多国籍企業の正社員として日本に来て働くから日本政府は移住を拒否できない。



まあ、牛丼が1杯100円になれば、日本人も3食300円、親子4人 年44万円で食ってけるから

年収50万まで下げれば中国人と対等に競争できるな。


33 :訂正:2011/11/12(土) 13:47:23.23

アメリカ独立記念日にはサラダくらい付けて貰わないと脚気になるから

年収は50万と200円 なwwwwwwwwwwwww





34 :ぞうさん ◆LiWT5qNyJI :2011/11/12(土) 14:17:33.28
>>31
何が問題なんだ?




35 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2011/11/12(土) 14:35:35.50

今迄公共事業で食ってた地方の会社が全部潰れるだろ。

地方の日本人は全員東京に集まって来てスラムで生活保護を受けて暮らす事になる。

当然子供も作れない。

時間が経てば子沢山な中国人だけが増えて、日本語が通じない国になる。

言い換えると、僅か30年で日本は中国に乗っ取られる:




1995年頃 李鵬・ポールキーティング豪首相会談

「日本などという国は20年後には世界地図から消えてなくなる」





36 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2011/11/12(土) 14:45:22.62


道州制というのは地方の日本人をすべて追い出して、中国人しか住まない状況になる事を前提にしている。

道州制と外人参政権を組み合わせれば、東京以外の地方はすべて中国人が政治的に支配する事になる。

それが小澤・鳩山がロスチャイルドから指示された事だ。

小澤はTPPの隠れた推進者なのさ。

http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/eco/1321063986/l50
35:777 :

2011/11/12 (Sat) 18:11:00

host:*.bbtec.net

 池田信夫は、『内田樹氏の知らない比較優位』のなかで、「「アメリカが強硬に日本のTPP参加を要求」しているというのは、何を根拠に言っているのだろうか。たとえばNYタイムズで"TPP"を検索すると、2件しか出てこない。その一つでBergstenは「大統領も共和党もTPPに関心をもっていない」と嘆いている。アメリカにとってTPPは、小国を相手にしたローカルな通商協定にすぎない。そこに主要な輸出先でもない日本が入って来ても来なくても、どうでもいいのだ」と書いている。



一方、真実は:




米国は、戦争前夜の事前交渉でもするような慌ただしさで、ペリー元米国防長官、ハムレ米戦略研究所所長、シーファー前駐日大使、
アーミテージ元国務副長官が大挙官邸に押し掛け、野田にTPP参加表明しなかった場合の、中国威嚇をこんこんと説いてみせた。

最後には、大御所登場と云う事で、キッシンジャー元米国務長官が官邸に現れる念の入れようには、明らかに違和感がある。

 ただ、彼らがマスメディアに姿を晒すかたちで官邸に現れ、邸内をうろうろした事実は、野田佳彦を脅していたと云うよりも、
日本国家を運営している、あらゆる組織、人々への米国威嚇プレゼンスだったと解釈する方が妥当だ。

このプレゼンスにより、国会議員への圧力も充分であったろうし、理解できる国民への圧力も、それなりにあったと認識する。



冒頭の写真を見ていただければわかるように、野田総理はキッシンジャーから強烈な圧力を受けていたことが分かります。8時から記者会見をして、終わって直ぐキッシンジャー博士との会談に駆けつけた。だからどんな事があろうと野田総理はTPP不参加を言うことは許されず、国会の審議がどうであれ結論は決まっていた。



◆野田首相、米元国務長官と会談 TPP交渉参加に向けた決断伝える 11月12日 フジテレビ

野田首相は11日夜、アメリカのキッシンジャー元国務長官と会談し、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の交渉参加に向けた決断を行ったことを伝えた。
キッシンジャー元米国務長官は「オバマ大統領も、首相とお会いすることを心待ちにしています」と述べた。
会談では、12日から始まるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の首脳会議などについて、意見交換が行われた。
野田首相は、東日本大震災の際のアメリカの支援に感謝の意を伝えたうえで、「震災の際に足りなかったのは、政治の決断だった。わたしはきょう、新しい決断をした」と述べ、TPP交渉参加に向けた決断を行ったことを伝えた。
これに対し、キッシンジャー元米国務長官は「困難な中、素晴らしい決断をした」と歓迎する意向を示した。




しかし、自称経済学者の池田信夫は今迄何見てたのかな? wwwwwwwwwwwwwww

まあ、英語の本も読めない、数式は全く理解できない池田信夫に経済学の論文が理解できる筈もないんだけどwwwwwwww




◆米国との、ISDがなぜ「不公平条項」なのか



米韓FTAはISD(「国家と投資家の間の紛争解決手続き」)条項を飲まされているとして野党が反対して、国会での批准が遅れている。

TPPにも、ISD条項があり、ISDがなぜ「不公平条項」なのか、米韓FTAの前例で考えてみた。

米韓FTAの、ISD条項では、韓国に進出した米国企業が、期待した利益を得られなかった場合、韓国がFTAに違反していなくても、米国政府が米国企業の代わりに、国際機関に対して韓国を提訴できる。

例えば米の民間医療保険会社が「韓国の公共制度である国民医療保険のせいで営業がうまくいかない」として、米国政府に対し韓国を提訴するよう求めることができることになる。

米国との、ISDがなぜ「不公平条項」なのか

米韓FTAの、ISD条項では、韓国に投資した企業が、韓国の政策によって損害を被った場合、米ワシントンを本拠地とする世界銀行傘下の国際投資紛争仲裁センターに提訴できる。韓国で裁判は行わないとされている。

ところが、世界銀行の「President(総裁)」には米国出身者が選出されるのだ。

ロバート・ブルース・ゼーリックは、現在の世界銀行総裁。前職はアメリカ合衆国国務副長官。その他、アメリカ合衆国通商代表として2001年2月7日から2005年2月22日まで仕えた。

ポール・ダンデス・ウォルフォウィッツは、アメリカ合衆国のユダヤ系政治家・第10代世界銀行総裁で、代表的なネオコンの論客の一人であり、米国で最も強硬なタカ派政治家。親イスラエル派で親台派である。

これでわかったのだが、世界銀行、傘下の国際投資紛争仲裁センターは、最初から総裁がアメリカ人で、アメリカ色が強い。

紛争がおこったら、国際投資紛争仲裁センターの、仲裁審判部(3人)は、両側当事者が一名ずつ仲裁人を選定し、残りの1人は合意で選ぶ構造だ。合意に至ること ができない場合、国際投資紛争調整センター事務総長が残りの1人(部長)を任命する。

そうすると、残りの1名がキャスチングボードを握ることになる。

ところが、国際投資紛争調整センター事務総長は、アメリカ人の総裁の傘下にあるわけだ。

だから米国の元通商代表や、ネオコンの論客がなど、歴代の世界銀行の総裁が米国出身者が選出されている傘下の組織で、米国政府から提訴されたら一貫の終わりで、これでは不公平だ。

現在まで米国企業が相手国政府を提訴した事例は計108件だが、この内で敗訴したのは22件だけだ。 反対に外国企業が米国政府を相手に提訴した15件の内で米国政府が敗訴したことは一度もないという。

実際にカナダやメキシコでは国民のため、健康や環境に関する規制で、アメリカ企業が輸出できなくなるなどして政府が訴えられ、裁判で負け、膨大な金額を支払うか それら規制の撤廃させられている。

ISD条項で負けると、国が定めた安全基準などの法律を超越したルールが適用されるこになり、国民の主権を上回るのがISD条項といえる。そして、その勝ち負けを裁定するところのボスがアメリカ人ということは、アメリカ人が相手国の主権を上回る権利を行使できるということになるわけだ。




関岡英之─民法(債権法)改正への警鐘



[45:08/54:51] 平成18[2006]年、まだ無所属だった平沼さんの勉強会で、平沼さんを中心とするグループの議員に警鐘を鳴らしたことがある。当時内閣府で、日本の法律を全部英訳しようというプロジェクトが進んでいた。実はそれは年次改革要望書に載っていたので私は気がついた。年次改革要望書で、アメリカが日本政府に対して、特に経済関連法については、アメリカ人が読みやすくなるように、政府としてオーソライズした正式の翻訳を作れと[書いてあった]。日本の法律を英語に翻訳するその審議会にはアメリカ人が入っていた。1人は保険会社の経営者、もう1人は弁護士で、アメリカの利害関係者が入って英訳プロジェクトをやっていた。私は、これは単なる翻訳ではなく、最終的には日本の法律をアングロサクソン流に改造していくという[ことだろうと思った]。

[加藤雅信『民法(債権法)改正―民法典はどこにいくのか』を手にしつつ]


今、民法を100年ぶりに改正しようという動きが進んでいる。日本の民法というのは、明治維新のときに最初フランスのボアソナード民法というのができて、それから少し改正してドイツの民法を取り入れて、100年ぐらいたっている。民法は大きく分けて、家族法と財産法の2つに分かれる。家族法の部分に関しては、GHQに占領されているときに徹底的に改革された。日本のイエ制度というものが解体されて、それがたとえば今の選択的夫婦別姓のようなものが出てくるルーツになっている。財産法の部分は、独占禁止法のようなアメリカにしか存在しなかった経済法を立法化したとはいえ、手をつけられなかった。それをいつのまにか抜本的に改正しようという動きが水面下で進んでいる。それは一民法学者が中心になってやっているのだが、どうも法務省がバックにいていろいろお膳立てしてやっている。

これは、それに対して抗議をあげた民法学者の本だ。とにかく議論の進め方が異常であると[書かれている]。最初から民法を改正しなければならない、グローバリゼーションの流れに合わせなければいけないという結論ありきで、異論を唱えてもそれが議事録に載らないとか、そもそも議事録が公開されないとか、異常な手続きで民法改正が水面下で進んでいる。1世紀ぶりの大改正といいながら、たぶんほとんどの国民は知らないし、票にならないので政治家の関心も呼ばないまま、法務省の一部の官僚と一部の学者が結託してそこまでやろうとしている。[48:28/54:51]

http://www.asyura2.com/10/idletalk39/msg/648.html
36:777 :

2011/11/13 (Sun) 11:28:00

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野田総理の本音


オバマ大統領が主催する【TPP関係国閣僚会合】が9ヶ国参加のもと開催され、フリートーキング形式で自由な意見交換が行われ、この首脳会議後、オバマ大統領は「納得のいく会合であった」と述べておりましたが、この会合には野田総理は参加出来ませんでした。

前回の横浜会合の時には、菅総理はオブザーバーとして参加出来ていましたので、今回のアメリカ側の扱いは更に悪くなり、日本は場違い(朝日新聞報道)として、その姿さえ必要ない、という判断になったのです。

ところで、日本は、このTPP問題につき、大きな判断ミスをしていることに気がついていません。

環太平洋「パートナー」シップ協定

これが正式な呼称であり、この「パートナー」という言葉がキーワードになるのです。

日本では関税がどうこう、病院がどうこう、という言い方がされていますが、アメリカが求めているのは環太平洋で、アメリカと「パートナー」でいたい国はどこですか、ということであり、この「パートナー」に居たいとして既に9ケ国が手をあげ、アメリカによりそれが認定され具体的な交渉に入っているのです。

アメリカはこのTPPを今後のモデルとしてアメリカと「パートナー」を組みたい国はどこですか?といういわば踏み絵をしているわけであり、それに日本が今更「交渉に入ることを交渉する」と言った意味不明な言い方をして通るはずがないのです。

野田総理はそのような事を承知の上で、今回のTPP発言をしているもので、その真意は自分(日本)はTPPに入りたかったけれどもアメリカ側が入れてくれなかったので参加出来なかったもので、責任はアメリカにあるとしたいのです。

これで国内的には玉虫色の決着となり、一件落着となりますが、アメリカ側からすれば日本はパートナーではない、同盟国ではない、という判断が下されることになります。
http://blog.livedoor.jp/nevada_report-investment/

37:777 :

2011/11/13 (Sun) 12:29:40

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TPP「交渉参加表明」とロックフェラージュニア・キッシンジャーの来日・・交渉を急ぐ米国経済の焦り





野田首相が「交渉参加表明」を行った。前後して、ロックフェラージュニア夫妻、キッシンジャーが来日し、キッシンジャーと野田は面談した。キッシンジャーはグローバリストかつ米中による2極体制を目指すG2派であり、米中対立を演出するCSISのグリーンやアーミテージ、ナイといった軍産利権派とは志向性が異なる。しかし、このキッシンジャーが来日したということの意味は、G2路線がうまくいかない場合をアメリカが想定して、アメリカ主導のブロック経済化にグローバリスト・キッシンジャーも舵を切ったことの表れだと、中田安彦氏は分析する。

もっと単純に、中国から見切られたアメリカが日本にすがるしかなくなったということかもしれない。

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野田首相のTPP交渉に対する姿勢表明の会見を待つばかりとなった午後6時前後に首相官邸をヘンリー・キッシンジャーが突如訪問した。しかし野田首相はTPPに関する閣僚懇談会を開いていた。ここで、キッシンジャーは30分ほど官邸をウロウロして、番記者たちにその姿を印象づけたあとで、いったん官邸を去った。そして、午後8時から野田がTPPの交渉参加(「関係国との協議」「情報収集」と野田は表現したがこれは明らかに交渉参加表明である)の記者会見を20分にわたって行った後、8時45分から再び官邸に姿を見せたキッシンジャーと会見した。

キッシンジャーだけではなく、この数日間では、たくさんのジャパン・ハンドラーズが来日していた。まず、8日の日経新聞主催のシンポジウムでは、「安全保障マフィア」であるリチャード・アーミテージ、ジョゼフ・ナイ、ジョン・ハムレ、マイケル・グリーンといった米戦略国際問題研究所(CSIS)の対日震災復興タスクフォースのメンバーが来日した。相前後して、デイヴィッド・ロックフェラーの息子であり、現在は次期ロックフェラー財団の理事長に就任することが確定している金融投資家であり慈善活動家でもある、デイヴィッド・ロックフェラー・ジュニアが夫人のスーザンとともに来日した。デイヴィッド・ジュニアは石巻の漁業施設を視察した後で、参議院議員会館で議員らを前に閉会による講演会を開催した。この中では日米の震災後の経済連携、協力関係の重要性、人的交流の重要性を述べたのだろう。しかし、それだけで十分だ。分かる人にはわかる。

キッシンジャーは、パワーエリートでG2派の頭目だから、中国と地政学的な対立をする方向に誘導しているCSISのグリーンやアーミテージ、ナイの面々とは考え方が違う。しかし、グローバリストだから、アメリカの覇権を維持することには誰よりも関心がある。ナイたちとはアプローチが違う。キッシンジャーは「中国ロビイスト」だから世界はアメリカと中国の二極で管理するべきだと考えている。・・・キッシンジャーは世界経済が不透明感を深める中、米中の連携が重要である。つまり中国に米国債の買い支えと欧州への支援を要請しているわけだ。しかし、中国も頑強でなかなか欧州支援には同意しない。

そこでキッシンジャーは戦略家としていざというときの危機回避策として、日本とアジアをブロック経済に取り込むという方針でのTPP交渉の路線でもいいから、欧州発、アメリカ経由の金融危機再燃による長期デフレに対応できる経済圏の囲い込みを狙い始めたのだ。そのためには日本をTPPに参加させて、アメリカ企業の輸出先、提携先を確保すると共に、米国債を買い支える(円高に対する介入)ように日本政府を仕向けることにしたのだということが今日のキッシンジャーの動きを見て私には分かった。

アメリカはもともとピーターソン国際経済研究所のバーグステンが輸出を5年間で倍増させるという計画のもとでアメリカの経済復活を目指していた。これはG2の路線にも叶う。

TPP交渉は一歩間違えば、これまで何度も書いてきたように、日本自身が中国に対する地政学的な対立を深めていく道具の一つになりうる。経済状況は欧州危機から波及して悪化していく。アメリカは欧州債務危機の爆発に巻き込まれることを覚悟し始めている。傷を浅くするにはどうしても日本をTPPに引きこんでおくことが必要であった。

TPPには慎重であるべきだが、同時にアメリカ経済崩壊という現実がある。そして、それにもかかわらず野田首相は交渉参加の表明をしてしまった。奇しくも1929年ウォール街大暴落の前後に、太平洋問題調査会(IPR)というホノルルを拠点とするAPECの思想の前身となる組織の京都会合が開かれ、そこで日本の金解禁が決まってゆき、ここから日本経済へのアメリカ経済への「貢ぎ」が始まったのである。金融経済の不安定化と世界権力政治の不安定化がシンクロし始めている。ロックフェラー帝国は断末魔をあげている。アメリカ経済に対する危機認識が必要である。アメリカはかなり深刻な状態だ。キッシンジャーの行動からそれがわかるように思う。

 
http://www.asyura2.com/11/hasan74/msg/157.html
38:777 :

2011/11/13 (Sun) 16:33:25

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◇「ネット・ストーカー( 池田信夫) 」について(2003.10.1)


 池田信夫という人がいる。経済産業研究所で、IT関係の仕事をしているらしい。彼が私的なサイトで私について触れているとゼミ生が言うので、拙著「長期不況論」への「反書評」なる文章を見てみた。(http://www003.upp.so-net.ne.jp/ikeda/matsubara.html)

 書評としては、お粗末の一言。なにしろ拙著に書いてあることの要約にしてからが、学生のレポートの水準にも達していない 。批判ならありがたく拝聴するが、拙著には関係ないことばかり書いてあてこするのだから、話にならない。この人は 世間の人が誰も読まない研究所の内輪の雑誌に難しげなテーマで文章を書いているようだが、誰にも分かる書評のような文章を書くととたんに馬脚をあらわして、 読んだり考えたりさらにその結果を文章化するという作業を平静に遂行できないことを、自分で暴露してしまっている。プロとして書評の仕事を頼む活字媒体は稀有らしいが、それも当然であろう。

 それでも一応、敢えて本欄を覗いて下さっている方のために、どこがおかしいのか指摘しておく。

・「著者(松原)は、構造改革によって「制度が崩壊」していることが不安の原因だから、改革をやめて政府が「信頼を回復」すべきだという」

→私が主張しているのは、生産要素にかんする制度を「ビッグバン的に」改革するという構造改革が不安を引き起こしているのだから、「漸進的に」改革すべきだということ 。改革の内容についても土地・資本・労働に分けて論じている。私は「改革をやめて」などとは一言も言っていない。構造改革に反対する論者が述べることはすべて同じに読めてしまうらしいが、この人の読解力の構造改革こそが必要だ。

・「「お上」の力で国民を情緒的に「統合」しようとする主観主義は、佐伯啓思氏などとも共通する西部一派の特徴だが、問題は逆である。いま不安が広がっているのは、政府が信頼に値しないから ・・」

→私が述べているのは、BSE対策などで政府が信頼を失い、しかもその政府が失敗を棚に上げて構造改革などと言ってみたり、金融制度改革や牛肉買い上げなどを行っていることの滑稽さである。 つまり「お上」じたいが信頼をなくしているのに、その「お上」がさらに制度を解体しようとしていることを批判しているのである。「お上」の力で国民を統合しようというのに近い印象のことを佐伯氏や西部氏は述べているのかもしれないが、私は佐伯氏の著作への書評などではしばしばこの点を批判してきた。

・「必要なのは、信頼を回復することではなく、信頼できる制度を作り直すことである。」

→これなどは、逆に私が主張していることである。何を言っているのやら。だがしかし、現在進行している「構造改革」では、この人が主張するようには「信頼できる制度を作り直す」ことなど 決して行われていない。「規制緩和」「経済慣行の撤廃」に象徴されるごとく構造を破壊することに主眼があり、その結果現れた現在の金融庁などは、逆に役人が強権を持つよう「制度を作り直」したものだ からだ。「お上の焼け太り」 現象である。この人などは、さしずめ焼けて太った公務員の好例であろう。官僚を焼け太りさせる構造改革ではなく、まっとうな改革を行うべきなのだ。

 さらに、この人は「まともな経済学のトレーニングを受けた」とか「ノーベル賞をもらった」とか言えば、何か信頼が得られると思っているらしい。そんなことを信じているのはPh.Dを取ったとかいう既得権益を持つ人たちだけで、市場(関係者)ではない。そういえば、「インフレにする」と日銀が宣言すれば市場が信じるから本当にインフレになる、とインフレ・ターゲット論者 も言っていたが、そんなことを信じているオメデタイ人は経済学者だけ である。この連中の魂胆は、国という「お上」が信用できなくなった隙に、竹中大臣を始めとする学者を「お上」に祭り上げ、自分たちで利権を得ようということだ。だが、国という「お上」も、経済学界という「お上」も、 世人は信じていないのである。

 そもそもこの人の言う「まともな・・・トレーニング」は、受ければ書く文章の水準が学生以下まで下がるたぐいのものではないのか。

 といった具合だから、私がうんざりするのもお分かりいただけるであろう。とはいえこの手のいじましい人はネットには掃いて捨てるほど生息しているのだから取り立てて触れる必要はないのに、と読者は思われるかもしれない。私もそう思って いたのだが、それでも敢えてここで取り上げようと思い直すことにした。それは、書評への反論を上述のごとく書くためはない (それはあまりにも簡単だと、我がゼミ生も言っていた)。こういった手合いがどのような背景からものを言っているのかについて注釈を付けておきたいのである。

 この人は、サイトを御覧いただけばお分かりのように、佐伯氏や西部氏、そして私も含めて「西部一派」と彼が想定する人々を、異様な敵意と粘着性をもって攻撃している。それも本を読んでのまとも な批判ではなく、「学生時代から知っているがあのころはこうだった」という手の、証拠もない与太話や当てこすりばかりである。まったく、「卑しい」としかいいようのない文章の羅列 である。

 この人にならって昔話をすれば、私は幾度かこの人を見かけたことがある。彼は学生時分に西部氏の追っかけのようなことをしていて、かまって欲しいのか、うるさくがなり立てては西部氏に一喝され 、しゅんとして逃げ出すといったことを幾度か繰り返していた。しばらく見かけなかったが、インターネットという利器を得て、またぞろ学生時分の恨みを晴らそうとしているらしい。 追っかけても受け入れられないので妄想にかられつつ「一派」にまで執拗なストーカー行為を及ぼすわけだ。まあ、こう した例を見せつけられると、 淋しい人にとって、ネット社会は憂さ晴らしの天国に違いないと 改めて感じる。それでいてこうした人物に限って「信頼できる制度」うんぬんと説教するのだから、たまらない。

 ちなみにアマゾンの拙著紹介のページには、非固定のハンドルネームを名乗る人物がこの人にそっくりな文章で拙著をけなすレビューを投稿している。そこでも「西部一派」という言い方 がなされているが、こういう呼び方をする人を私はこの人の ほかには知らないし、とくに前著の景観論以降、西部氏主幹の『発言者』と異なる路線をたどっている私を「西部一派」に加える人も珍しい。

 こういった人が官庁に巣くい、社会から信頼を奪う構造改革を主導しているのである。このことを、銘記しておきたい。

(後記)この人がここで私が書いたことを読んだらしい、とふたたび学生が知らせてくれた。サイトを覗くと、私が書いたことが本当かどうか、西部氏を交えて検証しよう、などと 付け加えている。変なこと言うねえ。ならば、佐伯啓思氏やその他、この人が勝手に思い出などを書き散らした人も呼んで検証しなけりゃならんでしょうに。自分の都合のいいことしか考えないんだな。

 それと、私が「プロとして書評の仕事を頼む活字媒体は稀有」と書いたら、『ダイヤモンド』誌でやってるのを知らないらしい、と反論している。だからぁ、そんなこと、知ってて書いてるんだって。文意を読めない人ですねえ。

http://homepage3.nifty.com/martialart/sikou.htm
39:777 :

2011/11/22 (Tue) 21:06:13

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「TPPになれば実際的には無制限に低賃外人が入ってくる。

EUでも実はEU条約に「東欧移民の無制限流入」がはいっていて
ポーランドからフランスに賃金がなんと6分の1の移民が大量に入ってきて大騒ぎになった。

「ポーランドの配管工 フランス」でグーグルしてみるとわかる。


TPPで外人の賃金を、法定最低以下にするために「ヤミ労働」という手法を使ってる。
労働者じゃなくて「請負小企業」「請負人組合」として誤魔化して入ってくる。

EUで問題化していて、有名でよく新聞に載ってる方法、「請負小企業」(実質的には低賃外国人労働者の移入)。


1 まず参加国の後進国と日本の企業が、日本で合弁企業を作る

2 事業内容はかならず「業務の請負」にする

3 なぜかというと労働者を雇えば最低賃金法や社会保険強制になるが請負ならばそういう面倒は一切ない

4 本国(後進国)から労働者を呼び寄せて請負に従事させる(だいたい半年で帰国させる)


企業設立の規制撤廃、短期ビザの大幅延長、それに技術者定義の大幅緩和

これを組み合わせると、後進国の低賃労働者(月給1万円クラス)がなんちゃら技術者になって
日本で自由設立された請負小企業の企業主となる。

(企業主に低賃労働者がなるのはおかしいとおもうかもしれないが実際に
EUではこのような零細外人企業主が激増して先進国で請負している)


例えばの話、TPPで農業規制が完全撤廃されれば、外国企業(日米合弁)が、 「農産物の収穫を専門的に請け負う」ことも可能になる。
そして請負達成のために、本国から「農業技術者」(という名の低賃金)を短期ビザで入らせて請け負いをする。
請負いだから労働ではないので時給換算で200円でも合法となる。

そして延長された短期ビザで半年か1年も稼げば、本国ではありえない大儲けになるから
大喜びする(本国では1万円でも日本なら5万円ということ)。

これが大々的にやられた結果、ポーランドの配管工が、フランスの配管工事を独占する勢いになって大騒ぎ。
同じ手口ではフランスだけじゃなくて、ドイツでも社会問題化してる。

これがTPPの未来だろ(資本自由と移動自由を合わせ技にできるから可能になる裏ワザ)

実際にドイツでは、TPP(EUなのでEU諸条約だが)による外国人の請負横行、
移民枠の緩和自由化により 大卒の若者すら職がなくて東欧中東などで職探しするという悲惨な状態になってる。」
40:777 :

2011/11/22 (Tue) 21:44:12

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中国人移民を1000万人入れたら30年後には…



▼欧州はイスラム圏になる?


さて、山本様から教えていただいたYou Tubeで見てみました。

http://www.youtube.com/watch?v=6-3X5hIFXYU

面白いですから、ぜひ皆さまもごらんになってください。

内容を要約しておきましょう。

(あわただしく書いたので、詳しく知りたい方はユーチューブ版を
ごらんください。)

ある文化が保たれるためには、出生率が2.11人以上必要だそう
です。

しかし、欧州の現状はどうなのか?

2007年

・フランス 1.8人
・イギリス 1.6人
・ギリシャ 1.3人
・ドイツ 1.3人
・イタリア 1.2人
・スペイン 1.1人
・EU 1.38人

危機的状態じゃないですか?

ところが、欧州の人口は減っていません。

なんで?

移民を大量に受け入れているから。

1990年から現在にいたるまで、欧州の人口増加の90%はイスラム
移民によるもの。

たとえば。


1、フランスの場合

フランスの出生率は1.8人。

イスラム教徒の出生率は、8.1人(!!!!!!!!)。

2027年、フランス人の5人に一人はイスラム教徒に。

39年後(2048年)、フランスはイスラム国家になる。

(要するに過半数がイスラム教徒になるということでしょう。)


2、イギリスの場合

イスラム教徒の数はここ30年で、

8万2000人から250万人まで30倍増加。


3、オランダの場合

新生児の50%(!)はイスラム教徒。

15年後、オランダはイスラム国家になる。


4、ロシアの場合

イスラム教徒の数は2300万人。

これは人口の5分の1である。


5、ベルギー

人口の25%はイスラム教徒。

新生児の50%はイスラム教徒。


6、ドイツ

2050年にイスラム国家に。


ドイツ政府によると、現在欧州には5200万人のイスラム教徒がい
る。

それが20年後には、1億400万人まで増加する。


7、カナダ

カナダの出生率は1.6人。

2001〜06年に、同国の人口は160万人増えた。

が、そのうち120万人は移民による増加。


8、アメリカ

1970年、アメリカのイスラム教徒はわずか10万人。

それが2008年には900万人(!)まで増加。

30年後、イスラム教徒の数は5000万人まで増える。

http://archive.mag2.com/0000012950/20090512233623000.html
41:777 :

2011/11/27 (Sun) 14:39:53

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リカードの比較優位説 2011年11月18日


『列強の植民地化政策と、比較優位』


悪魔の碾き臼 新自由主義の推進者池田信夫などが賞賛するTPP賛成論の中では、リカードの『比較優位説』なる聞き慣れない言葉が突然言い出されている。

デヴィッド・リカード(David Ricardo、1772年~1823年)は、各国が比較優位に立つ産品を重点的に輸出する事で経済厚生は高まる、とする『比較生産費説』を主張したイギリスの経済学者。

『比較優位』とは比較生産費説ともいい18世紀の膨張するイギリスの帝国主義を経済学の立場で合理化・説明している。

比較優位論は、『国際分業の利益』を説く理論であるが、ダーウィンの進化論の悪しき庶子である社会ダーウィニズムや優生学との共通点を考えることが出来そうです。

この『比較優位論』とは18~19世紀当時全盛だった過酷な帝国主義(植民地主義)的な、自由貿易を推進する考え方でリカードモデルの基本である。

穿って考えれば、この『比較優位論』の意味とは、1813年よりイギリスの対インド貿易が自由化(関税自主権の剥奪)され、産業革命のイギリスから機械製綿織物がインドへ流入、インドの伝統的な綿織物産業が完全に破壊され植民地化された例や、『自由貿易の確立』を口実にしたアヘン戦争(1839年~1842年)でイギリスが清を半植民地化した、当時の西欧列強諸国の無慈悲で過酷な植民地化政策を経済理論的に正当化する為の武器でもあった。

屁理屈と膏薬は何処にでもつくとは言うが、幾ら『悪魔の碾き臼』の新自由主義とは言え、200年も前のこんな血まみれの禍々しい過去の亡霊『比較優位』が今頃蘇るとは地下のデヴィッド・リカードも苦笑いしているだろう。


『水説:比較優位とTPP』潮田道夫 毎日新聞 2011年11月16日

ある女性弁護士がその町で1番のタイピストでもある場合、彼女が利益を最大にするには、タイピストを雇わず自分で書類をタイプするのがよいだろうか。

答えは給料を払ってでもタイピストを雇い、自分は弁護士業務に専念すべきだ、というものだ。

仮に10万円給料を払っても、その時間を弁護にあてれば15万円の報酬を得られる。ふたりともトクする。

タイピストはタイプの能力で弁護士に劣るのに、2人の関係においてはタイピングで『比較優位』を有する。

この『劣っていても優位』というのがミソである。

経済学者リカードが自由貿易の正しさを説くのに初めて使った経済学上の大原理だ。何でもかんでも自国で生産するより、各国が比較優位を有するものを分業し、貿易する方が利益になる。

女性弁護士のたとえ話はあのサミュエルソンが、教科書史上空前のベストセラー「経済学」のなかで、比較優位の応用問題として述べていることである。分かりやすい。

今度の環太平洋パートナーシップ協定(TPP)について、経済学者はほとんどが賛成に回った。比較優位の観点からは自由貿易を推進することがどの国にとっても利益になるのは明白で、経済学の教えに忠実であれば賛成するのが当然だからだ。
で、TPP推進論を述べるに当たって、多くの経済学者は『比較優位』を説き、

『であるからTPP参加は当然である』

と胸をはったのであるが、多くの場合、人々を納得させられなかった。ある先生は

『タイピストという例えが古すぎたかな。そういう職種はもう存在しないと注意された』

と反省していた。ま、それは軽口として、経済学者がTPP問題で人々をうまく説得できなかったのは事実で、まじめな方々はちょっとショックを受けているようだ。

JPモルガン証券の北野一氏によれば、1950年代、『法皇』と称された一万田尚登日銀総裁や民社党委員長になる西尾末広衆院議員らは、日本は乗用車生産を中止し輸入したほうがよい、と主張したそうだ。


『比較優位からすると両者は正しいことを言っていたのかもしれない。当時、日米自由貿易協定(FTA)で合意していれば、いまの日本にトヨタもホンダもなかっただろう』

と言う。なるほど。

ともあれ、自由貿易論も自由貿易神話論も、TPPを機にボンヤリ聞いていれば分かるという段階を過ぎ、聞き手に学習を強いている。やれやれ、えらいことになってきたなあ。
(専門編集委員)



『科学と偽科学』

毎日新聞など大手マスメディアは全員がTPP推進の方針で一致しているので、この上記のコラム『水説:比較優位とTPP』潮田道夫専門編集委員も、勿論推進の為の記事を書いている。・・・はず、なのである。


確かに、コラムの前半の4分の3はリカードの比較優位を使ってTPPの効用(正さ)を説いている。ところが続く6行は、この『比較優位』論が誰にも支持されなかった事実が述べられている。

最後の8行に至っては、正反対に前半部分(リカードの比較優位説)が真っ赤な嘘(偽科学)である明確な事例を書いている。潮田氏はコラムで何が言いたい(目的)のだろうか。


半世紀前には日本の自動車産業など、アメリカの足元にも及ばないほど貧弱な、リカードの比較優位説では絶対に無理な(産業として無駄な)代物だったのです。当時のトヨタクラウンはアメリカの高速走行には耐えられずエンジンが焼け付いたし日産エコーは98キロ以上だとプロペラシャフトが脱落して仕舞い大事故を起こしている。

過去のイギリスとインドや清の歴史が証明している様に、国内産業保護の関税がなければ(自由貿易なら)今の日本の自動車産業の隆盛はあり得ない。日本政府の手厚い保護政策(関税と消費税の戻し税以外にも免税や各種の優遇策)の結果、日本の自動車産業は、今では絶対的な比較優位を獲得した。

自動車に限れば『比較優位』は、今では日米の立場が逆転しているのです。トップメーカーGMまでが倒産の危機に瀕し、連邦政府の全面支援で息を吹き返したアメリカの自動車産業は、日本のマスコミでは報道されていないが実はTPPに反対している。


科学の仮説とは、誰が何を説いても良いが必ず第三者の検証作業に耐えて初めて定説となる性質を持っている。『事実』とは違いすぎる、間違っていた仮説は捨て去られる。

究極の新自由主義であるTPPの賛成論が、崩壊した18~19世紀の帝国主義の経済論理(間違いが証明されている偽科学)を出すまでに落ちぶれ果てたとは驚くばりで、実は潮田道夫氏は、毎日新聞専門編集委員の立場なので嫌々TPP推進を言っているが、本心でTPP推進が売国行為である事実を、誰よりも良く知っているのです。

だから潮田氏は、迂闊に一見するだけならTPP推進に見えるが最後まで読めば正反対になる支離滅裂で意味不明のコラム『水説:比較優位とTPP』を書いたのでしょう。



『ブードゥー教経済学池田信夫の比較優位論』


『無制限の規制緩和』が格差拡大やワーキングプアの大量発生など間違いであることが証明されている新自由主義のミルトン・フリードマンを、未だに『最強の経済学者』として信奉する目の前の事実が見えない自称マクロ経済学者の池田信夫が、今回は比較優位論を絶対視して『リカードの比較優位も知らないのか』と、TPPに反対する人々を口汚く罵っている。

比較優位とは、巨大な対象を扱うマクロ経済学ではなくて、その正反対の微細な経済単位が対象の経営学の御粗末な誤用である事実に気が付かないふりを装う。

リカードの比較優位が成立する為には、完全雇用とか為替の完全な固定相場制とか人口増加率がゼロであるなど形而上学的な絶対にありえない経済モデルを採用した時だけ限定的に成り立つが、普通はその逆で成立しない。

貿易で一国が大きな貿易黒字を得る場合、その相手国は輸入超過となって貿易赤字なる。貿易では(グローバリストの好きな)Win-Win はない。片一方が黒字なら、片一方は必然として絶対に赤字になる。

相撲の白星の数と黒星の数が必ず『同じ』であるように国家間の貿易でも原理は同じで、それ以上でもそれ以下でもない。例外は一つも生まれない。

この事実は中学生でも気が付くが、池田氏は

『リカードの比較優位の原理を知らないバカ』

と罵るばかりで、この子供でも判る論理には絶対に答えない。答えたくとも答えられないのですよ。池田信夫は、


『日本のような製造業に比較優位をもつ国が農産物に高率の関税をかけて農業を保護するのは、製造業を犠牲にして世界経済を収縮させているのだ。
このとき貿易黒字になるか赤字になるかはどうでもよい。』


と、無茶苦茶である。

経済学では、経常収支の『赤字』は大問題である。日本を除く世界各国の普通の政府も同じで、池田信夫的には『どうでも良い貿易などの経常収支の大赤字』を問題とするのですよ。

そして今世界経済の大問題のアメリカのデフォルト危機や欧州のPIIGS諸国のソブリンリスクも同じで、各国の抱える大赤字が全ての原因である。

勿論オバマアメリカ大統領のTPP推進の目論みも全く『同じ』である。日米の倍近い貿易不均衡の是正(アメリカの大赤字の解消)であることは論を待たない。


『貿易黒字を目的にするのは17世紀の重商主義で大間違いである』

と主張する池田信夫の非科学性には呆れるばかりで、科学的に正しいものは時間には無関係で例え17世紀であれ紀元前であれ正しい。

まともな国家(政府)なら貿易赤字を忌避し黒字を目指すのは、力士が白星を目的に土俵に上がるのと同じで、(八百長を除けば)時代に関係ない絶対的な真理である。

21世紀の今でもアルキメデスの原理は矢張り正しくて、否応なく誰も逆らえないのですが、今とは大違いのアメリカが絶対的な比較優位を保持していた時代のポール・サムエルソンの『経済学』など、今では誰も信用していない。

サミュエルソン『経済学』の明確な間違いが、半世紀の時間の検証によって証明されているのです。

http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/ec52d4bbc8ecd0e74524b831157f3363



TPPを推奨しようとする人達の背景にあるのは、比較優位説などの自由化が善であるとする間違った経済理論を踏襲していることである。

このような自由化理論は、欧米が植民地政策の推進や、アジアへの進出に当たってのプロパガンダであったことが分かっていないのである。このプロパガンダにより明治初頭の日本やアジア、そしてアフリカ諸国がどれほどの被害を受けたことか。これによりヨーロッパがどれだけ利益を受けたであろうか。


このことを理解せずうかつに比較優位説などを唱えてはならない。みんなの党などの賛成派は、その真意を理解せず、現実を理解せず、自分たちも昔と同じようにその恩恵を受けられると思っているのだ。


この理論は、単なる平均値の問題であり、それぞれの国が今より豊かになるという保証はしていない。総額が伸び平均値は上がるという理論に過ぎないのである。

比較優位説は、物物交換の場合で、同じような経済状態にある国同士で成り立つ特殊理論であり、貨幣経済が発達し、グローバル化した市場では、すべてが成り立つものではない。

特にバブル国やデフレ国との交易では成り立たない。

バブル国とデフレ国の交易は、一方的にインフレ国が、利益を得、デフレ国は損を被ることになるからである。お互いの利益にならないのである。

ここではデフレ国とインフレ国との交易を主に説明しよう。それを説明すれば比較優位説もどんなものか分かるからである。


生産量と資金量の間に大きな差額が生じているデフレ国とインフレ国の所得線の角度を、インフレ国が60度、デフレ国が30度としよう。インフレ国は、生産量に比べ資金量が著しく多くなっている。デフレ国は逆に生産量に比べ資金量が著しく少なくなっている。それゆえ所得線の角度が違っている。

(デフレの原理と消費税参照
http://www.eonet.ne.jp/~hitokotonusi/teraxBLG/blg-hiduke.html

もちろん正常な国は45度である。


デフレの国は、生み出した付加価値に対する貨幣的評価が本来あるべきものより低く評価されるため、常に儲けの悪い状態にある。8時間の労働で6時間ぐらいの儲けしか得られない。(8時間労働で生み出した付加価値が、資金量が少ないため貨幣的評価が少なくなされる。)

逆にインフレの国は付加価値に対する貨幣的評価が高く評価されるため常に儲けが良い状態です。8時間の労働で10時間ぐらいの儲けが得られる状態です。

正常な国は当然の8時間の労働で8時間の儲けになります。

このような時デフレ国とインフレ国が通商を行ったとしよう。全体で平等に交渉が行われ、適材適所で生産が行われすべてが融合した時、資金量と生産量の差がなくなり所得線の角度が45度になった。めでたしめでたし。数値的には正しいでしょう。

しかしその内容を吟味すると、デフレ国はよりデフレが激しくなり、所得線の角度がさらに下がり20度になっており、インフレ国は所得線が70度になって、よりバブルが激しくなるのです。二つを足して90度これを2で割れば45度になる。

デフレの国は所得線が30度より下がっている。インフレの国は60度より上がっている。デフレの国は資金量がさらに少なくなり、インフレの国は資金量がさらに多くなる。

同じ労働時間でも、稼ぐ資金量が違うため、デフレ国は常にインフレ国にたくさん買われ、デフレ国はいつも少なく買うことになり、資金がどんどん流出していく。

デフレ国は物でもサービスでも資産でも、株式でもどのような物でも値下がりしているため、相手国側に有利に買われるのである。

インフレ国は反対に物でもサービスでも資産でも常に割高になっている。相手国側が買い難いのである。

しかもデフレ国は、ハートランド(産業経済基盤)から湧出する資金がほとんど無く逆に枯渇している状態である。それゆえ国内資産の換金売りが多く、海外資産の購入などほとんどできない。

逆にインフレ国は旺盛なハートランドの活動により、資金がどんどん湧出し、国内資産や海外資産の購入が活発になる。

このようなことが世界的に起こると、デフレの国は世界全体でいくらパイが増えようとも、その恩恵を被ることができずさらに食い物されるだけなのだ。


比較優位説でも結論は同じです。この理論は、正常な経済同士の間だけで成り立つものであるが、それでも適材適所の生産が行われ、全体のパイが大きくなっても、その恩恵は平均値以上の国がもっていくのであり、平均値以下の国は損失を被るものです。

そのため自由貿易による損失を防ぐため、あるいは自国の生活レベルを維持するため、競争力のない国はさまざまな障壁を儲けることになる。それは民主主義国家として当然のことなのです。

自由貿易を善とする考え方は、弱肉強食の考え方であり、強い国はより強く、弱い国はより弱くなる。自由貿易は万能ではない。適度に管理しながら全体の国富を上げて行くのが良いのです。それにはどの国もデフレでないことが前提になります。

現在デフレにあえぐ日本は、自由化をすればさらに不利被るのは必定です。この20年間日本はぼろ負けであり、一方的に負け続けているのです。

それは時間が経つにつれその差がどんどん大きくなっていきます。
例えばバブルの時、東京の人達の資産価格が寝ている間に上がり、その他の地域の人達は寝ている間に資産を買い取られたの同じようなものなのです。

資金不足による内需の停滞は多くの企業や個人に借金をもたらし、その返済のための換金売りが増えたため、商品価格や資産価格、株式が割安になっている。それが外資の餌食になっている。

最近になりようやく欧米がデフレに陥り始めたため、以前のようなぼろ負け状態ではないが、ここにカナダやメキシコなどの正常な経済国が参入すれば、確実に彼らに日本は食われるであろう。また中国や、東南アジアの国が入っても同じくすさまじい様相を照らすだろう。

TPPの怖さはアメリカだけにあるのではない。バブルの新興国の方が怖いのである。特にバブルの中国や発展する東南アジアが日本の富を食い荒らすのである。
アジアの発展を取り込むより以上に彼らに食われてしまうのだ。
デフレの国はそうではない国に食われてしまうのです。TPPの広がりは、デフレの日本にとって非常に悪いことです。このような非常識なことが日本で行われようとしているのです。

日本の山林や土地の多くが外国人に買われ、株式市場は外国人バイヤーがいなければ閑散としてしまうのが現状だ。上場企業の多くが外国資本に変わっている。

外資の導入などという甘い言葉にだまされ、日本の多くの企業が買われ、名前を変え、日本が食われているのです。

外資がいくら増えても、デフレの解消にはなりません。それは皆さんよくご存じでしょう。デフレは消費不足で起こっています。外資は消費をしません。企業を買収するだけなのです。

(デフレの成長戦略とは何か参照)


このことを経済専門家は如何に考えているのだろうか。政治家はどこを見ているのだろうか。相も変わらず間違った教科書紐解いて、デフレを促進し続けているのである。

第2次世界戦争後の世界経済の拡大期、欧米や日本がその拡大の恩恵の大半を享受し、南北間格差はさらに広まったのです。それは発展途上国の多くが、デフレ経済であり、内需が停滞し、伝統的産業が廃れ、輸出品が安く買い叩かれ、大量に外国に流れ、輸入品に国内産業が圧倒され、資金がどんどん流出したのです。そして多くの資産が外国資本に買われたのです。

今の日本と寸分変わりません。

そのようなことが現実に日本でこの20年間起こったのです。日本は自由貿易の敗者なのです。その根本的認識がないため、TPPを推進しようとするのです。

日本で反対しているのは、農業もそうですが、多くの地方経済が疲弊している地域です。彼らは身をもってその現状が分かっています。日本は敗者であること。これ以上の自由化は地場産業がなくなること、地域経済が崩壊することをよく知っているのです。

しかし今なお日本の中枢、官僚組織、公務員層、政治家達、新聞の解説者達は勝者だと思っているのです。

日本の敗退の主な原因はデフレだからです。それが内需を減退させ、輸出を促進しているのです。内需の減退は低価格競争を余儀無くさせ、輸入品の拡大をもたらしています。

日本人は怠けているのではなく、冒険をしないのでもない。ただ政策が悪いだけなのです。

船中八策
http://blog.so-net.ne.jp/siawaseninarou/参照

日本のウイニングショット
http://www.eonet.ne.jp/~hitokotonusi/winningshot.html


今の日本は少しでもよいから資金を増やし消費を増やしたいのです。TPPはそれを真っ向から潰すものです。弱体化した経済を、解放して得することはなにもないのです。

TPP参加の中で、デフレから解消するのは至難の業だ。2千5年頃の日本にとって有利な輸出状況でも、一向に借金を返すことができなかったのだから。

日本は、デフレから逃れ、拡大再生産がなされる時までTPPなどの無制限な自由化に応じてはならないのです。

http://www.asyura2.com/11/hasan74/msg/275.html




植民地インドの後釜にされた日本


 実はアメリカのこの「うまい話」は、19世紀に繁栄した大英帝国をまねているだけだ。大英帝国の場合は、その繁栄の謎をとく鍵はインドをはじめとする植民地が持っていた。たとえば当時イギリスの植民地であったインドは、香辛料などの原材料を輸出してイギリスを相手に多額の黒字を計上していた。ところが黒字はルピーではなく、ポンドを使って決済され、そのままイギリスの銀行に預けられていた。

 だからイギリスはいくら植民地を相手に赤字を出しても平気だった。イギリスの銀行に預けられたポンドを、イギリス国内で使えばいいからだ。インドは名目上は債権が増え、お金持ちになったが、そのお金をイギリスの銀行から自由に引き出し、自分の国では使えなかった。お金の使い道は預金者ではなく、イギリスの銀行が決めていたからだ。そしてもちろん、イギリスの銀行は国内の人々に貸し出した。

 イギリス国民は植民地から輸入した品物で生活をたのしみ、しかもしはらったポンドもイギリスの銀行に吸収され、イギリスのために使われるわけだ。こうしてイギリスはどんどん発展した。

 一方植民地はどうなったか。たとえばインドは商品を輸出しても、その見返りの代金はポンドでイギリスに蓄積されるだけだから、国内にお金がまわらなくなる。どんどんデフレになり、不景気になった。


仕事がきつくなり、給料が下がり、ますます必死で働いて輸出する。ところが黒字分の代金は、ポンドのまま名義上の所有としてやはりイギリス国内で使われる。こうしていくら黒字を出してもインドは豊かになれなかった。そして、赤字を出し続けたイギリスは、これを尻目に繁栄を謳歌できた。

 このイギリスとインドの関係は、そっくり現在のアメリカと日本の関係だと言ってもよい。経済同友会元副代表幹事の三國陽夫さんは、「黒字亡国」(文春新書)にこう書いている:


輸出拡大によっていくら日本が黒字を蓄積しても、それはアメリカ国内にあるアメリカの銀行にドルで預け入れ、アメリカ国内に貸し置かれる。日本からの預金は、アメリカにしてみれば資金調達である。貸し出しなどに自由に使うことができる。

 日本は稼いだ黒字にふさわしい恩恵に与らないどころか、輸出関連産業を除いて国内消費は慢性的な停滞に喘いでいる。停滞の原因であるデフレはなかなか出口が見えない。

 日本の黒字がドルとして流入したアメリカはどうなのか。ドルはアメリカの銀行から金融市場を経由して広く行き渡り、アメリカ経済の拡大のために投下されている。日本の黒字は結局、アメリカが垂れ流す赤字の穴埋めをし、しかもアメリカの景気の底上げに貢献しているのである。・・・

 輸出で稼いだ黒字を日本がドルでアメリカに預け、日本の利益ではなく、アメリカの利益に貢献している限り、円高圧力もデフレ圧力も弱まることなく、政府・日銀がいくら財政支出や金融緩和というデフレ解消策を講じても、一向に持続性ある効果は現れないのである.

http://www.asyura2.com/0601/hasan45/msg/253.html



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インド,日本そしてその次は?  


アメリカ政府も大資本も日本のマネーを吸い取っているのです。アメリカの日本経済研究者の間には次のような見方が強いそうです。

―『2015年くらいまで、日本の金を使ってアメリカの繁栄を支える。2015年になれば日本の金は尽きてしまう。その時は中国とインドをアメリカ財政の補給源にする』

「2020年の世界」という2004年秋に作られたアメリカ政府部内のリポートには、「2020年にはアメリカのパートナーは中国とインドだ」と書かれています。 つい先日、アメリカの著名な大学教授がNHK・BSで「中国とインドがアメリカのパートナーだ」と明言したということです。アメリカの有力な経済人も同趣旨の発言をしています。

アメリカは日本の富を緻密に計算して「2015年限界説」を述べているのでしょう。日本はアメリカによって使い捨てにされようとしているのです。

http://wanderer.exblog.jp/4632381/


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